第4話 川田さんの報告

 恵那さんのお葬式に向かうと、ケンジさんが私の顔を見つけて、こちらにやってきた。

 父親にとって恵那さんは連れ子で、相当ショックを受けているらしく、喪主は彼が務めるそうだ。


「ご存知だったんですか? 恵那さんの気持ち」


 二人きりで私が尋ねると、ケンジさんは黙り込んでしまった。知っていたところでどうする事もできない。聞いた私が酷だった。


 二人の親が再婚し、兄妹になったのは七歳だったという。


「お義兄さん」


 私たちのところへ挨拶に来た男性がいた。冴えない顔、頭も薄く、声も弱々しい。

 が、彼の左腕には恵那さんとお揃いのスマートウォッチが巻かれている。


 ケンジさんよりも、どう見ても彼のほうが二〇歳は老けて見えた。


「恵那の婚約相手です」


 彼を見て、失礼にも恵那さんに同情してしまった。


 ケンジさんの結婚から数ヶ月で、恵那さんは「結婚を決めた」と家族に報告したそうだ。

 そして連れて来た彼の姿を見て、ケンジさんと両親も戸惑ったという。

 

 歳はかなり離れ、彼女が愛しているようには見えなかった。自暴自棄、ケンジさんを忘れるために、誰でもいいから結婚しようとしたとしか思えなかった。


 彼女はやはり、辛かったんだろう。抑圧し続けた恋心に。


 だから、自殺を何度も試みていた。


 初めて私が彼女の部屋にお邪魔した時、ドライヤーのコードを見てゾッとした。

 配線から中の金属部がむき出しになっていたのだ。感電死など今の時代にできるのか解らないが、彼女の足には火傷の跡のようなものがいくつかあった。


「昔、私にチョコレートをくれた女子がいたんです。恵那とも仲の良かった子でした……恵那が川で溺れた時に亡くなった子です。二人とも確かに水に濡れていました、でも亡くなった子の首に、絞められた跡があったそうで」

「まさか、恵那さんがっ!」


 ケンジさんは首を振った。いや、表情を見ると「そう思いたい」と言いたげな顔をしている。


「あいつは、『水の中で覚えてない』って。でも、あの川は恵那ぐらいの歳なら足もつくはずなんです。二人も溺れるなんておかしかった」


 その時に恵那さんは、嫌なものを無意識に水の中に隠すことを覚えたのか。


 お風呂場でケンジさんが恵那さんを見つけた時、手首からの血を流していたそうだ。

 『水かさが上がった』と彼女が言っていたが、ドライヤと火傷の痕、手首。

 お風呂の時だけは彼女はスマートウォッチを外していた。それで手首の痕を隠すために風呂場で水が上がって来たようだ。


 その後、初めて部屋に行った時、私はベッドの上に睡眠薬の瓶があるのを見つけた。使用量が多すぎる気がしたが、自殺を図っていたのなら頷ける量だ。結局、失敗し、口から全部吐き出したようだったが。


 そして、あの晩、私がケンジさんと一緒に彼女のマンションに向かったのは、ケンジさんからおかしな事を聞いたからだ。


「恵那の買い物袋から、縄と練炭のようなものが見えた」


 確か寝袋を買うと言っていたが、そんなものどうするのかと、不思議に思った。

 それまで、私は彼女の「水が見える」という言葉を信じ込んでいた。しかし、それを聞いて、ケンジさんの説の方を信じるようになった。


 恵那さんは、自分が自殺しようとしていることに気付いていないのではないか?


 お友達の首を締めた時のように、自分を殺す作業も無意識に隠してしまっているとしたら……。


 案の定、あの晩。

 ケンジさんと突入した部屋で彼女は買ったばかりの縄で首を吊っていた。


 事前の打ち合わせ通り、ケンジさんが彼女を外へ連れ出し、私はその間にあの部屋にある自殺の痕跡を全て消した。


 ドライヤー、カミソリ、睡眠薬、縄、台。そして、ベッドのすぐそばのテーブルにずっと放置されていた封筒。

 初めて行った時は、なんだか解らなかったが、事情を聞けば答えは一つ。案の定、遺書だった。


 痕跡が消えると、彼女の水はケンジさんの予想通り、消えた。それで、私はケンジさんに全てを任せる事にした。

 

 それが、こんな事になるなんて。


 その後、ケンジさんの奥さんが呼びに来て彼は戻って行った。二人の腕には恵那さんたちとは別の、お揃いのスマートウォッチが巻かれていた。


 恵那さんはそれをどんな気持ちで見つめていたんだろう?


 式が終わり、私は電車に揺られ自宅へ戻る途中、ボーッと彼女のことを思っていた。


 彼女は何に殺されたのか?


 彼女は無意識に自分を殺すために行動していた。それも、自分に悟られないように。

 私は、それを改めて頭で噛み砕いて、ゾッとした。

 もし、自分の内側に住む人間が私を本気で殺しにきたら、私は気付くことができるのだろうか?

 もしかしたら、世の中の自殺というものは、今回の恵那さんのような課程で行われているのではないか?

 人間の体の内側から、私たちを本気で殺しにくる人間がいたとしたら……もし、そうだとしたら絶対に逃げられない。


 それを考えると、少し自分というものに恐怖を感じ、電車の鏡に映った顔から目を背けてしまった。

 












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浸水する女 ポテろんぐ @gahatan

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