第4話 共生---人間と共にあれ

私は栄養を摂るとすぐに横になった。レーションは高カロリーだ、これでしばらくは持つ…

外はまだ銃声が鳴り響いていた。しばらくは昼間は危険だろう…動き回るなら夜のうちだが今は安静にしたい。

寒いと感じたら一度起き、固形燃料と付属のマッチを使用して湯を温め、レーションについていたココアの粉末をそれに入れて混ぜる。鍋を買っておいたのは正解だった…そしてそれから直に飲む。最初持っていたクッキーで甘いのはあまり好かないと思っていたが、この程よい甘さと温かさはどこか私に力をくれた。ちょっと湯の量が多かったかもしれないがこれくらいのほうが美味しい。

まだ体は熱く、調子も悪い。しかし、米兵が来る前までと比べると明らかに心情は良くなっている。何日経てば良くなるのかは分からない。ただ、今はひたすら寝転がって元気になるのを待っているだけだった。



そんなこんなで再び夜を迎えた。雪は止み、銃声は殆ど聞こえなくなっていた。元気であれば今なら外に出られたのだろう。

眠気が無いので廃墟の中で唯一崩れていない窓から道を眺める。たまにいそいそと奔走している人を見かけたりもした。


しばらくして、ブオォォンという音が聞こえた。飛行機が飛んでいるらしい…そういえば砲声と銃声で紛れていたのかもしれないが、この音を聞くのは初めてだ。

それはすぐに過ぎ去ってゆく。特に気に留めることなく再び窓から道を覗いていた。

…が。直後、何かドスンという重い音がすぐ近くから聞こえ、思わずびくっとそちらを向く。窓の端からそれまで覗いていたほうの反対側を見ると…視界ギリギリ、そこには大きな布の被さっている大きなモノが映っていた。

この布はたぶんパラシュート…という事はこれは物資の可能性が非常に高い。ここに来て運が良かった。

大きな装甲板を外し、袋の中の砲だけ持つ。私は重い身体を立ち上げ、外に出る事にした。


外に出ると既に数人がいるのがわかった。物資の大きさは私の背の高さ程。

近づいていくと彼らは私に気づいた。こちらから話しかける。

「…これは、物資か?」

そう問いかけると彼らはぼそぼそと何かを話し、二人がパラシュートを払いにかかった。一人、女性がこちらに答える。

「たぶんそうね。皆で山分けよ?」

それを聞き頷く。その物資のほうを見る…そこにはビニールで覆われた大量の物資があった。缶詰が積まれているのが外目からわかる。

パラシュートを払ったうちの一人が目を輝かせ、スキップしながら崩れていない家屋の一つに入って行った。誰かを呼ぼうとしているのだろうか。

そんなことを考えていると先ほどの女性がまた声をかけてくる。

「あなた、この辺の人?」

「…いや。ここらに逃げてきただけだ」

「そう…やっぱり。この辺は前の砲撃のせいで殆ど人が居なくてね、あそこの家と私の家、合わせて二家族しか住んでなかったのよ。でもあなたと似たように避難しに来てる人が居るかもしれないからもう少し待ってくれる?」

「うむ、わかった。待つよ」

彼女はそれを聞いてにっこりと笑い、廃墟や空き家に人を探しに行った。そのうちに先ほどの家から四人が現れる。子供も二人いた。

彼ら家族と残った一人が何か話している。たまにこっちを見ているあたり、私の事も気になっているのだろうか。


少し時間が経ち、先ほどの女性が戻ってきた。誰もつれてはいない。

「この辺には死体しかなかったわ」


一通り人が集まり、私は少し朦朧とする意識の中話を聞いていた。山分けしている所を見られると面倒なのでまずは適当な廃墟へ運び込む事になった。

「あなたも手伝ってくれる?重そうだから人手が欲しいの」

女性が振り返ってこちらに提案を投げかけてくる。

「…ああ」

そう言って近づいていく。が…思わず足がふらついた。

「とっととと、大丈夫?」

「…すまん、今病気にかかってるらしいからふらふらしてる」

それなら、という感じで二人の子供がこちらに来て急に手を引っ張ってきた。

「おねーちゃん気分悪いなら先こっち行こ!ね!」

「ねー!」

…男の子と女の子一人ずつ、似通った顔をしていた。背も同じくらいだし双子なのかなと想像する。

「…大丈夫なのか?」

「無理はさせられないわ、行って」

女性はそう答える。他の人もそれに頷いていた。

「悪いな、それじゃ先に行かせてもらう」


子供二人に連れていかれた廃墟は外見は崩れているが、懐中電灯で照らされて中は案外広い空間になっている事を把握する。ここなら物資を運び込むには最適だろう。

どさりと角に座り込む。直後二人がこちらの顔を覗き込んできた。

「…おねーちゃん、おめめ大丈夫?」

ふと言われ自分の視界の事を思い出す。包帯に手をやり触る…たぶん血はしみ出していない。

「あぁ、今のところはね」

それに二人は顔を見合わせた。すぐ頷き、再びこちらを向く。手を出し、包帯の巻かれている所に手をかざした。

「「痛いの痛いの、飛んでいけーっ!」」

そうしてもらっておもわずひょんとした顔になってしまった。が、思わず笑いが込み上げてくる。知らずに口角が上がっているが、これは純粋な笑いだった。

「…ははっ、ありがとうな」

二人の頭をなでる。それに悪い気はしていないようだった。


そんな事をしている内に四人が物資を運び込んできた。二人はそちらに走ってゆく…外に誰も来ていない事を確認し、廃墟の奥で開封を始めた。


中にあったのは大量の食料品と衣類、それに生活用品が殆どだった。医薬品やもあるが、量は多くは無い。

皆が一息つき、腰を下ろした。目を輝かせている者が多いが、その中で私に危機感を抱いているような視線も感じた。

部屋の端にいる私に、後で呼ばれた人のうちの一人、女性のほうがこちらに声をかけた。

「ねぇ。あなた…名前は?」


直後、私は今こうして産まれて、最も重大な事にぶち当たったことに気づいた。傷を負うよりも、眼を失う事よりも、ずっと大きな事。

そう。私の名前は、なんだ?

…いや、名前はある。SU-122-44。だが、それは人の名ではない。ただ…"T-44車体を利用した122mm砲を搭載した自走砲"という事を示す文字列だ。

どうする。何と名乗ればいい?


…少しだけ時間が経ち、私は、一言、こうつぶやいた。


「…ソーラクロシア語で"40"、だ」


「ソーラク…、そう。あなたはここの人じゃないよね?」

「あぁ。何日かそっちの廃墟に籠ってた。砲撃が起きて、昼間戦闘が起きるようになってからはずっとあそこに居た」

そう言って自分とは対面の壁を指す。

「ふぅん…そう。じゃあもう暫くはこの辺りにいるつもり?」

「そうなるな」

即答した。ここらから出ていけと言われたら出て行くまでだが。

「…わかったよ」

…聞いておきたいのは今はそれだけだろうか。

じゃあ、という感じで最初に声をかけてくれたほうの女性が声をあげた。


「それなら、良ければだけど私たちと一緒に住まないかしら?」


一同は驚愕した。私も驚いた。こんな都合の良い話があるだろうか?

いやそっちじゃない。私よりも皆だ。おそらくこの女性は皆を引っ張っていけるだけの行動力がある。しかし、独断がすぎないか?

この状況、これだけ棚からぼた餅の如く降ってきた物資があるにしても、見ず知らず、しかもこんな…怪しい人間を簡単に引き入れようとする頭が理解できない。

ただ驚くべきことに、なんとその相方と思われるずっと物資のところに居た一人の男性は首を縦に振っている。

「そーそー!助けあいの精神は大事だっての!嬢ちゃん体調悪いみたいだしな!」

…この二人、夫婦なのか?二世帯…不思議ではないが。

勿論もう片方、主に女性のほうが反発する。…双子の親は彼らだろうか。

「ちょっと待ってよザミラ、本気で言ってるの!?この子がここらに居るのを否定するつもりはないけど、一緒に住むって…!」

それに追従して男性のほうも口を開く。

「そうだよ、これだけある物資だって六、七人で分けるとなるとどれだけ持つか分からないのにな」

それにザミラと呼ばれた女性はこちらをちらっと見て、すぐ視線を戻し話を再開する。

「でもこんな怪我人放ってはおけないしねぇ…じゃあレナータ、とりあえずは物資はこの子も含めて山分けするって事でもいいかしら?」

「それは私は構わないよ…でもね、一緒に住むのは少なくとも何か見返りがないと早々出来るモノじゃないのもわかってもらえる?」

この反発している女性、レナータの話はとても合理的だ。私にとっては不利たりうる言動かもしれないがこれが筋というものだ、納得できる。

「単純に人手が増えると楽になるのはあるぜ?それじゃあ…ソーラクちゃんよ、お前さん何か特別出来る事はあるかい?」

ザミラのパートナーと思われる陽気な男性がこちらに提案をかけてくる。それに私は即答した。

「戦える。消費するモノは消費するが…少なくとも人間相手なら滅多な事があっても負けない」

これは自信をもって言える。快楽のためだったとはいえ、数時間の間に大量の戦闘慣れしているであろう兵士を殺した。それに右眼に刺さった狙撃銃の銃弾はかなり浅く止まっていた、肉体の対弾性があるのも感じていたからだ。

「ほう、この状況強盗が来るかもしれないしそれは良いね!」

「まぁ…今は病気っぽいから本調子ではないだろうが」

そういい身体に羽織っていた毛布を少し身に寄せる。まだ熱があるのがきつい。

「なるほどねー…どう?レナータたちは」

「…それを見ない事には始まらないかな。そうだね…今後襲撃されたりしたら大事だし、それ次第で認めるかを決めたいね」

それは、一時的にならOKであるという事だろうか?

「そう!じゃあ何日か私たちのほうで過ごしてもらうことにしましょうか!まずは休ませてあげたいし、それでいいかしら?」

子供二人を含めた全員が頷く。私もそれに合わせた。

「じゃあ決まり!よろしくね、ソーラクちゃん!」

「…よろしく」

声は相変わらず低調のままではあったが、出来るだけの感謝を伝えた。


まさかこんな形で拾われる事になるとはな…人間と過ごしてみるのも悪い物ではないだろう。それに、今の私にとっては好都合だ。ずっとこうするかは置いておき、私は救いの手にすがることにした。

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