後編
『私はもう、死んでる。』
温かくて、髪ものびて、生きてる、君と。
冷たくて、あの日からなにも変わらない、
死んでしまった、私。
私の時間は、止まってしまった。
『私、わかるんだ。私が還る身体は、もう
無いの。…灰になっちゃった。』
帰りたくても、還れない。
『それに比べて君は、まだ間に合う。眠っ
てるだけだからね。だから、帰って。』
「…っ。」
約一年前、私はここで死んだ。
ひどいいじめに耐えられなくなり、この屋上から飛び降りた。
私を唯一好きでいてくれた君にだけは迷惑をかけたくなくて、相談はしなかった。
それなのに。
君は、来てしまった。
柵の向こう側にいる私をみて、青ざめた顔で走ってきて。でも。
『…なんで、私の手を掴もうとしたかなー。』
私の足はすでに屋上にはなくて、落下していた。
もう間に合うはずもないのに、君は手を伸ばして、そして落ちてしまった。
『ほっとけば、君は落ちずにすんだのに。』
「…死んでほしくなかったからに決まってん
じゃん。」
すぅ、と息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出すと、君は続けた。
「お前と一緒に生きて、たくさん楽しいこと
して、ずっとずっと、一緒にいたいって。
そう思ってたから。」
『…そっかー。』
「今でも、その気持ちは変わってねーよ。」
ニッと君が笑う。
大粒の涙が、ポタポタと落ちた。
『じゃあ、素直に感謝しとくよ。ありが
とう。』
「おー。どういたしまして。」
君につられて、私も笑う。
あと4日で、私が死んでから1年が経つ。
そうしたら、この空間を維持するのも難しくなってくるし、君の身体も少しずつ「死」に近づいてきてしまう。
ここは、生と死の間。
すでに死んでいる私と一緒に居れば、君はいずれ死んでしまう。
『もう、時間がない。このままだと、君は
帰れなくなっちゃう。』
「それでもいいよ。お前と一緒なら、それ
でいい。」
そういうと君は、優しく抱きついてきた。
「まだやりたいこともたくさんあるし。好き
って、ちゃんと伝えたことも、なかった
から。だから、死んでもいいから、君と一
緒にいて、やり残したことをやりたい。」
『…そっかー。』
私も君の背中に手をまわす。
君の身体は温かくて、いい香りがして、
なにより、安心できる。
『私もね、やり残したことたくさんある
んだ。』
君の温もりを、ゆっくりと身体に刻み込む。
もう、忘れないように。
『君ともっと話しておけばよかったし、一緒
に帰ったりしたかった。まともなデートも
したこと無いし。』
『プラネタリウム、見に行きたかったなー。
あ、あそこの海にも行きたかった!すっご
く綺麗なところなんだよね~。あぁ、それ
と隣町のおっきな夏祭り。そこで売ってる
りんご飴、キラキラしてて宝石みたいなん
だって。最近駅前にできたアイスクリーム
屋さん、種類もいっぱいあったし、すごく
美味しそうだった。それと、あとねー。』
私がやり残したこと、君に全部伝えるよ。
だから。
『私がやりたかったこと、君に代わりにやっ
てほしいんだ。』
「えっ。」
君はひどくびっくりした顔で私を見る。
その顔がちょっと面白くて、つい笑ってしまう。
『そんなに驚くことでもないでしょ?』
「いや。でも…」
『私はもう、どう頑張っても、生き返ること
なんてできない。でも、君はまだ間に合う。
君はまだ帰れるの。だから、私の代わりに、
私がやりたかったこと、やってきてほしい
んだ。』
「…。」
『そして、もし、また会えたら、その話を
聞かせてよ。楽しみにしてるからさ!』
私は、思いっきり笑ってみる。
今度こそ、ちゃんと笑えてる。
ちゃんと、笑って、君に言えた。
『あ、でも、ゆっくりでいいからね?焦って
ちょっとしか思い出が作れなかったとか、
つまんないし!』
君は少し考えると、諦めたようにため息をついて、「わかった。」と言って笑った。
涙でボロボロで、ひどい顔をしていたけれど、
今までで一番愛おしかった。
その後の4日間は、とにかくやりたいことをした。
生きてた頃の思い出話をしたり、ここにきてからの話をしたり、しりとりとか、鬼ごっことかしたり…。
そして最後に、私は君の髪を切ってあげた。不器用な君が自分で切った髪を、丁寧に整えてあげた。君は喜んで、鏡をみて、ずっとはしゃいでた。
「お前のも切ってやるよ。」って言って切り始めたのはいいんだけど、長さはバラバラだし、明らかに失敗したなーってところもあって、私の頭がものすごいことになってしまった。「かなり笑える頭になったでしょ?」って君が言った時は思わず笑っちゃった。
楽しい時間というのは、びっくりするくらい早く進むみたいで、4日間はあっという間に終わってしまった。
私が死んでから1年が経ったこの空間は、少しずつ崩壊していた。
あと数時間もすれば、完全にこの空間は消え去り、私は死の世界に引きずり込まれるだろう。
『もう、さよならの時間だね。』
「うん…。」
『今まで、本当にありがとう。死んでからの
1年も、なかなか楽しかったよ。』
「そっか、それなら、よかった。」
もう、私も君もなかない。
最期は笑っていようって決めたから。
『それじゃあ。』
「おー。またな。」
『またね。』
いつかまた会えるように願いながら、私たちは抱き合った。
君のことも、君の温もりも、もう、忘れはしないだろう。
君の身体はゆっくりと消えていき、やがて、完全になくなった。
それと同時に、地鳴りのような音を立てて空間は大きく崩れ始めた。
あの真っ白な空も、屋上も、そして私までもが、瓦礫のように崩れ、巨大な闇に飲み込まれていく。
あの日から、私が目を逸らし続けてきた「死」が、すぐそこまで来ていた。
真っ黒な闇に、引きずり込まれ、
意識がだんだんと薄れていく中、
「大好きだよ。」
そんな君の声が聞こえた気がした。
長い夢 卯月 弔 @kakure_usagi
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