第2話 人間---ヒトノカラダ

 さて…笑いが少しずつ収まってきた。そろそろ本当の目標の事をしよう。

 一人、腹を狙って吹っ飛ばした奴が消えていた。ドアが開きっぱなしという事はそういう事か。しかし収穫としては十分だろう。

 血が盛大についているのは宜しくない、まだ綺麗なものをはぎ取る。売れそうなものは回収しておきたい。

 奴らは軍人だった。だとすると……やはり、拳銃を持っていた。ここがどういう情勢なのかは知らないが、自衛用に銃を持っておく人は少なくないハズだ。きっと売買に使える。

 やっている事は殺人に強盗、だがそうでもないと生きられないのだ。


 しばらく部屋や死体を漁ったが、思ったよりも無駄なものが多かった。色々と取捨選択し、手に入ったのは以下の物だ。

・バックパック

・防弾ベスト

・拳銃二丁

・拳銃マガジン六つ

・未開封の飲料水ボトル二つ

・この市街地のマップ

 …食料が無かったのは予想外ではあったが、まぁおいおい買って行けばいいだろう。

 バックパックを背負い、すぐに建物を出た。



 建物を出ると、ひゅうっと冷たい風が抜けて行った。夜になり、思ったよりもずっと寒くなっている……息が白い。暖を取る必要があるか…

 しばらく歩き先ほどまで居た路地に戻ると、路頭の商人たちが店を畳みはじめていた。ホームレスたちも建物の中に入ったのか居なくなっている。

 その中でまだ売買している商人を見つけたので、早速交渉することにした。


「いらっしゃい」

 店主は中年の男性だった。布を敷いた床と金庫と思われる箱の上に商品を乗っけている。

「うちは雑貨屋だよ、モノの交換も売買もできる。さぁどうする?」

「ふむ…売買とは、貨幣があるのか?」

 それに店主はひょんとした顔をする。すぐににやけ、答えた。

「さては君最近この辺に来たね?貨幣なんかないさ、政府の出してる金は皆信用してない。だからちょっとした装飾品や宝石なんかの価値のあるのを取引したりしてるね」

 やはりここの市場は物々交換での交易で成り立っていた。

「それならこれとかどれくらいの価値がある?」

 そう言ってバックパックから拳銃を掴む。ちゃんとロックがかかっているのを確認し、下手な気をされないよう銃身を持って相手に見せた。

 それを見て店主は目を丸くする。

「おぉ軍用拳銃!弾もあれば買い取れるよ!!」

「そうか、何マガくらい欲しい?」

「2マガあれば十分かな?」

 それを聞き弾薬を取り出す。床に置き、改めて聞いた。

「さて、これでどれくらいの価値だ?」

 店主は少しうなり、こちらに告げた。

「ここにあるもの一つは何でもいいよ。その他のものは最初に選んだもの次第かな」

「なるほどな…」

 救急キットや純正の薬品、酒やタバコ等の嗜好品、その他色々な材料や生活用品が置いてあり中々迷った。だが食料は無い。

「じゃあ…これ、ウイスキーを一瓶貰えるかな?」

 酒は身体を温める上、いざという時の消毒にも使える。500mlくらいはありそうだ。

「あいよ毎度あり!あとはそうだなー…タバコと固形燃料、あと寒いしオマケでタオルもつけちゃおう。これくらいかな?」

 店主が選んだものに特に不満は無かった。

「なるほど、拳銃と弾薬でこれくらいの価値か…」

「あぁまぁ僕なりの取引レートでやってるけどね。他の相場は良く知らないけどこれくらいが妥当じゃないかな?」

 よく考えるとここはロシアかソ連圏の場所だ。銃器の所持が認められているから割と出回っていると見ていい、非常に高い値がつく訳ではないだろう。

「ありがとう。良い取引だった」

「こちらこそ!」


 取引を終え立ち去ると、更に風が強くなってきて寒さが増した。元々の服装はあまり厚着ではない…早い所住む場所を見つけねばならない。

 ホームレスたちの居るビルもいいが、先ほどの軍人たちの件を考えるとあまり入りたくはない。人が沢山いると問題を起こしたときに厄介になりかねない、別の場所を探すことにした。



 数十分歩き、良さげな廃墟を見つけた。とりあえずここを拠点とするか…

 中は大変な荒れようだった。人の生活していた跡はあるが、所々崩れてしまっている。

 まだ崩れていない場所で座り込んだ。何とか風はしのげる…一安心だった。

 さて、座ると再び空腹に襲われた。

 ちょっと間て、さっき食べたばかりではないか?一時しのぎの食料だった可能性はあるがいくら何でも早すぎる。

 …さっき、殺す快感を知った時に身体の細さからは想像も出来ない力が出た気がする。その分体力の消費が激しかったのか?

 ……勿体ないが餓死という最悪のパターンは避けたい。またクッキーを開け、かじりついた……

 この間に先ほど手に入れた地図を開くことにした。さぁここは何処なんだ?

 ばさりと広げると左上には名称があった。自然と口に出る。

「…クリミア共和国、首都シンフェロポリ…か」

 クリミア半島…黒海に非常に近い所で、ソ連の領地だった。国名が変わっているあたり、独立したか、独立戦争中か、領有権争いかのいずれかだろう。

 でも私にはどうでもよかった。今居る場所の確認のほうが先。

「さっきの路地が…ここか。で今いるとこがこの辺…医科大学が近くにあるのか、覚えておこう」

 そして最後に確認したい事…私が産まれた場所。あそこはもう人気が無く戦闘真っ盛りだった、そのラインの把握がしたかった。

 私は一時の安全を手に入れても、まだ戦う、殺す事を考えていた。如何に己の力を振るいたいかが自分でもわかる…でも、執着することから離れられない。はやく戦いたい。限界まで。

 別に死んでも未練は最初から無かった。

 …さて、確認したところ、東に二キロほど行くとあのような大惨事になっている市街地になる様子。その先には……殺せる奴がいる。

 思わず舌なめずりした。明日にでも行こう。そして殺す。殺しまくる!!

 別にこの土地や国に感じている物がある訳ではない。ただ…いくらでも殺れる目標が居る場所に行きたい、その一心だった。


 くいっとウイスキーを一口あおる。喉がちょっと熱く締め付けられる感じ…いいな、これ。

 さてそろそろやる事は終わった。休養を取ろう……



「んんっ…ふあぁぁ…」

 朝が来た。目を開けると明るくなってはいるが、まだ日は出きっていないようだった。

 ふっと体を起こすと…急に違和感を感じた。

 アレだ。人間になったからこそ初めて自覚した事が色々とある。今回もソレだ。

 食事もそうだが、一緒につきまとうのは排泄関連…トイレは何処だ?


 幸いトイレは崩れずに残っていた。

 色々済ませ、再び相変わらず味のきついクッキーをむさぼる。やはり食料の消費が早いな…また殺しに行くとなればもっと消費が増えるかもしれない。飲料水は兎も角…

 …まぁ、その計算も面倒だ。さっさとここを出よう。そして…また身を焦がしに行こう。



 再び数時間かけ歩き、産まれた場所を超え、そこよりも更に酷い惨状となっている瓦礫の街についた。コンクリートが崩れ、粉末となったからかその匂いが鼻をつく。

 物陰をうまく利用しながら人を探す……一般人でもいい、とにかく私にあの快感をまた味合わせてくれと願っていた。

 ……声が聞こえた。すぐ身を隠し、そっとその方向を見てみる。

 …昨日殺した兵士とは違う装備をしている奴が三人。また不意に口角が上がり…襲い掛かった。



 結局、先日と同じく敵は恐怖するばかりだった。撃ってきてもそれが十分読めてしまう。

 探す、見つける、殺す。これを一日中ひたすら繰り返していた。私に勝てるのは居ない。どうあがいても普通の人間が勝てるハズがない。

 そう、知らずの間に感じていた。



 …が、私はこの敵の事を知らな過ぎた。情報が伝わる速度は想像を絶するものであった。

 それに自分の事も。無意識が暴走しすぎている事に気づけていなかった。



 また一人の兵士を見つけた。血まみれになった砲を握りなおし、瓦礫の影から飛び出す。

 …こちらに気づくなりすぐ銃を向けてきた。問答無用で自分を見て即座に銃を向けてきたのは初めてだ。だが関係ない!

 敵の射撃は読めていた、左腕の装甲を盾に突進する。立て続けに弾が当たるが全て弾かれた。撃ち切りではないだろう…身を晒すのはほんの一瞬にする。

 近づききって身を晒し、大きく砲を振りかぶり、頭を狙う。

 …しかし腕で防がれた。バキィという音が響く。一撃で仕留めきれないなら別に構わない、一度バックステップを取る。

 敵は銃を向けた。が…こちらの砲のほうが早い!

 ドォンという爆音と共に予め装填してあった砲弾が発射される。問答無用で目の前の兵士は粉々になった。また顔がにやけ………


 …前方から頭に強い衝撃が走る。視界が一瞬だけ真っ黒になり…バランスを崩して倒れた。


「っ…なに……が……」

 倒れたまま目を開く。が、異様に右側の視界が狭い。そして何より…。

「…は?」

 地面スレスレからの視界…そこから見えたものは、真新しい血の飛んだ跡と少しずつ下側から広がる血だまりだった。


 その瞬間脳裏をふぅっとよぎったのはそれまでの戦いで得た快感。そして、自分の持っていた油断だった。

 …狙撃の可能性。強い火器の可能性。敵が早々に私を脅威とみなす可能性。これらが無かった。


 耳の近くにもう一発の銃弾が刺さる音がし、我に返る。

 敵の場所はどこだ…どこから弾が…

 体を起こす。ぱっと見では狙撃兵は見つからなかった。何より、右の視界が狭いせいでよくわからない。

 立ち上がるなり今度は右腕を弾がかすめていった。確実に殺しに来てる…

 …しかし。発砲音は聞こえなくとも発砲炎は見えた。

「そこか貴様あぁぁぁ!!!」

 今度は榴弾を装填し、斜め左にあった建物の高い所、窓から顔を出している人影に砲を向ける。しっかりと狙いをつけ…敵も気づいたのか逃げようと立ち上がった。だが遅い。

 放たれた砲弾は窓の下の壁に命中した。が、これは榴弾。火薬が詰められており爆発する!


 …爆発の跡に人影はなかった。

 大きく息を吐き下を向く…ボタボタと血が滴っていた。感覚が全く無い…

 …何をやっているんだ私は。はやく止血するために安全な所へと行かねばならない。


 ひとまず廃墟の壁の影へと身を寄せる。ポーチから救急キットを取り出して中を見てみると、その箱の蓋には小さな鏡がついていた。それをのぞき込む私の顔が映り込む。

 …それを見て、私はさまざまな事を理解した。さまざまな思考が意識を埋め尽くす。

 見えたのは数分前まであった右眼が無く、そこから血が溢れ出し、顔の半分が血塗れになっている私だった。


 …私は、何をしていたんだ?命を焦がす?何のために?

 私は兵器だ。だから戦いに身を投じようとした。それだけの理由。

 自分の身体の事なんて気にしていなかった。しかしそれは大きな間違いだった。

 こうして私は快楽を求めてゆき、眼を失った。これが少しでも別の所に命中していたらと考えると…ああ、そうだ。私は二度と戻れない。

 それに兵器の部品とは違い、人間の部品は簡単に替えが効くようなものではない。

 なのに、なんで、それを気づけたのがこうして傷を負ってからなんだ!?


 その時私は初めて思った。

 生きたい、と。


 …とにかく、今やるべきことは止血だった。銃弾がまだ中に入っている…それを出さねばならない。

 鏡を見ながら右眼に手を入れる…

「っ…あ゛あぁぁッ!?」

 頭の中の肉が弄られる感覚…強烈な痛みが今になってはじめて感じる事になった。

 そして爪先にはかすかな硬いものがあたる…それをつまみ、歯を食いしばって抜いた。

 何とも言えない音とともにそれを出すなり、また叫んだ。血が再び辺りにびちゃっと撒かれる。それを反対側の壁に投げつけた…にしてもあまり深くは刺さっていない。銃弾に対する耐性があるのだろうか?

 …まずは救急キットの中にあった綿とガーゼを無くなった右眼の場所に入れ、押しつけ血を止める。勿論簡単に止まるものではないし痛みは強烈な物だ。しかしそれを強引に押し込み、ぎゅうっと押さえつけた。

 頭がガンガンと響く。酷い頭痛が起きている…思い切り歯を食いしばった。

 …もう片方のあまり血で汚れていない手で救急キットを探る。…綿とガーゼはまだある。って…モルヒネかこれは?針のついた小さい透明の袋に液体が入っている。名称を見てもそのようだ…

 医療の事はよく分からないが、とりあえず腕に針を刺す。そして押す…よし、入ったようだ。


 …少し時間が経ち、モルヒネが効いて来たのか痛みも薄れてきて、気分も少し落ち着いた。

 説明書があったのでそれも読みつつ止血していると、綿とガーゼには止血剤がついていたらしい。鏡を見ると血で真っ赤になっているが、出血はマシになってきている気がする。一度取り換えるか…

 …血みどろのガーゼなどを全て取り、改めて新しいものを詰める。…物凄く痛いがさっきまで程ではない。出血がマシになるまでに手を清潔にしたり、食事を摂ることにした。

 にしても、やはり空腹がおかしい。暴れると異様に腹が減る………ポーチを探って衝撃を受けた。まだ6つくらい残っていたハズの食料があと2つになっている。どれだけ私は食べていたんだ!?

 無意識のうちにこれほど…後々に食料の調達が必要になるのは分かっていたが、この安静にしておきたい状況でこれは…

 …早々に快楽を求めるとツケが回るという事がわかっただけ必要経費だと思いたい。


 結局残りの食料は一つだけになってしまった…終わったことは仕方ない。

 十分ほどたち、二度目の綿とガーゼを抜く。…やはり劇的に出血は減っていた。次の綿とガーゼを…と思ったがもう少ししかない。全部詰めてもギリギリってところだ。

 …仕方ない。救急キットに付属していた小さいハサミで袖先を少し切る。これで少しかさまししておこう。

 その上から残しておいた包帯を巻く。頭に巻くのは少し難しかったが、横ではなく斜めに巻くとちょうど固定も出来た。かさまし分もありちゃんと傷は抑えられている。

 …今の状態で戦闘するのは無謀すぎる。血のたくさんついた服や地面を見ても出血がそこそこある…宜しくない。肉体的にも、精神的にも一息ついた私はここを去ることにした……



 …また歩きに歩き、朝まで居た廃墟に戻ってきた。どさっと荷物を置き、床にぺたりと座り込む。

 …時刻はもう夕方。はやい…無意識のうちにどれだけ狂って暴れていたのだろう。

 タオルで身体を包み、少しでも暖を取る。…この世界、どう生きればいいのだろうか?

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