#3


「なぁ、昨晩また『ロビン』が活躍したって?」

「らしいぜ。マッポが来たのも、警報が鳴ってから30分かそこらしてからって話らしいし」

「マジで役に立たねぇよなぁ、あいつら」

 午前の授業が終わった教室内で、これから食堂に向かおうとしている同級生達がそんな事を言っているのが聞こえる。

 その噂になっているロビン本人であるロクスレイはと言えば――特に何か表情に出す事も無く、自分も食堂に向かおうとしていた。


「おいコラそこのボッチ」


……そんな彼の襟首を掴むような勢いで引き留める少女の声。

「……しまったな。小銭が中途半端だ」

 知り合いからはたまに根暗と呼ばれる少年は、無視して財布の中身の心配だけしていた。

「あんたの事だよボッチって!!!」

「ぐっ」

 今度は本当に襟首を引っ掴まれたロクスレイは、背後からの唐突な強襲、そして唐突な肺への酸素供給の停止に驚くものの、あえて呼吸を自ら止める事で落ち着きを取り戻した。

「……なに、ミノーさん」

「ミ・ノ・ウ! ノーって伸ばされると、なんかこう、拒否されてる感じするってか!」

「……拒絶したつもりなんだけど」

「なんか言った!?」

「別に」

 壬生ミノウ千里センリ。ついこの間、遥か東の故郷から唐突に転校してきたばかりだというのに、入学以来全く学校になじめずにいるロクスレイとは違い、持前の明るさとコミュニケーション能力の高さで、瞬く間にこのクラスに馴染んだ、極東出身の少女。

「アンタってさ、ほんっとに暗いよねー!」

「まぁ、君みたいに能天気になるのは、演技だって無理だね」

「……なぁんか、含みを感じるのよねー」

「気のせいだ、気のせい」

 一見アホっぽいものの――というか実際、成績の面ではそうらしく、テストのほとんどの科目で堂々と叫んでいるのが散見されているのだが――、妙に勘が鋭いところがあり、ロビンとしての秘密の正体シークレット・アイデンティティを隠している身としては油断できない相手だ。

 というのも――

「ていうか、なんかすごく眠たそうじゃない?」

「さぁ」

「あっ、そーだ! ねーねー、そういえば昨晩また『ロビン』が出たって話、知ってる?」

「脈絡なさ過ぎじゃないか……」

「一応あるわよ? なんでも、ロビンの姿はどういう訳か誰の目から見てもボヤけてるけど、身長は大体、高校生ぐらいだって」

「……つまり?」

「案外、徹夜して眠そうな高校生がロビンだったりして、とか思っちゃったり」

「…………」

……こんな風に、他の同級生達からすれば笑い話もいいところだが、ロクスレイからすれば笑えない話を唐突に繰り出してくるのだ。

 とにかく、相手にしているとロクスレイの心臓に悪いのだ、この少女は。以前にも何度か、正体がばれそうになったほどに。ある意味で天才なのかもしれない。

「……あるいは、俺が注意不足なのか」

「ん? なんか言った?」

「別に。それで、何の用か聞いてないんだけど」

「あ、そうそう。お昼一緒に」

「断る」

「うわぁ、ソッコー」

「いつも一人で食べてるのを気遣ってるつもりなのかもしれないけど。生憎俺……じゃない、僕は一人で静かに食べるのが好きなんだ」

「……つまり、私がうるさいって意味?」

「よく分かったね」

「それは褒められてもうれしくないやつ……」

 こんな風に軽口を叩き合っているが、ロクスレイは彼女と仲が良いとは全く思っていない。センリの方も然りだ。彼女の場合、「仲良くなりたいがすげなくされる為、本当の意味では仲良くなれていない」という意味合いだが。

 「ねーねー一緒に食べよーよー」と、なおも不屈の精神で食らいつくセンリに、ロクスレイは苦い表情しか浮かべられない。

 いい人間には違いない。しかし、お節介と思いやりは違うのだ。

 「俺を思いやるなら一人で食べさせてくれ」と言いたくなるのをなんとか心の中に留め、どうしたものかと悩むロクスレイ。

「あ、ミノウさん。先生が「早く宿題出せ」って言ってたよ」

 そこに、一人の少年が助け船を出した。

 大人しそうなその少年の一言に、センリは「エ゛ッ」と、女の子らしからぬ濁声を漏らす。

「うわ、やっば! そういえばそうだったぁ!」

 「また誘うからねー!」と元気よく言い残すと、まるで風か何かのように、瞬く間にその場から去って行った。

 先程も書いた事だが、彼女は勘の鋭さはピカイチではあるものの、勉学の方面ではそこまで優秀ではない。加えて、転校があまりにも唐突だったせいか、彼女は所謂外国での授業に慣れておらず、教師陣もそれに配慮し、課題などに関しては幾らかの配慮を施していた。

 とはいえ、期限が他の生徒よりも長いからといって、提出を先延ばしにし過ぎるのも問題ではあるのだが。

「……すまん。助かったよ、タック」

「気にする事じゃないさ。これも、恩返しの一環だよ」

 「もう十分、恩は返してもらった」とロクスレイが困ったように返せば、タッカー"タック"ヴィンキンスは、微笑みながら「まだまだ返し足りないよ」と言い返す。

 彼ら二人は、以前は対した接点も無く、挨拶すら交わさない程度の仲だったが、三ヵ月前のある事件が切っ掛けで知り合い、そして友人になったのだ。ちなみに、ロクスレイが緑の義賊である事も知っている。

「そういえば、ヴィンキンス神父は?」

「うん。もう二週間もすれば退院してもいいって。『今代のロビンにも、礼はせねば』だってさ」

(……一応、ね)

 ロクスレイは一瞬、タックから目を逸らし、苦い表情を浮かべる。しかし、それをタックに悟られないように、すぐに表情を、無表情なのか微笑んでいるのか、どちらとも言えない曖昧なものに戻す。

「あ、そうだ。最近、ストリートのゲーセンに新しいガンシューが入ったって知ってる?」

「いや」

「じゃあさ、よければ帰りにでも寄ってかない? 先に君のプレイ見てからやろうと思ってさ」

「狡い奴だな全く……けど、すまん。用事が入ってる」

 表情を変えず断るロクスレイだが、その顔には陰りが見え、申し訳なく思っているのがタックにも見て取れた。

「そっか。……もしかして、さっきセンリさんが言ってた件?」

「まぁ、そんなところだ」

 そう言いながら、ロクスレイは教室から出ていく。

 「今日中にでも片を付けて、明日にでも行かないとな、ゲーセン」と、タックにも聞こえるような独り言を呟きながら。


「……不器用だなぁ」


 断られたというのに、その顔は酷く穏やかだった。

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