第3話 戦禍---失われた昼

 私はあの後、眠ってしまった。失血による体力の低下のせいだろうか。

 しばらくして二度目の朝を迎える。目を覚ますなり、いきなり寒さが体を襲った。

 先日までの夜の寒さのような寒波…一度外に出てみる。その景色は…

 …昨日とは違い、雪の降り積もっている街だった。



 食事はあと一本しかない関係上勿体ないのでまだ摂らない。少しぐらいの空腹は我慢するべきだ。

 とりあえず、持ってる銃や弾、防弾チョッキの類をなんとか食料と交換できないものだろうか。雪が強くなってくる可能性もある、早々に人をあたってみるか…


 雪を踏みながら歩く。靴がひざ下くらいまであるブーツで助かった…が、肌の露出している所が寒い。

 膝上まである靴下はかなり防寒性が高いのか、そこはまだ良いのだがその上からスカートの中までが少しつらい。なんでこんな服で産まれたんだ私は…まぁ嫌いではないが。


 ひとまず、雑貨を買ったときの道まで行った。当然ではあるが雪の積もった道で商いをする人は居なかった。

 道行く人に聞いてみると、どうやらホームレスたちのビルでやっている人が幾らかいるという。が…食糧難は深刻であり、ここでは持つ食料はそれぞれ平等に皆で分けているという。販売など出来る状況ではないようだ。

 更に詳しく聞いた所、元々ここ、クリミアでは食品関連の工場がかなりあったらしい。しかしそれはほぼ稼働していない上、多くが軍にせしめられているという話だ。今の食料は国連?とかいうものによる航空支援で賄っているらしい…

 最後に支援物資の入る予定はまだわからないと告げられた。ここに来た私はもうしばらく食料に苦しむ事になるだろうと察することになる。

 …ここまでの事から軍人を襲う気にもならなかった。それは最後の手段として取っておく事になると思う。


 とりあえず商人を数人あたり、毛布、固形燃料、タオルを数枚、小さい鍋、そして飲料水のボトルを三本買う。飲料水は余裕があるのか売買に出されていた。

払ったのは防弾ベストともう一つの拳銃と弾薬だ…少し不利な買い物ではあるが私にはこの砲がある。問題ない。


 ビルから出る。寒さをしのぐためのモノを買えただけ良かった。

 元居た場所に戻る途中では子供が雪で遊んでいた。こういう時でも遊んでいる子供は凄いと思った…


 …が。直後、何かひゅるるるという音が聞こえる。

 この音は立て続けに増え、大きくなってゆく。それを聞いて、私は何か安堵感を抱いた。それは……本能的なものだった。


 音の高さと大きさが絶頂に達し、かなり近くに砲弾が着弾した。

 耳をつんざく爆音。ほんのり熱さを感じる爆風。これぞ戦火…戦争…という感じではあるが今はそんな事を思っている暇ではないと思考を振り去る。

 民衆が悲鳴を上げ建物へと逃げ始める。私はその時思った。建物は逆に危険ではないのか?

 ここは私が寝泊まりしている地域と比べて損傷や破損した建物が少ない。だからこそ標的にされかねないのでは…?

 砲撃は立て続けに続く。私は出来るだけ砲撃を避けるべく、弾の飛んできていると思われる方向から全力で逃げる事にした。


 ひとまず元居た廃墟に戻る…ここは商人の居た路地から大体二キロくらい離れている所だが、それでもこれより奥へと砲撃が飛んできているという事からここも安全でない事がわかる。

 …この調子だとどのあたりまで逃げればいいのかわからない。市民を巻き込んだ無差別砲撃…まぁ、珍しい事ではないだろうが。いざこうして砲撃の危険に晒されてみると中々緊張するものだ。

 まぁ…我ながら少し危機感が足りないとは思う。ただ生きたいとは思っているがどの程度が人間にとって本当危険なのか、ましてどの程度兵器だった自分が爆風等に耐えられるのかは未知数すぎる。いまいちどの程度が"死線"なのかがわかっていなかった。

 ひとまず、雪を凌げかつ廃墟を盾にする位置で姿勢を低くする。…いつまで砲撃は続くのだろうか?


 砲撃は一日中、日が落ちるまで続いた。ふと気づくとまた自分は眠っていた…なんだろうか、爆音がどうしても子守歌のような安心感を与えてくる。兵器としての本能的なものなのだろう、これは。

 とりあえず…砲撃が止まった事を察してすっと立ち上がる。が…思わずふらついてしまった。流石にまる一日食べてないとつらい。…人間は、というよりかは私は結構食い意地が強いのかもしれない…

 …残りの一つだがやむを得ない。半分だけ…という発想もあったが今はそれでは全然物足りない。速攻で食う。

 すぐに平らげ、水を飲む。腹は殆ど満たされた気にならなかった…飲料水も何だかんだ節約していかないとな…まだかなり残っているが。

 さて、多少腹の調子も紛れたところで瓦礫伝いに廃墟の上に登った。そこから見えた景色は…


 …360度荒れ放題、所々暗い夜闇が火災のせいで赤く照らされている。そして遠くで人の叫び声がこだまする…そんな街の姿だった。


 "普通の人"であればこれを見て恐怖するのだと思う。まさに戦争によってもたらされた地獄絵図そのものだ。

 しかし私は違った。これを見て、不覚にもまた顔がにやける。砲の入った袋を持つ自分の手がぎゅっと握られた。

 しかしすぐ自分が愉悦に浸っている事に気づき、それを振り払おうと顔を振る。自我を失い、また暴れた結果先日の二の舞になるなんて事にはなりたくはない。

 生きたい。だがこの兵器として持つこの感情…どうにも私は人間にはなりきれないのだと悟った。


 数時間がたち、今度は色々な所から銃声が響き始めた。それは非常に近い時もあり、外に居続けるのは危険だと思い改めて廃墟の中で過ごす事になる……


 …何もやる事が無かった。先ほどまで眠っていたせいで眼が冴えてしまっている。ふと再び救急キットの箱を開くと、また鏡に自分の顔が映る。頭に巻かれた包帯の右目の部分に血が滲んでいた…殆ど出血は止まったと思うが、まだこのままにしておくことにする。

 外の銃声はまるで戦場のど真ん中かという程に広がる。爆発音もたまに聞こえる。

 その間にも、外は雪が降り続いていた。


 …瓦礫のスキマから外を眺めていたが、そこを数人の兵士が通っていったのが見えた。初日に殺していったやつと似た装備をしていた、今どの勢力が戦争を行っているのかは私にはわからないが…とにかく安静にしているに越したことは無いと思った。



 少しずつ日が昇って来る。今も銃声は鳴り響いていた。ただ砲撃の音は殆どしなくなっているあたり歩兵戦になっているのだろうと思う。

 …この間に外に出て行くのは非常に危険だろう。戦闘に巻き込まれるかもしれないし、狙撃されるかもしれない。何より…今私の持つ物資は致命的に不足しているといっていい。夜になるまで待たねば行動は出来ないかもしれない…まぁその夜も危険であることには変わりないのだろうが。


 …何か調子が悪い。なんというか…だるくて妙に体が熱かった。寒いハズなのに毛布にくるまっていると汗が出てくる。額に手をやると明らかに熱かった。

 まさか病気になったのか?

 いや、間違いなくそうだ。ずっと寒い中に居た上厚着だった訳ではない。…まぁ着る物が無かった、というのが正解なんだが。

 そのうえ先日にかなりの出血をし、そこから何か感染した可能性も大いにある。まして食糧難によって栄養状態が良くないのも…

 …とにかく安静にせねばならない。水分だけはちゃんと取っておくことにした。



 小さく唸りながら時間を過ごす。何か行動を起こすべきなのか、それともこのまま死ぬ運命なのか…そんな事を考えていた。

 時刻は昼頃になっただろうか。空腹が酷い…

 朦朧とする意識の中…ふと何かの音が聞こえた。人の声かこれは?

 間違いない。それらはこの廃墟に入ってきた。

 毛布でくるまれたまますっと砲に手を伸ばす。敵意があるようならさっさと殺さねばならない。


 何かを喋りながら入ってきて…奴らは軍人だった。五人いる。

 毛布で相手から装備が見えないように体を隠しつつ、彼らをじっくりと見つめる。

 すぐに一人と目が合う。初日の事が脳裏に浮かぶ…体調は最悪、今は戦いたくはない。見逃してくれる事を願った。

 すぐに奴はこちらに歩いて来て、しゃがんだ。

「あんた、大丈夫か?」

 すぐに反応してきた理由は、たぶん頭に巻いてあり、右眼のところから血が滲んでいる包帯をしている事からだろう。

 マフラーを動かして口元を見せ、その兵士はこちらに話しかけてきた。中々流暢なロシア語…それに気づいた他の面子がこちらに気づく。

「…どうも。何か…用か…?」

 喋るのも少しつらかった。思考がふらふらとしている。

 しかしそのせいか、すぐ様子がおかしい事に気づいたようで仲間とちょっと話していた。英語で何か言っている…何を言っているかはよく分からない。

 すぐにこちらに向き直り、改めて相手は口を開いた。

「俺らは国連の米兵だ。ここを休憩所に使いたいんだがいいかな?」

「あぁ…私もここは勝手に使ってる…自由にするといいさ」

 米兵…あまりいい印象は無かったが、幸い敵対的ではない様子。心中では胸をなでおろす気持ちだった。

 彼らは燃料式コンロで湯を沸かし始めそれを囲む。金属の脚と網がついただけの簡単な物…そして食事を摂ろうとその大きなバックパックからレーションを取り出した。

 それを見ていて思わず腹が減ってしまう…

 …そんな中さっきの兵士がこちらに寄ってきて、質問を投げかけてくる。

「なぁあんた、体調悪そうだけど大丈夫かい?」

 …ここまでの事から人の手を頼らねばロクに生きていけない事を察していた。それを聞いて少々不本意ながらもこちらも口を開いた。

「…きつい。熱が凄くて…だるい。食料ももう無いからどうしようかと思っててな…」

 直後彼は案の定だと察していたからか派手に驚く事はせず、小さくうなずいた。

「そうだったのか。おいキッド、ちょっとこの子診てやれ」

 仲間に声をかけるとキッドと呼ばれた兵士がうなずき、こちらに寄ってきた。腕章を見るに衛生兵と思われる。すぐに何かを取り出してこちらに渡す。先ほどまで喋っていた兵士は戻って行った。

「これで体温測れ。包帯は外してもいいか?」

 彼もまた蟠りの無いロシア語だった。ただ服には星条旗がついている辺り本当に米兵のようだ。

「…勿論」

 ひとまずごそごそと服の中に体温計を入れ、脇で挟む。その間に頭の包帯を取ってもらった。眼の傷の状態を見てもらう。詰めてある綿とガーゼはまた血みどろだった。

「ありゃー、酷くやられてんなぁ…それに凄い荒療治…でも出血はもう無いな。ただ膿んじまってる、消毒するぞー」

 消毒液をひたした綿を中に入れられ…強烈にシミて思わずもう片方の目をぎゅっと閉じ思い切り歯を食いしばった。…ちなみにやられた右眼は瞼ごともってかれている。

「…痛いだろうがしばらくこうして消毒しておけ、綿と消毒液は予備の小さいのをやるから。っと…熱測り終えたな」

 ピピピという音が鳴った体温計を取り出し映っている数字を確認すると……39.2度。相当な高熱だ…

 それを見せるとあちゃー、という顔をしている。

「うーんこれは宜しくないなぁ…とりあえず抗生物質も置いておく。これでも良くならなかったら医者に診せな、砲撃されてたとはいえ医科大学はまだ機能してるから…」

 思ったよりも手厚い処置をしてくれたことに正直驚きを隠せない。

「…ありがとう。それにしてもこんな奴にこれほどまで手をかけて貰っていいのか?」

「んーそこは賛否両論だな。ただ我々の国連は人道的にも援護する立場にあるし、何よりこんな大怪我と大病、見過ごせはしないだろう?」

 そういいつつ改めて消毒液の綿を詰めてもらい、包帯を巻いて貰った。すぐ色々と置いて貰い、どれが何かを教えてもらう。

「…あんたは軍医か?衛生兵にしては持っている物が多すぎる」

「おっと、ご名答。まぁ戦闘員的な役割もあるがね」

「そう、だったか」

「じゃあ処置は終わったし戻らせてもらうよ」

「ぁ…ちょっと待て」

 戻ろうとした彼の手を引く。

「…ここまでしてもらって本当に悪いと思ってるが…少しだけでも食料貰えないか?最近殆ど食べられて無かったもので…」

 そう言うと彼は既に飯にありついている仲間のほうを見て…すぐに振り向き言う。

「…特別だぞ。医療と食料品等の人道支援は別でな、勝手に一兵卒がすると罰が下る。ただ今回は俺が軍医で栄養が必要という事を認めたから出させてもらう」

 そう言って取り出したのはレーションパックだった。何かのサプリメントの入った小さい袋も渡される。

「…これで俺らが出来る事は全部だな」

「ありがとう…本当に…感謝する」


 彼らはやがて食事を済ませ、ここを出た。その際にも私は一礼し見送った。

 …レーションパックを開くとレトルトのビーフシチューとパン、クラッカー等の他、デザートになるような菓子が沢山。とてもアメリカンだった。

 予め沢山確保しておいた固形燃料を使用して温める…丁度いい大きさの瓦礫を使って温めるための台を作ってそのまま開いたパックを火の上に置いた。器は使い捨てのようだがそのまま温めるのに使えるそうだ。

 そして十分に温まった頃、いい匂いがしてくる。そのまま付属のスプーンですくい、口に運ぶ。

「……うまい」

 一度口をつけたら止まらなかった。パンやクラッカーと一緒に食べるとなお良い。すきっ腹には非常に嬉しい、産まれて初めてのまともな食事だった。

 勿論後々の事も考えパンとクラッカーは半分ずつ残しておく。しかし、それでもカロリーは十分すぎた。

 すぐに完食してしまったが、私は非常に満足していた。ちゃんとサプリメントと抗生物質も飲み、再び横になる…

 …これで体調が良くなればいいが。腹が満たされた私は、安らかに身体を休める事ができたのだった…


…ひとまず、しばらくは生きられそうだった。何とか…人の手を借りながら…やっていこう。それで、私の命は、生き続ける。


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