長い夢

卯月 弔

前編

今日も、いつもと同じ曇り空。


屋上のコンクリートはひんやりとしていて、

寝そべると気持ちいい。

君の温もりが、右手からじんわりと伝わってくる。


『今日も君の手はあったかいねぇ~』

「お前の手が冷たいんだよ。」


そう言った君は、少しだけ悲しそうな顔をする。一瞬だけほどけた指をもう一度からめ、さっきよりもぎゅっと強く握られる。

相変わらず温かくて、安心してしまう。


『あれ?そういえば、髪切った?切ったで

 しょ?』

「ちょっとだけな。」

『やっぱり?君、最近結構のびてたもんね~』

「まーな。で、どう?似合う?」


自分で切ってみたんだと自慢しながら、自信満々の顔ででこっちをみつめてくる。


『かなり笑える頭になってます(笑)』

「まじかー…。」


頭を抱えがっくりとうなだれ、君は大きくため息をついた。相当ショックだったのか、何も言わずうずくまっている。

さすがに言い過ぎたかな?少し反省。


『まーまー、そんなに落ち込まないで。

 今度私が切ってあげるよ~』

「おっ、まじで!?」


勢いよく顔をあげ、目をキラキラさせて真っ直ぐこっちを見てくる。

冗談のつもりだったんだけど、そんなに喜んでくれるとは。なんだか私まで嬉しくなってくる。


「絶対だからな?」

『うん。』



「じゃあ、1年後。」



私は思わず体が強張ってしまう。

ばれないように笑顔を続けてみたけど、

きっと君は気づいてる。


「1年後、絶対切ってよ。」


もう分かっているんだ。

私も、君も。

お互いに気付いてる。

けど、気づいてないふりして、笑い合う。


『遠いねー。』

「いいじゃん。お前のも切ってやるよ。」

『えー、おかしくなっちゃうよ。』

「何でだよ、ちゃんとやるから」

『んー、信用できないなぁ~』


君が切った私の髪を想像して、思わずクスッと笑ってしまう。


『それに。』


『私はのびないから、大丈夫だよ。』


今日一番の笑顔で、私はそう答えた。

いや、もしかしたら、ちゃんと笑えてないかもしれないな。


『あのさ。』

「…。」


君は何となく察したのか、目を逸らしてそっぽを向いた。

どうやら私の話は聞きたくないらしい。


『もうすぐ、1年たつね。』


完全に私に背を向けた君が、今どんな顔をしているかなんて、分かるはずもない。


今日も、静かに、ゆっくりと、時間が流れる。

ここには、2人だけ。

2人ぼっち。


『えー、こほん。…私たちは、ウルトラスー

 パー超ラブラブカップルなわけなんだけ

 ど~。』

「…ウルトラスーパー超ラブラブって、

 何だよ。」


蚊の鳴くような声でそう呟き、悲しそうに笑った。

無視されるかなって思っていたけど、反応があって少し安心する。


『私たち、そろそろ別れたほうがいいと思う

 んだ』

「…。」


君はまた黙って、何も言わない。


『このまま一緒にいても、お互いのために

 ならないし』

「…。」

『私より可愛い子はいっぱいいるんだから、

 君はその子たちと付き合った方がいいよ。』

「…。」

『私のことなんか、さっぱり忘れてさ。』

「…そんなこと、言うなよ。」


やっと口をきいてくれたけど、相変わらず私に背を向けたままだ。


『だって、この屋上生活にも疲れたでしょ?

 1年だよ?さすがに飽きるよね~』

「飽きないよ。」

『うっそだ~』

「ほんとだよ。」


ゆっくりと君は振り向く。

珍しく目には涙が浮かんでいる。


「お前さえいれば、いいから。」


真っすぐ私を見る。

その顔を見れば、君が本気で言ってるってことくらい分かる。もう十分すぎるくらいに伝わってくる。


でも、もう駄目なんだ。

私たちに、残された時間は少ない。


『…ここには何もないんだよ。君の友達も、

 家族も。あるのは屋上と、真っ白な空

 だけ。』

「お前がいるじゃん。」

『…。』


今度は私が黙ってしまう。

君を説得しないといけないのに、このままでいいって思ってしまう自分もいて。


『…君は。君は、まだ帰れる。だから、

 帰ってよ。君のいるべき場所に。』

「一緒に帰ろうよ。」

『それは、できないよ。』

「なんで…。」

『だから、君は一人で帰って──』

「なんでだよ…!」


君が声を荒げるなんて初めてだったから、すごくびっくりして、返す言葉に困ってしまった。

君のこんな必死な顔を見るのも、初めてだった。


「なんで、そう諦めるんだよ。まだ、間に

 合うかもしれないだろ?」

『…君も、知ってると思うんだけど。』



『私はもう、死んでる。』

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