この町は驚くほど平和ですしね。






「あ、食材がない。」


メンシュは、冷蔵庫(注:魔法を使った道具で、食材を冷やすことで傷まないようにする。市販はされておらず、メンシュが知り合いに作り方を教えてもらって作ったもの)の中身を見てそう呟いた。


「あ、ごめん!

 昨日の夜キョウネちゃんとノイナーちゃんの分の夕食まで作ったから!」

「昨日は結構はしゃいでましたもんね。

 よくもまぁ酒もないのにあれだけ騒げるものだと感心しましたよ。」


基本的に、酒は十五歳を超えていれば自由に飲むことができるし、神の教えで禁止されているわけでもないのだが、昨夜はそういう雰囲気ではなかったので、酒は飲んでいなかった。

しかし、かなり声は大きかったことはここに記しておく。


「あ、もしかして近所迷惑になっちゃったかな?」

「さぁ?お菓子でも持っていったらどうですか?

 もちろんフィランさんの自腹で。」

「うっ。今月はお金が。」

「昨日大量のお菓子持って帰ってきましたからね。

 しかも、あれそこそこ高いやつじゃないですか。そりゃあお金なくなりますよ。」

「返す言葉もありません。」


ズバズバ言うメンシュに、フィランはしゅんとしながらそう答える。

メンシュはその姿をみて溜息を吐く。

これ以上からかうのはやりすぎだと判断したためだ。


「安心してください。

 ちゃんと防音魔法使ってましたから。」

「ありがとう!メンシュ様!」

「大袈裟です。」


メンシュはそう言いながら、残っている食材を確認する。

それはちょうど朝食分ほどで、昼食の分はなかった。

やはり買いに行かなければいかないようだ。


「まあ、朝食くらいはどうにかなりそうですね。

 ご飯食べたら買いに行きましょう。

 ついでに他にないものをいろいろ買いに行きたいので、ついてきてくれます?」

「うん!もちろん!」

「まあ、フィランさんがあらかじめ家に来ると言ってくれていれば回避できた自体ですからね。

 非常時用に冷蔵庫の中は切らしておきたくないんですが……」


メンシュは少し不機嫌そうにそう言うと、いつもより大きな音を立てて調理をする。


「本当にすいませんでした。」


そんなメンシュにフィランができることといえば、誠心誠意謝ることだけだった。

台所を握っている人はたいていその家で一番の権力者なのである。

もちろん、その限りではないのだが。






「じゃあ、これとあれとそれを三つずつお願いします。」


メンシュは生活用品を広く扱う店についた途端、店主のおばちゃんにそう注文する。


「相変わらず無駄のない買い物だねぇ。」


店主のおばさんはそう言うと、手早く袋に詰めて金額を計算する。


「はい、全部で九百二十ウェンね。

 あ、司者様、これもあげるよ。」


お金を店主のおばちゃんに渡したメンシュに店主のおばちゃんが差し出したのは、たくさん飴の入った瓶。


「そんな、もらえませんよ。

 申し訳ないです。」

「いいからいいから。

 店のあまりものなんだよ。」

「そんな、もらえないです。」

「じゃあ、フィランちゃんの方にあげるよ。」


標的を変えた店主のおばちゃんはそう言うと、メンシュの隣で商品を見ていたフィランに飴の瓶を差し出す。


「そ、そんなもらえないです。それに、神官が個人で貰い物をするのはあまりよろしくないので。」

「ああ、確かにそうかもね。

 そういえば、前にそんなことを言っている神官の人がいたのを思い出したよ。」


神官というのは、役職によっては国の政治に関わったりもする。

そんな重要な人物が個人で貰い物をするというのは賄賂などの犯罪防止のため、控えるよう言われているのだ。

まあ、教会へ寄付という形にすれば問題はないのだが。


「はい、なのでいただけないんですよ。」

「それは残念だよ。」


店主のおばちゃんはそう言いながら、袋に詰めた商品をメンシュに渡す。

メンシュはお礼を言ってそれを受け取ると、フィランと一緒に次の店へ向かう。


「あ。」

「ん?どうかしました?」

「い、いや。なんでもないよ?」


店を出て少し歩いたところで、フィランは一瞬立ち止まって声を漏らしたが、すぐにまた歩き出した。

それが少し気になったメンシュが一瞬フィランが向いていた方へ目を向けると、服屋があることに気がつく。


「そういえば、フィランさんの服、古くなっていたのがありましたね。

 ついでに買っちゃいましょうか。」

「え?いいの?」

「もちろん。じゃあ、行きましょうか。」

「やった!」


フィランはそう言うと、メンシュの手を引いて服屋の方へ歩き出す。

その様子に、メンシュは苦笑する。


「そんなに急がなくても、服は逃げませんよ?」

「いい服が売れちゃうかもしれないでしょ?」

「まあ、そうですけど。」

「それに、メンシュに服見てもらう時間なくなっちゃうし。」

「え?僕が服を見るんですか?どうしてです?」


やはり、フィランの想いはメンシュには伝わっていないようだ。

フィランはいい加減どうにかしないといけないと真剣に思う。

まあ、これだけ鈍いメンシュにはほぼ全ての手段が無駄だと思うが。


「女の子は親しい男の子に服を見てもらうのが好きなんだよ?」

「はぁ。」


メンシュはそんな気の抜けた声を漏らすと、とりあえず頷いておいた。

しかし、メンシュは知らなかったのだ。

女子の買い物は恐ろしいということを。






「お、怒ってる?」

「怒ってはいませんよ?

 ただ、すごいなぁと思ってるだけです。

 服だけで三時間かけることができるなんて、僕とは違いますからね。」

「怒ってはいないけど、機嫌悪いよね?」

「まあ、結局昼食は店で食べることになっちゃいましたしね。

 お金に困ってはいませんし貯えも十分ありますが、想定外のことは少し嫌です。」


両手に荷物を抱えながら歩くメンシュの速度は、いつもより少し速い。

誰がどう見ても機嫌が悪いのは明らかだ。

せかせかと歩くメンシュに、フィランは困り果てる。

どう機嫌をとったものかと考えるが、なにをしたらメンシュが喜ぶのかもわからない現状では、打てる手はなかった。


「あ。」


不意に、メンシュがそんな声を漏らして立ち止まる。

それに一瞬遅れて気が付いたフィランは、メンシュの後ろを歩いていたため軽くぶつかってしまう。


「ご、ごめん。急に止まってどうしたの?」

「本屋、寄っていいですか?」

「へ?本屋?いいけど、どうして?」

「そろそろ新しい本を入荷する頃かと。」


嬉しそうにそう言うメンシュに、フィランは思わず溜息を吐きたくなる。

まさか、本屋だけで機嫌がよくなるとは思っていなかったのだ。

さっきまで考えていた時間はなんだったのか聞きたくなる。

ルンルンと鼻歌を歌いそうな雰囲気を出しながら本屋に向かって歩いていくメンシュからは、先程までの不機嫌さは全く感じない。


「こんにちは。新しい本ありますか?」

「いらしゃいませ。あ、司者様、ちゃんと仕入れてますよ。」


本屋の店主の男性はメンシュに笑顔でそう言うと、カウンターの下から数冊の本を取り出して、メンシュに見えるように置く。

その冊数に、メンシュは目を輝かせる。


「おぉ。

 こんなに新しいほn……すいません店主さん、わざとやってます?」


メンシュは数冊の本の背表紙を見て、急に声のトーンを変えてそう尋ねる。

カウンターの上に置いてある本のタイトルは、『竜討伐の英雄譚』とか、『竜討伐の真相!謎の英雄とはいったい!?』とか、過去にいたとある人物・・・・・と事件に関連したものばかりだったのだ。


「いやいや、俺はただこの謎の英雄の話が好きなだけですよ?」

「そうでしたね。

 店主さんは、この英雄を直接見たことがあって、それ以来ファンになってるんでしたね。

 ……まったく、僕はあの時ローブ姿でフードまで被っていたのに、僕だと何故分かったのか。」

「俺は昔から記憶力がいいんですよ。

 英雄さん?」

「その呼び方は恥ずかしいですよ。

 英雄が嫌だから、この街に来たのに……まったく、僕も運がないです。」


メンシュはため息をつきながらそう言うと、カウンターの上の本を店主に突き返す。

さすがに、自分の本をわざわざ買おうとは思わないのだ。

ちなみに教会の蔵書室に置いてある『グラオベン教の歴史の本』は、本を片っ端から買ったときにたまたま紛れ込んだもので、本来ならば全く買う気はなかったのだ。

それでも、買ってしまったからには捨てるのを惜しく思うのがメンシュである。

日本人でいうところの、『もったいない精神』だろうか。

別に彼は日本人ではないのだが。


「この本は流石に買いません。

 どうせ、普通の本もあるんでしょう?」

「そりゃあありますよ。

 俺だって、客をからかうだけで終わらせるわけにはいきませんからね。」


そう言って店主はカウンターの下から別の本を6冊取り出す。

メンシュはそれを受け取ると、背表紙を見て本のタイトルを確認した後でこくんと頷く。


「全部買います。いくらですか?」

「ん~、じゃあ6000ウェンで。」

「相変わらず、雑ですね。

 まぁそれでもいいと思いますけど。」


メンシュはそう言いながら、財布から6枚の硬貨を取り出して店主に渡す。

店主は「まいど~」と言いながらそれを受け取ると、すぐに店から出ようとしているメンシュを見て驚きの表情を浮かべた。


「あれ?今日はほかの本を見ていかないんですか?」

「ええ。

 フィランさんを外に待たせてますから。」


そう言うメンシュの視線の先には、店のドアのガラス越しに中の様子を覗くフィランの姿があった。

それを理解した店主は、あからさまにニヤニヤした顔を見せる。


「……なんですか?」

「青春だなぁと。」

「え?」

「ああ、無自覚ならいいんです。」


店主はそう言いながらも、ニヤニヤとした表情を崩そうとしない。

メンシュはそれに対して何か言いたそうな表情をするが、結局何も言わずに店を出る。

「ありがとうございましたー」という気の抜けた店主の声を聞き流しつつ、店の外で待っていたフィランに話しかけた。


「待たせてしまってすいません。」

「いやいや、あたしも待たせちゃったしお相子だよ。」

「フィランさんのほうが長い時間待たせた気が……」

「そこは気にしなくていいんじゃないかなぁ?」


すすっと目を背けながらそう言うフィランを、メンシュは何故かじぃっと見る。

それに気が付いたフィランは、首を傾げて「どうしたの?」と尋ねる。


「あ、いえ。

 ただ、平和でいいなぁと再認識しただけですから。」

「へ?」

「特に深い意味はありませんよ。

 じゃあ、帰りましょうか。」


メンシュはそう言うと、すたすたと先に歩いてしまう。

置いて行かれた形になったフィランは一瞬きょとんとするが、すぐに急ぎ足で追いかける。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「えー、僕は早く本が読みたいんですけど……」

「だからといってか弱い女の子を置いてく!?」

「この町にいて襲われることなんてほぼないでしょう。

 この町は驚くほど平和ですしね。」


メンシュは少し笑みを浮かべながらそう言うと、少し歩く速度を緩めた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

司者と少女さん 海ノ10 @umino10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ