あとがき
あとがき
前作のあとがきと同じく疲れきっているため、文章がおかしくなってる部分があるかもしれません。ご容赦ください。
前作の“人と機械と機械と人”とは、真逆の結末となりました。表裏一体と言ってもいいのかもしれません。
両方とも自分らしい結末なのですが、どちらかと言えば本作のほうが本来の作風なのかもしれません。クソ真面目なので、容赦ない結末に至る傾向のほうが強めです。
現実的に描写すれば、悲劇的な結末になるのは当然のことです。残念ながら、これが世界の真の姿なのだと思います。
大事にしている登場人物を死に追いやってしまいました。前作のあとがきでも書いたのですが、私は登場人物の選択を尊重し、最優先して書いています。作中の世界に介入しないという誓約上、死は避けられませんでした。
前作に引き続き、異文化を描かなければなりませんでした。前回はアメリカ。今回はロシアについて勉強することになりました。
アメリカ文化に関しては情報が豊富で触れる機会も多かったので、それほど調べたりはしませんでした。いま思えば楽だったかもしれません。
ロシア文化に関しては、そう簡単にはいきませんでした。全てを調べてから書く必要があり、合っているのか恐々としながら書きました。
リサーチ作業自体は楽しいものでした。知らないこと、知ってはいるが詳しくなかったことが勉強できたので、有意義な異文化探求となりました。
前作からの流れで、ロシアが舞台となる物語が生まれました。
前作では戦後のアメリカ合衆国が舞台となり、修復と連繋の物語が展開されました。しかし、その過去には悲劇がありました。
悲劇の舞台となったロシアでは、どのような戦闘行為が行われたのだろうか。生き残った人はいなかったのだろうか。
そのようなことを考えていたところ、ロシアといえばメトロシェルターだろうという発想が湧き、かなりの速度でプロットが完成したので、すぐに着手しました。
前作と同様、途中から物語進行を登場人物に委譲し、自由に行動させました。
地上に出るまでの方向性は決まっていましたが、そこに至るまでの子供たちの議論内容については定めず、自由に発言させました。結果的には予想どおりの形で地上進出することになりましたが、旅の終わりに差し掛かったところで、物語自体がとんでもない選択を仕掛けてきました。
復讐者として生を受けた子たちが、その運命を引きちぎって平和を掴み取り、自らの運命を変えて地上に出るという物語を書き終えてから、違和感に襲われました。人類の愚かさはこの程度では済まないのに、この流れのまま終わっていいのかと感じたのです。
そうして、続きを書くことになりました。前作と同じく、後半で大きな変動が生じました。
新生ロシア人の登場に、世界の人間はどう反応するのか。この点を突き詰めた結果、トゥールソン隊が彼らを攫いに来るシーンが生じました。
嫌な流れだと思っていたら、その流れは物語が進行すればするほど淀んでいき、悪意の連鎖、悪意と悪意のぶつかり合い、精神破綻、絆の崩壊などが起こり、破壊が止まりませんでした。
ブルガーニン率いるノヴェ・パカリーニャという悪役が出てきたときは正直どうなるのかと思いましたが、彼らの思想と主人公一家の思想との間に対比が生じたことで、印象深い流れが出来上がったのではないかと思います。結果的には、核心と言っても過言ではない存在となりました。
このような経緯で後半部分を大量に書き足した結果、賞の応募規定枚数を大きく超えてしまったので、主に地下生活部分を削りました。
子供同士の絡みはもっと豊富で、第二世代の物語もあったのですが、全て割愛となりました。子供たちの討論シーンについても沢山描写していたのですが、それらもカットとなりました。
公開するにあたって、各所で削った部分をいくつか追加しようかとも思いましたが、冗長という評をいただいていることもありましたので、肉付けや修正程度に留めておきました。
書き上げた当時は悔いが残りましたが、今はこれで良かったのだろうと納得しています。
じつは、父が戦地で出会った少女の出番を丸々カットしています。とても印象的で、個人的には重要なシーンでした。
これに関してはさすがに追記すべきだろうと思ったのですが、今になって追記するとなると本筋に影響しますし、カット後のほうが恐らく上質と思われるので、中止となりました。思い入れがあっただけに、取捨が本当につらいです。
地下生活の描写の大部分を削りましたが、重要と思われるところは残しました。特に、育児に関する部分です。甥と姪を観察する機会が多くあったので、その経験が反映されていると思います。
赤ちゃんはそれぞれ好みの揺らし方が存在すると描写しているのですが、それは事実です。
赤ちゃんの頃から性格の方向性は存在し、それは小学生になっても変わらず継続します。上手く描写できているかわかりませんが、性格の描写に関しては慎重に書きました。
冗長さに関しては前作と同じく自覚していますが、どうにも解決が困難な課題です。削りに関してはかなり意識しながら書いているのですが、なかなか膨張を抑えられずにいます。
些細な部分にこそ人格が宿るので、登場人物の性格を印象づける上でどうしても削れない部分が出てしまいます。機微に触れて楽しんでいただければいいなと願っているのですが、上手くいっていないから冗長と言われるのかもしれません。
加えて、賞に応募しているという意識のせいでオーディション感が出てしまい、肩肘を張ってしまって、書き過ぎているところもあると思われます。コンパクトにする努力はしていますが、まったく足りていないようです。精進します。
物語についての話に移行します。
前作に引き続き、心を得たアンドロイドが複数登場しました。前作との関係上、登場しないほうが不自然になってしまいますので、当然の流れかと思います。
今回の物語では、前作で語られなかった戦地での記憶が描かれました。戦争というものを一人称視点で垣間見るように描きましたが、上手くいったでしょうか?
父が経験したように、前作の登場人物のケヴィンやミッヒやユルゲンも、似たような経験をしています。父は兵士のまま破棄されたので記憶が潜在していましたが、ケヴィンたちは換装段階で初期化されているため記憶を失っており、大切な思い出を取り戻す機会がありません。残念です。
ケヴィンの前世を描いたプロットがあったりもしますが、ただの戦記ものにしかならず、特に盛り上がりもなさそうなので書けません。
戦争について詳細に描く予定はなかったのですが、思いのほか濃厚に描くことになってしまいました。戦闘シーンや、それに伴う死について描くつもりはありませんでしたが、設定上、こうなる運命だったのかもしれません。
アレクセイ達は武装をせずに希望を抱いて地上に旅立ちましたが、彼らの存在を許さない連中が蠢き、輝かしい未来を潰しました。国家を守る責務を負う者たちは、勝手に恐怖し、悪意をぶつけてしまったのです。
連中が悪意に満ちた行動を起こさなければ、ブルガーニンがニコライを囲うこともなく、優れた迷彩技術が流出せずに済み、もしかしたら野望を阻止できたかもしれません。潜伏しているブルガーニン一派の工作に気づいて阻止し、世界を救えたかもしれません。
兄弟姉妹を攫った者たちは、自らの悪意によって好機を失い、世界を巻き込んで滅びました。
新生ロシア人の第一世代が地上に出た結果、ニコライが危惧していたとおりの事態が発生してしまいました。
ノヴェ・パカリーニャに加入してしまった彼の言動は、どのように映ったでしょうか。
ニコライは悪い人間ではありません。家族を裏切ったわけではなく、ただ怯え、居場所を得ようとしていただけなのです。
彼は息子同然のアンドロイドを失い、自身だけでなく家族も傷つけられ、世界を恨むと同時に激しく怯えました。そして、ブルガーニンと通じ合ってしまったのです。
脅すという行為は、ニコライが採ったような行動を誘発します。脅したら脅した分だけ、武装が進むわけです。しかし、非武装の状態では、彼ら兄弟姉妹のように蹂躙されかねません。
脅してもダメですし、非武装のままでも危険です。難しいですね。そう簡単に答えは出せません。
ブルガーニンとその兄弟姉妹もまた、戦争の悪意に毒された被害者でした。
彼らは祖国に忠実な母に洗脳されながら育ちますが、なんとか毒されずに地上に出ることに成功していました。しかし、地上に遺棄されたロボット兵の残骸から戦闘データを取り出して映像を観て真実を知り、憎しみに支配されてしまいました。
その根底には、彼らの母から受けた洗脳教育がありました。憎しみの継承が、彼らの思考に大きく影響してしまったのです。
そして彼らは世界中に散り、各地で復讐の準備を整え、チェルノボグ計画を実行して世界を壊滅させました。復讐は成功してしまいました。
アレクセイ側とブルガーニン側のどちらにも肩入れせず平等に書き進めたのですが、アレクセイ側の劣勢は覆らず、彼らは世界を救えませんでした。
世界を破壊したブルガーニンは本望だったのでしょうか。可哀想な人です。
凄惨な出来事の記憶を継承するのは、とても大事なことです。過去を学ばなければ、同じ過ちを繰り返してしまいますし、過ちを犯そうとしている者を制止することもできません。
しかし同時に、恨みを継承してしまうという危険も孕んでいると思うのです。
言うまでもないことですが、伝える側は恨みなどを継承しようなどとは思っていません。しかし、受け取る側の感性次第で、恨みが生じてしまう可能性があるのです。
恨みの継承の危険性については常々危惧してはいたのですが、これは私の考えすぎだろうと閑却していました。
しかし、実際に恨みが継承されてしまったところを目撃してしまったのです。
ドキュメンタリー番組を観ていたときのことです。戦争に関する学習をした子供が「酷いことをした人を許せない」といったような発言をしたのです。そのときに感じた寒気が、この物語に反映されています。
恨みを継承させられたブルガーニンは、裏の主人公といってもいいのかもしれません。
物語は、父の絶望とともに幕を閉じました。
彼らには酷いことをしました。私が定めた未来ではないのですが、責任を感じざるを得ません。
物語の終盤では、意識的に残酷で凄惨な描写を施しました。戦争というものを正しく表現するためです。
平和しか体験していない私たちは、どれほど戦争体験を見聞きしても、戦争の実像を把握できません。残念ながら不可能です。
しかし、小説というものは感情移入という要素があります。それによって、ドキュメンタリーとはまた違った認識アプローチが成立するのではないかと思います。
私の中からこのような物語が湧き出てくるとは思いませんでした。これ以上の質量を持つ物語は書けないかもしれません。身の丈を飛び越えて広がっていく世界を書き起こすため、必死になって追いかけ続けた半年間でした。
読んでくださった方の心に、なにか引っかかるものが残っていればいいなと願っております。
感情を揺さぶられたと評してくださった選考委員の方もいたと、編集部から戴いた講評に書いてありました。それが何よりの救いとなっております。
ありがとうございました。
有機の罪と無機の罰 (横読み向け 行間調整版) 榎本愛生 @enomotoaikidesugananika
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