川辺
緑茶
川辺
少女は川の底に住んでいた。
かつては他にも彼女と同じ種族の者達が居たが、今はおらず一人で孤独に暮らしていた。
毎日、川底に流れ込んでくる朝日と共に起きて小魚やえびを食べて、やがて光が届かなくなると眠りにつく。
何年もそんな暮らしを続けてきた。
しかしある時彼女は、たまたま川面から顔を出した時、岸辺に一人で座っている男を見つけた。
人間の青年である。優しく、穏やかな面持ちの彼に――少女は、恋をした。
それは彼女が味わったことのない感情で、言葉を知ることのない彼女はそれを定義づけるのに苦労した。
いつもどおりの狩りもできず、いつもどおりの入眠もできなかった。
青年はそれから何度も川岸に現れて、ぼんやりと水面を眺めていた。その優しい表情で。
彼は、少女の苦悩とは裏腹に――現れ続けた。
ゆえに、彼女は決意することにした。
……青年に、会うことを。
◇
いつもの時間、いつもの場所。彼女は濡れた身体を抱きしめながら陸に上がった。
すると間もなく、彼が彼女を見た。
少女の中に電撃が奔って、これからのことが高速で駆け巡った。
一体何を伝えよう。
自分は何も知らない、恥ずかしい子だと思われたくない。
でもまずは、挨拶だろう――彼女は近づいた。
するとそこで……彼の表情が一変した。こちらを向きながら、青ざめて震えている。
一体どうしたのだろう。
少女は悲しんだ。その涙を拭ってあげたい。彼がそんな顔をするのを見たくない。
彼女はばしゃばしゃと水を引きずりながら草の上を歩き、彼に近づいていく。
そして、その手を伸ばす。
すると――彼はその強張った顔のまま、手に何かをかざした。それは黒い某のようなもので、先端が鈍く輝いていた。
少女は当然、それが何か知らなかった。
――次の瞬間に轟音が響いて、その意識が永遠に彼女の中から弾けて消える瞬間まで。
◇
男は息を荒げながら、その死体を見下ろしている。
そして、銃を下ろす。
「――おい、なんだよこれ」
彼のすぐ近くに、友人がやってきた。
「知るかよ。こいつが急に襲いかかってきたんだ」
「マジか……」
二人の視界の先にあるもの。川岸に横たわっているもの。
全身に薄墨色の目玉の生えた、青白い身体。それらには蔦のように紫色の血管が全身を取り巻いていて、更に合間合間に剣山のごとく
黒い頭髪が生えている……びっしりと、びっしりと。
人間を粘土細工で作り上げて、一度叩き壊した後、もう一度組み上げたかのような……歪な姿。
その、頭というべき場所にはポッカリと穴が空いて、黄緑色の血のようなものが流れ続け、ひどい悪臭を垂れ流している。
その口のような部分からは、舌のような部位がだらりと地面に横たわっている。
それは、あまりにも醜悪な――化け物の姿であった。
「役所も仕事しろよな、こんなの放置しやがって」
「しょうがねえよ。ほら、行こうぜ」
「ああ」
二人は『何も見なかった』とでも言うように、その死骸から目を背けて、川岸からいそいそと離れていった。
なきがらはそこで、岸辺の景観の中に埋もれていって、やがて誰からも認識されなくなった。
その後は誰も、倒れていた者についてを知らない。
川辺 緑茶 @wangd1
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