#4


 シティから北の郊外(シャーウッドの森は西)に向かって伸びる道路。人気の少ないところを意図的に避けて造られたその道路は、イングリッチ刑務所に続く唯一の道である。

 その半ばで、輸送車と、その護衛についていたパトカーは盛大に横転していた。

 周囲には警察が調査の為に黄色のバリケードテープを張り、鑑識が痕跡を調べているものの……結果は思わしくなかった。

「……つまりこう言いたいのか? 『輸送車は空気を叩きつけられて横転した』と?」

 つい先程現場に入ったハロルド警部は、厳つい顔を更に厳つくさせながら、鑑識に詰め寄る。

「それ以外にどう説明しろと仰るんです? こちらでも何度も確認しましたが、幾ら見てもし、輸送車側面の凹みも、車どころかがないんです」

「しかし、現に凹んでいるではないか。パトカーの方もだ」

 指差す方を見てみれば、確かに二台のパトカーも無残な姿になってしまっている。

「パトカーの凹みは、どうやら輸送車が横転した勢いで衝突したのが原因です。その証拠に、輸送車及びパトカーの外装の塗料が付着していました。しかし、輸送車の側面には、剥がれ落ちた塗料の欠片どころか、ぶつかった何かの痕跡すら無いんです。それが現実です」

 そう鑑識に返され、ハロルドは頭をガシガシと掻きむしる。


――とんだ所に送られたものだ。


 渋い表情を浮かべながら心の中でそう呟く。

 元々ハロルドは、この街の人間ではない。隣町どころか、何十キロも東に離れたとある町で働く刑事であった。

 このイングリッチ・シティほど大きくない町であった為に、バリバリ働くという言葉とは無縁の牧歌的な日々を送ってはいたものの、今と比べれば充実した毎日であったと、ハロルドは胸を張って言えるだろう。

 そんな毎日を送っている最中、唐突にこの街への異動を言い渡されたハロルドは、奇妙に思いながらもこれを快諾した。

 そうしてやって来てみれば、ご覧の有り様だ。

「……他に分かった事は」

「はぁ。と言いましても、後は足跡があるぐらいで……」

「運転手はどうだ」

「輸送車の運転手、並びに助手席に座っていた警官は、ショックで気絶したままです。パトカー二台の乗員も、何が起こったのかまるで理解できていなかったようで」

 ハロルドは、こめかみを親指でグリグリと押す。普段は頭が痛い時にする仕草なのだが、最近ではこのような不可思議な事件がある度にこうする癖が出来てしまっていた。

(……手掛かりと呼べる物がまるで見当たらないだと? いつから俺は、オカルト物の小説の登場人物になったんだ?)

 あくまで自身を主人公と呼ばない辺りが彼らしいとも言える。元いた町では珍しく抜きんでて優秀だった為にこの街に招かれたハロルドだが、他の街や町から出向してきた刑事に比べれば可愛いものだと自覚しているが故に。

「お疲れノ、ヨーですネ」

 そこに、酷く拙い英語で話しかける男が一人。

 年季の入ったよれよれのコートに身を包んだその男こそ、ハロルドの知る他の街からやって来た刑事の一人。

……否、他の街というのは不正確だ。

「……アンタは確か、J国の」

「ドーモ」

 遥か東の彼方、東洋の国出身らしい淡泊さに、それを補うどころか塗りつぶさんばかりの年相応の濃さを重ねた中年の男。

 元々いた国でも特殊な事案にしょっちゅう関わっていたというその刑事は、現場の凄惨な様子を見て、顎を摩る。

「……ふぅーム。これは、ウーン」

「何か言いたい事でも?」

 ハロルドは遠回しに次の言葉を急かすが、極東の刑事はウンウンと考え込むばかり。

 だが、それは自分が想像していたようなもの――現場に対する自分と似たような困惑――ではなく。

「チョト、待ってくださいヨ……」

単に、英語に不慣れでどう言えばいいのか分からない。そういう程度のものであるらしかった。現に、彼はポケットから取り出した大き目の手帳のページをあっちこっちと捲り続けている。

「……アー。つまり、ジョウシキに囚われるの、イケナイ事デス」

 (……常識に囚われてはいけない、ね)ハロルドは再び頭を掻きながら辺りを見渡す。

 一瞬、森の中に動くものが見えたが、きっと動物か何かだろう。





 刑事の一人が頭を掻きながら辺りを見渡すのを見ていたソレは、自身の存在を悟られていないのを確認すると、するすると木を登り始める。

 緑一色のギリースーツに身を包んでいるソレは、ある程度の高さまで登ると、それなりの太さがある枝を見つけ、ゆっくりと枝の先へと向かって行く。

 そして、見晴らしが良くなったのを確認すると、ジッと現場を観察する。

 その観察も程なくして終わり、誰にも悟られる事無く、ソレはその場から姿を消した。


「…………」


 頭を悩ませているハロルドを他所に、日本からやって来た刑事は、ただ一人だけソレのいた場所を見つめていた。

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メイド・マリアンは誰が為にその身を捧ぐのか。 Mr.K @niwaka_king

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