1-3



「おはよーさん。雪弥」


「ああ、おはよう」


 教室に入ると、既に古賀の姿があった。


「お前、いつも早いよな? 文芸部だし朝練があるってわけでもないだろ?」


「ん? ああ、オレは家が学校から離れてるからさ。田舎だし電車の本数少ないしで間に合うように乗ると、いつも早めに学校着いちゃうんだよな」


「なるほどな」


「だから家が近い雪弥のことが羨ましいぜ。今度、泊めて」


「断る」


「早くね? 断るの早くね? もうちょっとくらい考えてくれてもいいんじゃね?」


「どうせ、妹目当てだろ?」


「そうですが何か?」


 古賀はキメ顔で返してくる。

 どうしてキメ顔なんだよ。きめえ。


「……大人しく可愛い後輩でも口説いてろよ」


「そうだなー。でもさ、後輩ちゃん人見知りなのか中々に会話が難しいんだよね。キャッチボールすらままならない感じ」


「そうか」


「うわー。露骨に興味なさそうに返さないでくれる?」


「……じゃあどう返してほしいんだ?」


「うーん。そうだな。えっ、かわいそー。オレの妹でよかったら連絡先教えてやろうか? ……これでどうだ?」


「…………」


「せめてツッコミをいれてほしかったぜ。冷たい視線を向けるだけなのちょっと辛い」


 そろそろ会話するのが面倒になってきた。早くHR始まらねえかな。


「そういや、昨日。妹ちゃん見たぞ?」


「沙雪を? 何時頃? どこでだ?」


「食いつきいいな。えっと確か夜18時前くらいで。駅向こうに一人で歩いていくのを見たんだ」


「駅向こう……? そっちって何もないよな?」


 駅の向こう側は全く栄えてなく、あるのはだだっ広い公園と浜辺くらいのはずだ。

 そこへ一人で……?


「気になったから声を掛けようかと思ったんだけど、見かけたのが駅のホームでだったからさ……」


「…………」


 あんなところに何か用事があったのか? それとも誰かと待ち合わせ……?

 いや、確かに日が沈むのが遅くなってきたとはいえ18時はさすがに待ち合わせするには遅い時間だよな。

 じゃあどうして……。


「ん? おーい、雪弥くーん。何か考え中ですかー? おーい」 


「おらー、HR始めんぞー」


 考えていると、担任が教室へと入ってくる。

 仕方ない。考えるのはまた後にしよう。


 



「兄上ー! 昼餉の時間じゃぞー!」


 昼休みになると沙雪はいつも通り俺の教室へとやってきた。


「妹ちゃん、ういっす」


「古賀ちゃんも、ういっす」


 沙雪は俺の隣の空いた机を俺の机にくっつけると、さっそくお弁当を広げ始める。


「からあげだ! からあげ! からあげですよ兄さん!」


「うるさい。わかっとるわ。からあげなら朝も食っただろ。テンション上がりすぎだ」


「だってえぇぇ!」


「だぁあ、楽しみなのはわかったから静かに食え」


「はーい。いただきます」


「いただきます」


「ん~~~っ。やはり、にいにのからあげは最高ですのぉ。一日、六食からあげでもいい」


「六食って何回食べるんだよ」


「朝ごはんでしょ。授業中に早弁でしょ。お昼ご飯でしょ。授業中におやつでしょ? 夜ごはんでしょ? そしてお夜食で六食!」


「二回くらい授業中に食ってるな。授業はちゃんと受けろよ? ほら、もうすぐ期末――」


「はふへへおひいはは!」


「ええい、口にからあげ詰め込みながら抱き着いてくるな! あと、昨日も言ったが泣きつくの早えよ!」


「やっぱお前ら仲良いなぁ……オレも妹ほしいわ。親に頼んでみようかな」


 親に妹を欲しがる高校生男子を思い浮かべる。……やべえ、だいぶ危ない絵柄な気がする。


「ああ。そういや沙雪ちゃん。昨日、駅向こうに歩いてくの見かけたけど公園にでも行ってたの?」


「ふおっ!? う、うん。ちょっと海を見にね。やっぱり、でっかい海を見てたら自分もでっかくなる気がするんだよね!」


「あー、そうだなー。心が洗われるというか、小さいことがどうでもよくなる感じあるよな」


「だよねー。わかるー」


 そんなことを沙雪さんは供述していますが、俺から見れば100%嘘だとわかる。古賀は騙されてしまってるみたいだけど。

 まず最初に慌ててるし。あと目が泳いでるし。相槌が適当になってるし。


「…………」


「……ど、どうしたのかな、にいに。もしかして海のように心の広い妹に見惚れちゃってたのかな?」


「誰が見惚れるか。ほら、さっさと食って教室戻らないと昼休み終わるぞ」


 やっぱり、おかしい……。沙雪は何かを隠している。





「じゃあな。雪弥」


「ん。古賀も部活頑張れよ」


「おう。まあ本読むだけだけどな」


「確かに」


 教室を出て下駄箱へ向かう途中。沙雪の姿を見かける。

 ……そういや、今日の放課後も教室に来なかったな。

 沙雪は下駄箱で靴を履き替えて外へ。そして、校門を出ると家とは違う方向へと歩いていく。


「…………」


 友達と一緒ってわけでもないし……一人でどこに行くんだ?

 あっちは駅の方か……。


「……っと」


 沙雪があたりをきょろきょろしだしたので思わず物陰に隠れる。

 ……なんだか尾行してるみたいだな俺。いや、実際、尾行してるのか。

 ……沙雪のやつ、周囲を気にしてるみたいだな。少し怪しい。周囲から見れば電信柱に隠れて女の子を観察してる俺の方が、何倍も怪しいと思うけども。

 いや……やっぱり心配だしな。うん。

 もしかしたら危ない友達を作ってるかもしれないし、あの妹に限ってないとは思うがか、かか、彼氏ができてるかもしれないし。うん、兄としてはきちんと見極めないといけないんだ。

 そう自分に言い聞かせて、俺は妹の後をつけていく。


 沙雪は駅を素通りして駅向こうの公園内へと入っていく。そして段々と人通りの少ない方へと進んでいく。


「こんなところに一体何のようだよ……まさか本当に海を眺めにってわけでもないだろうし……ってあれ?」


 沙雪の姿を見失ってしまう。

 見つからないように距離を少し遠ざけていたのがまずかったか?

 ……いや、もしかすると道を外れて林の中に入っていったのかもしれない。

 俺は一瞬だけ躊躇ったが、意を決して林の中へと足を踏み入れていく。


「……どこ行ったんだ?」


「……の…………り、今朝…………が使え……てた」


 木々をかき分けて沙雪の姿を探していると、誰かの話声が聞こえてきて思わず動きを止める。


「おめで……。これで……少女だ……ピョン」


「……少女ね……。でも……なら、やっぱり……も来るの?」


 一人は沙雪の声。もう一人は……誰だ? 男とも女とも分からない不思議な声だった。

 ……いまいち、会話の内容が聞き取りづらいな。もう少し近づきたいところだが、反響していてどの方向から聞こえてくるかが分からない。


「……なく、……は来るニャン。……まもなく……」


 こっちの方か……?

 気づかれてしまわれないように音を立てずに草むらを進んでいく。


「えっと、この力があればやっつけられるんだよね……?」


「それは分からないワン。お前の適正は確かに高いが戦いはこれが初めてだニャン」


 力? 適正? 戦い? 不穏な言葉が聞こえてくる……。あとなんだ、ワンとかニャンって。


「これを渡すピョン。お前の中にある強さのイメージとマナに応じて形状を変化させる魔石だコン」


「あ、これもしかして変身道具? かわいい衣装とかにシュバババーン! って早着替えできるんでしょ?」


「変身……可愛いかはさておき、お前の想像で間違ってないワン。それ一つで防具と武器を備えたこっちの世界の最新装備だニャン」


 マナに魔石。それに変身……? 怪しすぎるだろ。

 草むらをゆっくりかき分けていると、ようやく沙雪の姿が視界に入る。でも、話してる相手の方は木が邪魔で見えなかった。

 ……どうする? 出てった方がいいか?

 俺は妹を誑かす怪しい奴に一言言ってやろうと思い、草むらから一歩足を踏み出す。


「さ、話は終わりだピョン。そろそろ敵のお出ましだワン。周囲に結界を張るニャン」


「う、うん……じゃあ、変身しなきゃだね……」


「む……待て、近くに誰かいるぴょん。お前の6時の方向だニャン」


「6時……?」


「後ろだワン」


 沙雪がこっちへ振り向く。


「あ……」


 沙雪と目が合う。


「に、にいに!?」


「よ、よお」


「どどど、どうしてにいにが……?」


「お前こそ、どうしたんだよ。こんなところで――」


「悪いが、もう時間切れだコン」


 そう呟いて、沙雪の奥にいた存在がこちらへとやってくる。

 そいつは……一言でいうなら――


「ぬいぐるみ……?」


「来たピョン。――結界展開」


「来たって何が……うわっ!?」


 突如、地面や視界がぐらつくほどの眩暈が俺を襲う。


「かはっ……うっ……!」


 とてもじゃないが立っていられず地面に膝と手をつく。


「に、にいに!?」


「ただの結界のマナに当てられただけだワン。それより、来るぞ……?」


 ぬいぐるみ? が向いた方向を俺はぼやけた視界の中、必死に顔を向ける。何か、ヤバいということだけは身体が認識していた。沙雪は心配そうに俺のことを覗き込んでいた。

 沙雪は大丈夫なようだが……何かあったら俺が、守ってやらないと……。


 だが、そんな俺の考えは次の瞬間、吹き飛ぶことになる。


「――――――――!!」


 耳をつんざくような咆哮。


「……は?」


 ぬいぐるみの視線の先、赤く染まった空に穴が開いていた。穴としか表現しようのないそれは……直径30mはあるだろうか? そんな黒い巨大な空洞からさきほどの咆哮は聞こえていた。


 穴から何かが顔を覗かせる。異形。そうとしか言えないその何かは腕があり足があり、そして翼のようなものがあった。


「ドラ……ゴン?」


 沙雪がそう呟く。確かに言われてみるとアレは確かに空想上に登場するドラゴンに近いのかもしれない。でも、アレは違う。生き物なのかどうかすら怪しい。


 腕があり、足があり、翼があり、頭があるだけの……生き物ではない異形の何かだ。


「――――――――!!」


「ひっ……」


 再び異形が咆哮をあげる。それは金切り声とでもいうのだろうか? 黒板をひっかくような、生理的に嫌悪感を抱く音だった。

 アレは間違いなく危険だ。この場を離れなければ。

 脳がそう判断するが、身体がまだうまく動かせない。早く……早く沙雪を連れて逃げないと……。


「さあ――」


 どうにか沙雪に手を伸ばそう俺を横目に、謎のぬいぐるみが声をあげる。


「時は来たワン。魔法少女よ――お前の望みのため、この世界のため、その力を使うんだニャン」


「……うん」


「さ、沙雪……」


 沙雪が異形の何かへと向き直る。


「ま、待て……おい……沙雪っ!」


「……にいには私が守るから」


 沙雪の身体が淡い光を発した気がした。


「……いくよ。変身!」


「……っ!!」


 沙雪が言葉を発した瞬間。光が爆発したような気がした。あまりの眩しさに目を閉じる。


「……さあ、武器を取れピョン。新たな魔法少女よ」


 光が収まっていく。


「く……さ、沙雪……?」


 瞼をゆっくりと開いていく。

 目の前には妹の姿があった。


 ただその妹の姿は先ほどとは違っていて……。

 うちの高校の制服ではなく、和装、いや和ロリ? とでもいうのだろうか? フリルのついた青の和服のような姿になっていた。

 そして右手には鈍く光り輝く太刀が握りしめられている。


「……魔法……少女?」


「魔法少女。沙雪ちゃん。参上だよっ!」


 任侠映画に出てきそうな魔法少女がそこには立っていた。 


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