ああいうのに憧れたりしないんですか?






真っ白なウエディングドレスを着た女性が、父親らしき人物とともに祈りの間に入ってくる。

そして、神々の像の前で待っていた男性の前まで行くと、女性は父親の頬にキスを落とし、待っていた男性の元へ歩いていく。

女性の父親は一度目元をハンカチで覆うと、長椅子に座る人にお辞儀をして自分も長椅子に座る。

それを見た後で、いつもよりも豪華な服装をしたメンシュが大きな本を持って神々の像の前に移動し、一度お辞儀をしてから本を開く。


「これより、契りの儀を執り行います。」


メンシュはなにも書かれていない空白の本の一ページ目を指でなぞりながらそう言うと、本の頁をめくる。


「新郎ローグ・アングアンデ。汝は新婦ハーレンを生涯愛すると誓いますか?」

「はい。誓います。」


男性はそう言うと、女性の前に跪き、女性の左手を取る。


「新婦ハーレン。汝は新郎ローグ・アングアンデを、彼からの愛がある限り生涯愛し、支えると誓いますか?」

「はい。誓います。」


女性がそう言うと、男性は女性の左手の甲にそっとキスを落とす。

本来は、ここでメンシュが二人の結婚を祝福し、結婚式が終わりとなる。

しかし、メンシュはなにを思ったかここでアドリブを仕掛けてきた。


「新郎ローグ・アングアンデ。新婦ハーレン・アングアンデ。

 汝らは、他の全てを捨ててでも、相手と、愛の結晶を支え、守っていくと、誓いますか?」


メンシュは目を閉じて微笑みながらそう尋ねる。

一瞬何が起こったか分からず固まる新郎新婦だが、最初に動き出したのは新郎だった。


「自分、ローグ・アングアンデはなにがあっても、ハーレンと愛の結晶を支え、守ると誓います。」


新郎はそう言い切ると、真っすぐ新婦を見る。

なにが起こったのか分かっていなかった新婦だが、新郎を見てハッとしたのか焦ったように口を開く。


「じ、自分、ハーレン・アングアンデは、なにがあってもローグとその愛の結晶を支え、守ると誓います。」


顔を赤くしてそう言う新婦を見てメンシュは小さく頷くと、本の頁をめくってなにも書かれていないところに指でなにかを書きながら続きの言葉を言う。


「新郎新婦の誓いを認めます。

 新郎新婦、汝らにはこれから先、目を背けたくなるようなこと、大きな悲しみ、戻らない後悔があるかもしれません。

 しかし、それらのことも二人なら乗り越えられる。

 二人でならどんなことも受け入れられる。

 そんなふうに言えるようにこれから先頑張ってください。

 最後になりましたが、これから先汝らに神々からの祝福と幸せがあるよう、心から祈ります。

 三千五十四年桃の月十九日レーツェル教会司者『信託者』メンシュ・フォルクス・フェアゲッセン。」


メンシュはそう言うと本を閉じて頭を下げ、右手の人差し指で宙にハートマークを描く。

すると、新郎新婦を囲むように色とりどりの光がキラキラと舞う。

淡い光を放ちキラキラと輝くそれに見惚れる新郎新婦とこの式の出席者たちは光が消えるまで、メンシュが像の前から立ち去りウエディングケーキを用意していたことに気が付かなかった。






その後も式は問題なく進行し、今は長椅子を脇に寄せてパーティーをしている。

特にやることもなくなったフィランは、同じくやることが無いメンシュの傍に移動した。


「メンシュ、あれなに?」

「あれとは?心当たりがありすぎるんですが。」

「そりゃあ、新郎新婦の誓いの言葉の最中にアドリブを入れたり、像の前から移動するときに光を出してみたりとか、紙の鳥を飛ばしたりとかすればどれのことかわかんなくなるよ。」

「でも、よかったでしょう?」

「よくなかったら殴ってる。」

「あなたと話していると、僕のほうが教会内での立場が上だとわからなくなる時がありますよ。

 まぁ、別に気にはしませんがね。」


溜息を吐くフィランに、メンシュは軽い口調でそう言う。


メンシュが今日やらかした様々な想定外は、そのほとんどが見る人を魅了しており、ただの式よりも美しいものにしているだろう。

しかし、フィランには一つ納得のいかないところがあった。


「でも、あの誓いの言葉のアドリブは酷くない?

 急にあれやられたら誰でも困ると思うよ?」

「まあ、そりゃあそうですよね。

 でも、大事だと思いませんか?

 一生愛することも重要ですが、お互いに支えあって守りあうのが大事だと思うんですよ。」

「そりゃあそうだけど。

 だったらあらかじめ言っておけばいいよね?」

「人生にはいくつもの想定外があると知ることが重要なのです。」


悪びれた様子もなくそう言うメンシュに、フィランはただ溜息を吐くしかない。

確かに、メンシュの言うことは間違いではないかもしれないだろう。

ただ、それにしたってやり方がおかしいのではないかとフィランは考えてしまう。


「お祝いの日ぐらいそういうのなしにしてあげたら?」

「想定外とは、非日常にこそ起こりやすいのです。

 それに、あそこで咄嗟に誓えないようでは将来が不安ですしね。

 それに、慌てる人を見るのって楽しいじゃないですか。」

「一つ言っていい?

 最後の理由はどうかと思う。」


珍しくメンシュに冷たい目を向けるフィラン。

メンシュはその視線にすこし気まずそうな表情をすると目線を逸らして、楽しそうにしている新郎新婦を見る。


「フィランさんは、ああいうのに憧れたりしないんですか?」

「話題変えたね?」

「そうかもしれないですね。

 で、フィランさんは憧れとかないんですか?」

「うーん。

 確かに綺麗なドレスとかは着てみたい気もするけど、それよりも先に恋が実らないことには話にならないから。」

「え?フィランさん恋してるんですか?」


驚いたようにフィランを見るメンシュ。

フィランはメンシュのその行動に頭が痛くなってくる。

フィランとしては十分にアピールしているつもりなのだ。

だが、全く気が付いてくれない。


「どうして気が付かないんだろう。」


そう呟くフィランは悪くない。

いや、もしかしたらアピールが足りないという意味では悪いとも言えなくはないが、恋愛初心者のフィランにそれを言うのは酷だろう。

全面的に、気が付かない鈍感男メンシュが悪い。


「気が付く?なににですか?」

「ううん。なんでもない。ただ、もっと頑張らなきゃいけないなぁと思うだけ。」

「はぁ、とりあえず頑張ってください。」


メンシュ攻略への道のりは長そうだ。

とりあえず誰かに意見を聞いた方がいいかもしれない。

そう思うフィランだった。






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