漂流ニッポンっパネェ

クサクサ

第1話大魔導師戦慄す

漂流暦1年


 異世界からの転移国家、日本と正式に国交を結ぶために日本へとやってきたグレコリス魔導帝国の使節一行は、条約締結、レセプション、各地の視察などを連日精力的にこなし、東京の帝国ホテルへと戻っていた。

「この国、なにかおかしくないか?」

 使節のリーダにして帝国随一の大魔導師、エレセル宰相は、ロイヤルスィートのソファーに身を沈めながら対面に座る腹心の男に話しかけた。

「はあ、まあ、我々とは文明の方向性が随分違いますが・・・」

「いや、そういう話じゃない。この国には魔法が存在しないという話だったな?」

「ああ、はい、そうですね。その代わりに科学というものが発達しています」

「この東京という都市、魔術的な守りが異常に作り込まれている」

「え?」

「あと、京都という街も異常だ。何なのだ、あの澱のように溜まった不浄な念は。本来なら人間が住めるような土地じゃないぞ。極めつけはこの国の形だ。竜かよ!魔術が存在しないという国などとはとても思えん」

「しかし、この国の政府の公式見解では、魔法というものはまやかしと思われてきたと」

「・・・そうだったな。しかし、どうも解せん。この国の連中は、我々を騙そうとしているとしか思えん」

「まさか」

「まあ、そんな嘘をついてどんなメリットがあるのかという話だが・・・」

 テーブルに置かれたコーヒーカップを手に取り、一飲する宰相。気が落ち着いたのか、話題を変えてきた。

「ところで、明日はこの国の皇帝・・・天皇との面談か」

「ええ。午前中はそれぞれ希望した施設などの見学に周り、宰相閣下のみ、午後から天皇との面談となります」

「・・・正直面倒だな・・・この国の皇帝は権力を持っていないのだろう?会ったところでメリットがな」

「外交上の礼儀というものもありますので。この国の皇帝は国民から非常に慕われていますから、ないがしろにするような真似をすればどういう反応を招くか分かりません」

「フムン。まあ、千年以上の歴史を誇る皇室に敬意を払うとするか」

「はい」

 エレセルは一つ息を吐くと、ソファーから立ち上がる。

「どれ、明日に備えて英気を養うとするか」

 彼はそのままマッサージチェアに向かい、一時間ほどマッサージを受け続けた。

  

 エレセルを乗せた車は、前後をSPに囲まれ、皇居へと向かっている。

「閣下、そろそろ到着します」

 腹心の声を受け、視線を車窓へと向ける。皇居が目に入った。

「な!なんだ!何だあれは!」

 彼の目には皇居から立ち上る魔力の奔流が見えた。彼は魔力を視覚化するギフトの持ち主であった。天井の低い車の中で思わず立ち上がりそうになって頭をぶつけてしまう。

「ど、どうしたのですか?」

 上司の突然の行動に、腹心の男は困惑しながら声をかける。

 しばらく頭を抱えながら唸り、そっと座席に落ち着く宰相。

「・・・お前は私のギフトのことを知っていたな?」

「ああ、はい」

「あそこに古竜を凌駕する存在がいる。もしくは魔力を集積する仕掛けがあるのかもしれん」

「ええ!?」

 腹心の男が小さく驚きの声を上げる。彼も皇居に目を向けるが、もちろん彼には魔力が見えない。

「本当なんですか?」

「信じがたいが、本当だ。私の目がおかしくなったのでなければな・・・以前通りがかった時にはあんな風になっていなかったはずだが・・・」

 腹心の男はゴクリとつばを飲み込み、皇居をもう一度見た。ほどなくして車は皇居の門を潜った。


 正殿竹の間に通されたエレセルの体は小刻みに震えていた。皇居の中は清浄な魔力で溢れ、魔力に人一倍敏感なエレセルの体は無意識の内に反応しているのだ。

(何なのだ!ここは!バラス神国の大神殿ですらこんな清浄で濃密な魔力に満たされてはいなかったぞ!)

 扉が開かれ、侍従が先触れを告げるために部屋へ入ってきた。

「もうすぐ陛下がこちらにご来室になられます。準備がございましたらお早くお願い致します」

 エレセルは曖昧に返事を返しながら、一つ思いついたことを侍従に聞いてみた。

「一つ伺いたいのだが、その、この皇居はいつもこういう雰囲気なのかね?なんというか、こう、清浄で清々しい雰囲気なのだが」

 侍従は一瞬怪訝な顔をしたが、それを即座に隠しすぐさま答えた。

「はい。皇居の中は常にこの様は雰囲気です。もっとも、今日は特別清らかな空気が流れていますが」

「何か理由が?」

「それは・・・宰相閣下とお会いになられるからでしょう。陛下が心浮き立つような出来事がある時には、常にもまして雰囲気が明るくなります」

「・・・それは、私が魔道士であることと関係があるのでしょうか?」

「おそらくは。魔法を使える人間が陛下に会うのは初めてのことですから」

「・・・そうですか」


 侍従が立ち去り数分後、扉がノックされる。 

 ゴゴゴゴゴゴ・・・。扉の向こうに恐ろしく強大な魔力を持った存在がいる。エレセルの呼吸が荒くなる。

 扉が開かれ、黒服のSPが先に入ってくる。ほどなくして柔和な表情をした小柄な老人が現れた。心なしか、ウキウキしているように見える。

 だが、エレセルはそれどころではなかった。その老人から、無茶苦茶な量の魔力が垂れ流されていたのだ。人間一人が発する魔力量ではない。単位で言うと、エレセル1000人分は優にあった。魔王でもここまでではない。

 その魔力をもろに浴びて、エレセルは鼻血を流しながら白目をむいて倒れた。


 天皇との面談で気絶するという前代未聞の珍事を引き起こしたエレセルは、帝国に帰還した後、皇帝にこう報告したという。

「あの国には絶対に敵対しないでください。皇帝が生き神です。アンデットでも下位の存在なら鼻くそ一つで爆発四散するレベルです。しめやかに」

 それに対して、皇帝は「・・・ええぇぇ・・・!?」と素でどん引いたという。

 ちなみに、エレセルは後日日本の魔術形態を調べるために再び日本へと赴くことになり、そこで驚異の数々に遭遇するのだが、それはまた別の話である。


 

  



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