そんな親の仇みたいな目をしなくても!
「ほんっと有り得ない!」
町の喫茶店の中でそう心の底から文句を言うフィランに、その場にいた二人の女性も同意する。
「まぁ、あれは酷いよねぇ。」
頬杖をつき、コーヒーをマドラーで混ぜながらそう返す少女は、この喫茶店の一人娘であるキョウネ。
「確かに。もういっそ告白しちゃえば?」
そんなことを容赦なく言うのは、近くにある八百屋の娘のノイナー。
フィランとキョウネと年が同じなため、よくこのように話している。
「いやいや、無理無理!
だって、成功すると思う?」
「「無理。」」
「でしょ?」
甘いドーナツを片手に文句を言っているフィランは何処かシュールに見えるが、本人はとても真剣である。
なぜなら、昨日の結婚式で改めて自分の気持ちが届いていないことを自覚させられたからだ。
まぁ、元から届いているとは思っていなかったのだが。
「じゃあ、もっと押すしかないんじゃない?」
砂糖を大量に溶かしたコーヒーを飲みながらそう言うキョウネは、まるで他人事のようにそう言う。
まあ、付き合っている幼馴染がいる彼女からすればまるっきり他人事なのだが。
「押す?これ以上どうすればいいの?こっちから膝枕したりしても『フィランさんの膝がしびれてしまうでしょう?』って言うような人だよ?
もう裸で突撃するしかないのかな?」
「ドン引きされる未来しか見えないね。」
「そう、そこなんだよ!
絶対成功するっていうならやるんだけどねぇ。」
冷静にツッコミを入れるノイナーに同意するフィラン。
「裸にリボン巻きつけて『プレゼントだよ!』って言えばさすがに理性持たないんじゃない?」
「キョウネちゃん、たぶん『からかってるんですか?風邪ひきますよ?』って言われて毛布渡される。」
「あー、確かに言いそう。
さすがフィラン、司者様のことわかってるじゃん。」
「うーん、確かにそうなんだけどね、わかんないことも多いんだよ。
あの若さで『信託者』の役職を持っているのに、どうしてこんな田舎町の司者なのかとかね。」
『信託者』
それは、教会内の役職の一つであり『聖者』『聖人』に続いて三番目の役職である。
世界中に百人ほどしかいない高位の役職者で、たいていは聖地にある教会に勤めるか、首都クラスの町にある教会の司者をするものだ。
そんな高位の役職者が、片田舎にある町にいることはかなり不自然である。
ちなみに、フィランの役職は、九ある役職のうち下から三番目の導者である。
「確かに。
そもそも、こんなかわいい女の子と一緒に住んでて手を出さない段階でいろいろおかしいよね。」
「ほんっとそれ。
こんなにかわいいのに、どうして理性が耐えられるんだろうね?」
キョウネとノイナーは向かいの席に座るフィランの頬をツンツンしながらそう言う。
メンシュが反応しないのでわかりにくいが、実をいうとフィランは美少女である。
「ちょっと、やめてよ~。」
「いやぁ、こんな柔らかくて白い肌とか罪ですねぇ?
キョウネもそう思うでしょ?」
「そうですねぇ?
ノイナーさん。」
「どういうキャラ設定なの!それ!
っていうか、痛いからやめてよ!」
変なノリでフィランの頬をツンツンとつついたり、引っ張ったりするキョウネとノイナー。
少しずつエスカレートするそれに耐えきれなくなったフィランは、キョウネとノイナーの
体を押して抵抗しようとする。
が、そこで悲劇が起こってしまう。
―――ぽいん
―――ぽすっ
二人の胸のあたりを押したフィランの左右の手には、明らかに違う感触が返ってくる。
「「あ。」」
その場を、日本でいうところのお通夜のような空気が包む。
見ると、フィランがノイナーを押す右手はその柔らかそうな胸にあたり、胸の膨らみが形を変えているのに対し、キョウネのを押す左手は―――
「な、なんかごめん。」
フィランはそう言うと、すっと両手を二人の胸から離す。
今年で十七歳になる女子三人にとって、その差は関係に傷を入れるとまでは行かなくとも、大きな差であるのは間違いではなかった。
「ほ、ほら、もとを言えばいつまでもフィランの頬を引っ張ってた私たちが悪いよね?」
「そ、そんなに気にすることないよ!」
大きめなノイナーと平均的なフィランの二人は、俯いて表情のよく見えないキョウネにそう話しかける。
キョウネは暫く微動だにしなかったが、急に動き出したかと思うと隣に座るノイナーの胸を鷲掴みにすした。
「ひゃん!」
「この胸が悪いんだ!
こいつさえなければ!」
「ちょ!キョウネちゃん!
そんな親の仇みたいな目をしなくても!」
「フィランも同罪じゃあ!」
「きゃ!」
そんな感じでキャーキャーとはしゃぐ(?)三人は、他の客の注目を集める。
「うぅ、神は不公平だぁ!」
そう叫んだキョウネの声はその店に響き、女性達からの同情と共感を誘ったという。
ちなみに、そこの喫茶店には男性はおらず、キョウネたちの恥ずかしい会話が異性に聞かれることはなかった。
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