第4話 策謀:ヴァイゲルターキーツ再炎 -Die Intrigen in Weigerterkietz
小康
「では、それぞれ自己紹介といきましょうか!わたくしはユッタ。宗名はクラークです。これからよろしくお願いしますね、ナタリエちゃん」
ターク・デア・レプブリークでの夜からしばらくして、ナタリエの立ち位置に変化が生じた。この件で彼女の世話を焼いていた二人の先輩、エミーとモニカが正式に面倒を見ることとなった。
「や、お前は関係ないだろ。ほら帰った帰った」
「あらあら、モニカちゃんったら冷たいことを言いますねえ。せっかく円滑なコミュニケーションができるよう協力してあげようというのに……」
「いらんお世話だっての」
と、その後も互いに小言を投げつけ合う二人。救護所で見かけたときの印象とはかなり違っていた。
「はいそこまで!もう、なんで二人揃うと喧嘩になるのかなぁ……」
と、3人より集まると自然と舵取りを切るのがエミー・ヴェンツェルの役割になっていた。大きな黒縁の丸眼鏡を掛け、淡い茶色の髪の毛を肩の辺りまで伸ばした彼女は背丈こそ一番低いけれども、親譲りの博識で通っていた。
「というわけだから、改めてよろしくね」
それにいい匂いがする。前の晩とは違ったものだけど、
一方モニカ・ケッヒェルは赤み掛かった髪色で、相変わらず一つ結びにしただけのラフな髪型をしていた。目付きの悪さは幾分和らいでいるし、手に巻いた包帯が前の晩に比べて縛り方は緩くなっていた。
この二人も、FoLV成立前はラウラと同じく東洋のロイテ人居留地に住んでいたとのことだった。
そして先ほど割って入ってきたユッタ・クラークについては……分からないことだらけだ。濃い紅毛の後ろ髪を太い三つ編みにして結わえ、服装や言葉遣いは上品でお嬢様然としている。モニカとの間にただならぬ確執があるようだったが、その場から閉め出されてしまったので尋ねるのも止めた。
「それで、あの子どうして来たの?」
「えっ、と……ばあちゃんからの伝言」
「ボスから?なんて?」
「それが……」
珍しく歯切れが悪いので、エミーも不審に感じたが、耳打ちされて同じ表情を浮かべてしまった。
「え、あのケース、もう開けるの?早くない?」
「やっぱそう思う?」
「……この話、アルベルトさんが来てからにしようか。じゃ、モニカよろしく」
代わってモニカ・ケッヒェルは赤み掛かった髪色で、相変わらず一つ結びにしただけのラフな髪型をしていた。目付きの悪さは幾分和らいでいるし、手に巻いた包帯は前の晩に比べて緩い縛り方になっていたが、先日塗りたくった薬剤の匂いがまだ残っている。
「昨日も言ったと思うけど、モニカよ。慣れるまでは時間がかかると思うけど……ま、しばらくは頼むわね」
二人もFoLV成立前はラウラと同じく東洋のロイテ人居留地に住んでいたとのことだった。それぞれ実家は商家で、家業の合間にFoLVに出仕しているとの話だった。ナタリエも以前と同じ名乗りを返し、翠色の宝玉の首飾りについては伏せていたが、互いの素性の確認が済んだところでエミーが口を開いた。
「で、今後なんだけど。ナタリエちゃんにも外出許可が出せるようになったから、FoLVの手伝いで出かける用事ができたら一緒に来てもらうからね」
聞くことによれば、条件付きでベーアヴァルト市街のどこへでも赴くことができるということだった。まずは監督者の同行があること。対象はこの二人以外にラウラ、パウラ、アルベルト、そしてミヒャエラだ。そしてもう一つは件のケースを決して離さず持ち歩くことだった。
ケースについての説明は、先に述べられた通りアルベルトの同席を待って始められた。ダイヤル式の錠の番号を知っているのは彼だったからだ。解錠されると赤布で覆われた内面があらわれ、くりぬいた部分に拳銃が収められていた。
「……58式だ。懐古趣味のばあさんらしくない」
装填数5発、マウザー製のL58は昨年登場したばかりの最新モデルで、軽量かつ取り回しのしやすい点がセールスポイントとなっている。
「これを、私に……?」
「そうだ。使い方はモニカに教えてもらえ。管理も仕事の内だからしっかり叩き込んでおくんだ。それとエミー、お前も撃ちに行ってこい!」
「えぇ私も?!」
「そうだ、お前が一番成績が低かったからな!せいぜい抜かれないよう努力しろ」
とんだ言われ様……いや、確かにそうした荒事に秀でているような性格にはみえないが。後で怨み言のようにぼやいていたが、事実その腕前は下手だった。なぜ彼女がFoLVの戦闘課程を受けずにいられたのか、モニカは思い返さずにはいられなかったくらいには。
「頭脳労働専門だからね」
と、へらへらしていたが、すぐに音を上げるほどしごかれたのは当人の名誉のために心の内にしまっておく。
閑話休題。支給されたこの実銃は、ハントヴェルケのように無規制で濫造されるような粗雑なものではなく、れっきとした殺傷能力を有している。そこに込められたメッセージは明白だ。
「お前も敵を撃て」
と。FoLVとは決して慈善のための組織ではなく、平和を理念とした団体でもない。設立以来ずっと、現れる敵を倒し、手を汚してきた。望むと望むまいと、その目的を達成するまでは。
ナタリエもその冷たさ、重さを直に感じた。三人の証人に見張られながら、指先が銃身に触れた瞬間から、引き返すことのできない道に足を踏み入れたと、その時は気付いていなかった。
「それで、その後音沙汰がないのかね?」
焼身自殺事件から1ヶ月経ち、2月になってもFoLVのベーアヴァルト支部では恙なく時が過ぎていった。
「ええ、党本部もSEKも、全くといってありません。その後の処遇も謎のままです」
「それはつまり、舐められているのだよ我々は。奴らが政権のイヌだからなおさらだ」
「そちらでもSEKが?」
「ああ。ちょっと前まで落ち着いていたんだが、最近また活発になっている。ブレンブルクやアイゼレンでもSEKがのさばっとるよ。しかも地元のチンピラどもと大乱闘ときたものだ……」
そう語るのはマクシミリアン・シュネー、IKV(イフリート大陸植民地協会)の元締めである。彼らも旧帝国の積極的な海外進出の手先となり、大戦ですべてを失った者達であった。
「実はヴィースハーフェンの我々の施設も攻撃されたんだ。ウチで働いていたイフリート生まれの若いのもやられたよ。ジークボルトさん、奴らをのさばらせるのは間違いなく私たちの意に反しますぞ」
「ええ、承知しております。SEKについては我らFoLVも対応を考えているところです。ですが今は、味方を増やすことに専念すべきかと」
「了解した。我々もそうしよう。ところであてはあるのかね?防衛軍(ヴェーア)か?」
「……その内お答えしますよ」
「そうか……あまり危険な企みは考えないでもらえると助かるのだが。ではそろそろ失礼しよう。またヴィースハーフェンによることがあったら連絡してくれ」
そして「帝国万歳」の掛け声で以ってマクシミリアンは去っていった。
「……」
彼を見送ったラウラは、部屋に戻ると深く腰掛け溜息を吐いた。SEKを排除するにあたり、党本部、殊にハインリヒとの関係はあえて伏せていた。優秀だが地位が追いついていない彼の描いた構想は見聞したものの、どこまで実用できるか判断できなかったからだ。
他に当てがないでもない。モーリッツ中佐属するロイテ防衛軍(ヴェーア)が筆頭に挙げられる。しかしヴェーアも一枚岩ではない。相手を間違えれば密告されることを覚悟しなければならないだろう。かといえ他に有力な力を持つ組織は思い至らなかった。
「時期尚早ね」
機を見て館の地下に足を運んだ。厳重に施錠された扉を開け、二重三重に仕掛けられたセキュリティを解除していく。ほどなくしてロッカーの並んだ一角につくと、ガラス窓の向こうでナタリエとモニカが二人して並んで立っていた。ここに来た初日にナタリエに与えたケースが開封された上で置かれている。中身の拳銃はその手にしっかり握られていた。
視線はラウラの死角の先にある標的を見据えて離さない。すぐ横に立ったモニカが口を動かすと、その調べに合わせて5度連続して引き金を引いた。
「調子はどうかしら?」
一段落ついたようで、戻ってきたモニカと目が合った。
「ボス!ええと……まあ、筋はいいですよ。射撃訓練はまだ数回しかできてませんけど、もう手の震えが止まってた。あたしでもあんなに慣れるには時間がかかったのに……」
「そう、それはあなたの教え方が上手だからよ。引き続き頼むわ」
驚嘆の思いを込めて紡がれる言葉に満足そうにうなずき、ひとしきり労ってもう一人の到着を待った。
「お待たせしました!って……ボス?」
「ご苦労様。ナタリエ、モニカとはうまくやってるようね」
「はい、モニカさん、ツォーガルテンではちょっと怖かったですけど、分からないところがあっても嫌な顔せず教えてくれて……」
「ちょっ、余計な事言わなくていいから!すみません、ボス」
「いいじゃない、素直な評価として受け取りなさいな。じゃあ私は戻るから、あとはよろしく」
地上へ上がり、ラウラの調子は元の落ち着いた様子に戻った。ふと、先程のマクシミリアンの言葉とともに古い記憶がよみがえる。忘れもしない10年前、後にレーテ戦争と呼ばれるようになったターラーの雨事件からの一連の出来事を。どことなく今の状況と似ているこのこの思い出が、確かな自信を彼女の心に根付かせていった。
帝国の夕凪 イオン・ベイ @hydroxideminus
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