……あぁ、なつ
零真似
復活祭の日
トンカララッタン、トンカララッタン、でんでん太鼓が夏を鳴らす。
くるくるくるくる、彼女の頭の上でタケコプターみたいに回って、回って、夜を弾く。
八月。夏。復活祭の夜。僕ははじめて彼女の横顔を独占した。
耳にかけられた髪。下向きの眉。丸い鼻。すぼめられた口。
屋台と提灯の明かりに照らされて、そのどれもが、なんていうか……朝摘みされたオレンジみたいな彩度だった。
「オレンジ?」
「いや、マンゴー」
「ふーん」
僕はかき氷にかぶりつく。ソフトクリームじゃないんだから、と彼女は笑って、でんでん太鼓を回すのをやめた。
「いる?」
立ち止まった彼女がでんでん太鼓を差し出してくる。
僕は、少し迷った。
「いらない」
「そう」
彼女は再び歩き始めた。
そのまま人混みに紛れて、すぐに彼女の姿は見えなくなった。
僕は彼女が着ていた藍染の浴衣を追う。ひらり。ちらり。ときどき視線の先で踊るそれは、すぐ近くにあるはずなのに――なぜだろう? もうずっと触れることはできない気がした。
だから、言った。
「……なあ!」
食べかけのかき氷が、ボトリと地面に落ちた。マンゴーの匂いが昇ってくることはなかったけれど、遠くないところにかき氷の屋台が見えた。いちごにメロンにソーダに――オレンジもあるらしい。
「――――」
少しだけ、世界から音が遠ざかったようだった。
そして、彼女の声がした。
「――――」
トンカララッタン、トンカララッタン、でんでん太鼓が夏を鳴らす。
くるくるくるくる、僕の頭の上でタケコプターみたいに回って、回って、夜を弾く。
「けっこう、たのしいでしょ?」
「どう?」
「おいしい」
彼女はオレンジ味のかき氷にかぶりついた。
「うん。けっこう、たのしいかな」
「どう?」
「おいしい」
次からかき氷はオレンジ味しかないなって、思った。
……あぁ、なつ 零真似 @romanizero
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