メイド・マリアンは誰が為にその身を捧ぐのか。
Mr.K
#1
「急げ、急がねぇとサツが来ちまうぞ!」
ベーカー・ジムスは焦っていた。元々がこのイングリッチ・シティの外出身である彼は、唐突にこの街に呼び出された挙句、呼び出した張本人である昔からの知り合いにいきなり「強盗しようぜ」とラフに誘われ、ロクな計画も明かされないままに、このイングリッチ・シティ銀行に押し入ってしまったのだ。
……いや、計画を明かされなかったというのは正しくない。彼自身そんなに頭がいいわけでもなく、それでいて善良とは決して言えない小悪党だった為、軽い気持ちで強盗に行くのは特に咎めなかった。
ただ、「どんな計画だ?」と問いかけた時に返された答えが問題だった。
――深夜の銀行に押し入って、金を頂くだけでいい。
そんな、穴だらけもいいところな計画だというのに。
「大丈夫さ、兄弟。俺達は、大丈夫なんだ」
何を言ってやがる、と言ってやりたい。一体、どんな根拠があって、こんな能天気もいいところな強盗をやらかそうというのか。営業は終了していようと、警報装置の一つや二つあるだろうし、警備員だっているだろうに。
その疑問を言葉にはしなかったが、まだ脳味噌が詰まっているらしい仲間の一人が、親切にも答えてくれた。
「まぁつまりだ。お前さんは外から来たから知らんだろうが……この街のサツなんてのは、ほとんどお飾りみたいなもんだ。それっぽく振舞ってるだけのゴロツキ、いや、ギャングみてぇなもんだ」
「見掛けでは悪い事やってないように見せてるだけの、な」と付け加えながら。
そうは言われても、信じていいのかは分からない。それに……街の外にいた頃に聞いた妙な噂が、彼の頭の中で引っ掛かっていた。
しかし、揃ったメンバー全員が口を揃えてこう言うので、「何か策でもあるんだろう」と、そう考える事にした。
――結果として、彼らは警備員をのし、金を毟り取り、更に奥の金庫へと足を踏み入れる事には成功したのだが。
「ぐッ」
突然そんな呻き声が聞こえたかと思えば、ベーカーの近くに立っていた仲間の一人が突然倒れた。
「なんだ!?」
それに弾かれるように振り返れば――そこに立っていたのだ。金庫の外に備えられた電灯の光を背に、薄暗い緑で全身を包んだ、どう見ても警備員ではない何者かが。
どことなく輪郭がぼやけているせいか、体格も性別も分かりづらい。
ただ理解できるのは、その何者かがフードを被っているらしい事。そして……彼ら強盗に対し、敵意を向けている事。
「クソッ、奴だ! 奴が来た!」
「やっちまえ!」
唖然とするベーカーを他所に、仲間達はまるでこの何者かが来る事を分かっていたかのように、猛然と向かって行く。
――しかし、所詮は弱い者をいたぶり、強者には尻尾を振る事しか出来ないような三下だ。
ベーカー自身、自分達が二流にすらなれない、ちんけな悪党であるとは自認している。だが、それでも数の暴力というものがこの世には存在する。頭数さえ揃えば、大抵の連中なら一人でいるところを囲んでボコボコに出来るだろうと、そう考えていた。
それがどうだろう。
「うぐぁ!」
「おフッ」
「げぇッ!?」
総勢七人。どこぞの映画の主役達と同じ人数。それに対し敵は、得体は知れないがたった一人だ。
だというのに、仲間達はことごとくやられていく。
まず『奴』は、早々に逃げ出したかと思えば電源のブレーカーを落とし、こちらの視界を奪いにかかった。
「しかし、視界が奪われるのはあちらも同じ」と、そう思ったのが運の尽きだった。
『奴』は、まるで暗闇の中でも目が見えているかのように、次々と仲間達に襲い掛かった。
時折、スリングショットの発射音ような音がして、瞬間に仲間か誰かに硬い物がぶつけられる音も、そして倒れる音も聞こえた。
「なんなんだ……なんなんだよ!」
ベーカーは、恐怖で支配されていた。ただでさえ何も見えないのに、その闇の中から唐突に襲われるのだ。
半ば狂乱状態に陥りながら、まさに闇雲に、事前に支給された拳銃を撃ちまくる。
途中から空撃ちになっている事にも気づかずに。
「あうッ」
暗闇で自由自在に動き回るような輩なのだ。ちょっとした音のみならず、マズルフラッシュという闇の中では特に目立つ目印を見逃すはずがないなど、今の状態のベーカーには思い至る筈も無かった。
遠のく意識が、彼の最近の記憶を掘り起こす。この街には、守護者がいるという噂。
『たった一人の
そして――『ロビン・フッドの末裔』。
次に目を覚ました時、彼とその仲間達は警察車両に押し込められ、輸送されていた。
知り合いの男は相も変わらず、「大丈夫だ、大丈夫」などと言っていたが。
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