1-2
「んー……やっと終わった」
食後の眠くなる授業を乗り切って放課後。HRが終わって思い切り身体を伸ばしてから立ち上がる。
「おう、帰るのか。雪弥」
「古賀はこれから部活か。よくやるよな」
古賀はこんな性格をしているが文芸部に所属している。
「ふっふっふ。一年越しの計画が功を制したからな」
「計画……? 何だっけか?」
「可愛い後輩が入部してくるのを待つ作戦」
「……よくやるよな」
そんな馬鹿なこと考えついたうえに実行までするやつは、たぶんこいつしかいない。
「大人しそうな子なんだけどな。背が小さいけど胸はでかくてな。控え目な感じで先輩って呼んでくるんだよ。最高だろ?」
「はいはい。ロリコンおつ」
「年下が好きで何が悪い。低身長が好きで何が悪い」
「お前が捕まった時は、あいつはいつかやるやつだと思ってましたってインタビューに答えてやるよ」
「捕まる予定はないけどな」
「逆にあるやつがいたら見てみたいわ。ん、じゃあまた明日な。古賀」
「ほーい。また明日ー」
古賀と別れて教室を出る。
そういや、今日の放課後は沙雪は突撃してこないんだな。
いつもなら昼休みと同じく放課後になった瞬間に、帰るぜ兄者! とか言ってくるのに。
……ま、友達と話してるのかもしれないしな。そのまま遊びに出かけてもらうのもいいな。
沙雪はあんな性格だし、クラスで浮いてないかって心配なんだよな。
「……帰るか」
少しだけ沙雪の教室を覗いてみようかと思ったが、大人しく帰ることにした。
買い物と夕飯の準備をしないといけないしな。
時計を確認する。
時刻は20時過ぎ。
「遅いな……」
すっかり冷めてしまった夕食が並んだテーブルに目を向ける。お昼に沙雪が言っていたからあげも作ったんだけどな。
別に決まった門限があるわけじゃない。じゃないけど……さすがに何の連絡もないのは心配だ。
スマホを確認してみる。2時間前に送ったメッセージはまだ既読になっていなかった。
外に探しに行くか……? いや、入れ違いになったら困るし……ああ、もう早く帰ってこいよ。
そんなことを考えていると玄関の方から聞きなれた鈴の音が聞こえてくる。
沙雪が持ってる家の鍵につけてある鈴のキーホルダーの音色だった。
「やっと帰ってきたか……」
…………。
……? 鈴の音が聞こえるのに扉が開く音が聞こえてこないな。
気になって俺は立ち上がり玄関へと向かう。
扉を開ける。
「……やっほー。ただいまー。にいに」
扉の前には思った通り沙雪の姿があった。
ただ、その顔は真っ青で……足元もおぼついていなかった。
「沙雪!? 大丈夫か、おい!?」
慌てて沙雪を支えてやる。
「えへへ……沙雪ちゃんのお帰りだぜー」
「そんなこと言ってる場合かよ。……ああ、くそ。熱もあるな」
おでこに手を当てると沙雪は少し笑顔になる。
「にいにの手冷たくて気持ちいー」
「とりあえず、家の中に入るぞ」
制服姿のままの沙雪を部屋まで連れていき、ベッドへと座らせる。
「一人で着替えられるか?」
「んー」
沙雪はバンザイのポーズをとる。俺に脱がせろってか……。
いや、確かに身体を動かすのも辛そうだけどさ……。年頃の女子がそれでいいのかとなる……。
……こんな時、母さんがいてくれたらな。と思ってしまう。
ダメだ。俺がしっかりしなきゃな。父さんがいない間、妹の保護者は俺なんだから。
「……じゃあ、脱がせるぞ」
「……優しくね?」
「はいはい」
シャツのボタンを上から一つずつ外していく。少し汗をかいた首元。綺麗な形をした鎖骨、そして小さな胸を隠す可愛い花柄のブラジャー。
思わず手が止まりそうになる……。
「はぁ……はぁ……」
沙雪の苦しそうな吐息が聞こえてくる。いかんいかん。早く着替えさせてやらねば。
シャツを脱がし終える。次は……スカート。いや、先に身体を拭いた方がいいか?
沙雪が風邪を引いたのなんて幼い頃以来だからな……。
少し迷ったが先にスカートを脱がせることにする。
「……下も脱がせるぞ?」
「……いやん。お兄ちゃんのえっちぃ」
口ではそう言うもののさっきより元気がなくなっている気がした。
「えっと……どう脱がすんだ? これ」
「……ここ」
指をさされた箇所にホックとファスナーを見つける。
「……少しだけ腰を浮かせられるか?」
「うん……」
ファスナーを下ろしていくとまた可愛らしい下着が露わになっていく。
ただ、ブラと全くあってなかったけど。
「こんなことなら……勝負下着をつけておくんだった」
「持ってるのか……? 勝負下着なんて」
「ううん。持ってない。……というか勝負下着ってどんなのなんだろ? スポーツブラとかかな?」
「確かにそれは勝負するブラだな……ほら、身体を拭くぞ」
靴下も脱がせてから身体をタオルで拭き始める。
「……んっ。くすぐったい」
「我慢しろ。あと、おおざっぱにしか拭けないけど勘弁してくれ」
「ん……わかった」
なるべく触れてしまわぬように、なるべく早く終わるように、沙雪の身体を拭いていく。
「よし、終わった。パジャマを着せるぞ」
「はーい」
また沙雪はバンザイする。タンスからパジャマを取り出して沙雪へと着せていく。脱がせるよりかは着せるのは幾分楽だな。
「よし、これで終わりっと」
「あんがとー、あにじゃー」
「どうする? このまま寝るか? 一応、ご飯の支度はあるけど……」
「んー……ごめん。ちょっと無理かも。食べたらもれなく返品しちゃいそう」
「はいはい。じゃあ俺は戻るけど、何かあったらすぐに呼べよ?」
沙雪を横に寝かせてから俺は部屋を出ようとする。
「え……にいに。行っちゃうの……?」
……が、沙雪に止められる。
「う……」
「……お願い、にいに。私が眠るまででいいから一緒にいて……?」
「……わかったよ」
今度は俺がベッドに座る。
「手、握ってた方がいいか?」
「……うん」
沙雪の手を握ってやる。久しぶりに握った妹の手は俺の手よりも小さく柔らかく、なんだか弱々しく感じた。
「……ありがとう。にいに……おやすみなさい」
「おやすみ。沙雪」
「…………すぅ」
無理をしていたんだろう。すぐに沙雪の寝息が聞こえてくる。
「昼まで元気そうだったのにな……」
沙雪の髪を撫でてやる。
ただの風邪ならいいんだけど……。
俺は何となく心配で沙雪が眠った後も、しばらく沙雪の手を握り続けるのだった。
「おおおおおおおおっ!?」
「うおっ!? な、なんだなんだ……!?」
家中に響き渡るような絶叫で起こされる。スマホを確認してみる。時刻は4時半。空が少し明るくなってくる時間だった。
俺は寝巻の恰好のまま沙雪の部屋へと向かう。
「おいっ。沙雪? どうした? 大丈夫か?」
「うおおお!? にいに!? だ、大丈夫だ! 問題ない!」
ノックして扉を開けようとしたところ、沙雪の声が聞こえてくる。
「問題ないような叫び方じゃなかったぞ!?」
「だだだ、大丈夫だって。いいか。絶対に開けるなよ。絶対だからな?」
「それはフリか……?」
「フリじゃないからっ! いま拙者、真っ裸でひゃっはーしてるからっ!」
ドアノブに伸ばした手を思わず引っ込める。沙雪の話を信じたわけじゃないが……本当に真っ裸だったらマズイし。
昨日の下着姿の沙雪を思い浮かべてしまいそうになり慌てて考えるのをやめる。
「……もう体調は大丈夫なのか?」
「た、体調? んー……そういえば全然平気だ。むしろ良いくらい?」
沙雪の言葉に嘘っぽさはなかった。なら、ひとまずは安心といったところだろうか。
「ならいいけど……あんまし早朝から騒ぐなよ? あと無理しないようにな。また体調悪くなるぞ?」
「は、はーい」
……なんだかパッとしない返事だったが、とりあえず自分の部屋へと戻ることにする。
「……つっても、二度寝するには微妙な時間だしな」
支度してリビングでテレビでも見るか。
とりあえず制服に着替えて……。
「にいに! お腹空いたー!」
ちょうどスウェットのズボンを脱いだところで、妹が部屋に突撃してくる。
「お腹空いたよ兄貴ー。ご飯! ご飯食べさせてっ!」
「えっ、ちょっ、せめてノックしてくれる? 見ての通り俺今パンイチなんだけど?」
「……そのようですな」
「うん。だから出てってくれるとありがたいんだが……どうしてお前は俺のベッドに腰かけてるの?」
「えっ? にいにが着替え終わるの待ってよーかなって」
「だったらリビングで待ってればいいだろ?」
「兄妹なんだからいいじゃないでござるか。ぐへへ」
「まあ、そうなんだけどさ……ガン見してくる理由にはならないよな?」
じいいいっと俺の着替えを見つめてくる。ちょっとはずい。いや、かなりはずい。
あと、えろ親父みたいな笑い声をやめてくれ。
「運動してないわりにええ身体してまんのー、兄さん」
「や、やだ……触り方えろい……って触んなよ。おい。あとすごい冷たいんだけど何なのお前の手」
「よいではないかー。よいではないかー」
「よくねえからっ。あっ、そこは駄目っ。駄目なのぉっ!」
朝から過剰なスキンシップを楽しむ(?)俺と沙雪なのだった。
「おお、からあげだっ」
朝食を作る時間も待てないという腹ペコの妹のため、昨日の夕食を温めてやる。
俺も沙雪が寝たあと、そのまま夕食に手をつけずに寝てしまったので、二人で昨日の夕食を朝食として食べる。
「お弁当は? お弁当はからあげなのけ?」
「お弁当もからあげだよ」
「マジかっ。やったぜ。こんちくしょー」
「はしゃぎすぎだろ。小学生か」
「だって、にいにのからあげ大好きだし」
そう言われるとなんだか悪い気がしないな。
「だから、お兄様……お兄様の固くて熱いのちょーだいっ」
しゅっとした機敏な動きで俺の皿からからあげが一つ奪われる。
「あっ、おい」
「おいひー」
リスとかハムスターみたいな感じでからあげを頬張る沙雪。
その幸せそうな顔を見ると、なんだか許してやるかと思ってしまった。
どうやらほんとに調子は良いみたいだな。
「はぁ……もう一つ、食べるか?」
「え、いいの?」
「ああ、やるよ」
「やったー。よっ、兄者。イケメン!」
こんなもんで喜んでくれるなら安いもんか。
「なあ、沙雪」
「う?」
「いや、昨日は大変だったから聞くの忘れてたんだけどさ。昨日の放課後は何してたんだ?」
「ひ、ひほう? ひほうは……」
「口の中のものを無くしてから喋りなさい」
「んっ……昨日はねー、えっとねー。んー……んー……一人でカラオケしてたとか……どう?」
「どうってなんだよ。どうって」
「じゃあ、ゲーセン! ゲーセンで遊んでた!」
「ダウト」
「………うぐぐ」
「ほんとは何してたんだ?」
「ひ、秘密! にいにには秘密なの! 乙女には言えないことが百や二百はあるんだから!」
「な……」
まさか、秘密だなんて言葉が沙雪から出てくるとは予想してなかった。いや、確かに言えないことくらい誰にだってあるとは思うけど……。
乙女ってのは百も二百も秘密があるのか。知らなかったわ。乙女ってすげえな……。
「だから、あんまり詮索しちゃ駄目だぞ? ほんとに駄目だからな?」
たぶん、フリじゃないんだろうけど、フリっぽく聞こえてしまうのは普段の行いのせいなんだろうな。
「あ、ああ。わかったよ」
「からあげに免じて許しちゃろう」
結局、それ以上は聞くことはできず、沙雪は再びご飯を食べ始めてしまう。
ただ、どこかシコリのようなものが俺の心の中に残っていた。
昨日の高熱はただごとではなかった。それは一晩で治ってしまうようなものなのだろうか……?
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