第22話「春風に高鳴る道」

    拾弐


 復活祭の翌日――復活祭月曜日オステルン・モンターク=国民の祝日。

 連休の最終日を楽しもうとする人々でごった返す旧市街を、鳴は歩いていた。

 事件の後、瞬く間に過ぎ去った週末――事後処理のため方々に駆け回る隊長や副長たちを尻目に、〈飍〉ラーゼン小隊は検査と準待機でほぼ本部に缶詰めされて過ごした。結局、復活祭の卵探しエッグハントもお流れに――埋め合わせで今日は久しぶりの全日休暇デイ・オフ=摩耶の計らい。

 三人=ろくでもなかった聖週間の鬱憤を晴らすように街へと繰り出し、映画やショッピングを楽しむ――早めの昼食/午後からはそれぞれ自由行動。

 響=お兄さんとデェート/奏=追加公演が決定したのトークショーへ。

 鳴=これから早めに本部へ戻って藤波のお見舞い――帰り道の途中で、ふと思いつき。

 =旧市街のホーアーマルクト広場へ――花束片手に歩く/目当ての場所に着く。

 ――観光名所としても有名な仕掛け時計/正午にはウィーンの歴史にちなんだ十二人の像が音楽と共に登場――集まった人々の合間から、それを眺める。

 穏やかなメロディーに乗って順番に現れる偉人たち――十分余りの短いショー/憩いの時を楽しんだ人々が、足早にまたそれぞれの目的地へ向かって歩き始める。

 鳴も歩き出そうとして――振り返った拍子に、近くにいた女性にぶつかった。

「うっ……ご、ごめんなさい」――赤面しながら上目遣いに相手を見やる。

 長い髪のお姉さん――優しい微笑。「あら、は大丈夫ですわ」

 ちょっと見惚れる――いかにもしとやかに休日を楽しむ女学生といった風情/年頃の女の子なら誰もが〝大人になったらこんな女性ヒトになりたい〟と憧れるような、

「あなたもアンカー時計を見にいらしたの?」――思わずドギマギしながら答える。「は、はいっ。そうだよ……です」

「あたくしも、この時計の音色が好きですわ」それだけで枯れ木に花が咲きそうな笑顔。「ですから――この街へ帰ってくるなり、思わず寄り道してしまいました」

「ど、どこか遠くから来たの……来たんですか?」丁寧な言葉遣いにしようとして失敗。

「ええ、実はアメリカに留学中なのです」くすり、と優雅な笑み。「知り合いに会うため久しぶりに帰国したのですが……相手にすっぽかされてしまって――」そこで口元に手を当てる=上品な仕草。「あら……ごめんなさい。あたくしったら、こんな話を」

 照れ隠しのように顔を赤らめる――鳴=ぶんぶん首を振る。「ううん。そんなことないです、です」感激を込めた上目遣い。「お話しできて……嬉しいです」

「こちらこそ。こんな可愛らしいお嬢さんにお会いできて、寄り道したかいがありましたわ」にっこり笑う――そこで初めて鳴は、お姉さんの左頬にうっすらとがあることに気がついた。かなり昔のもの――多分、今の鳴と同じくらいの年齢で負った傷。

 視線を察したお姉さんが、頬にかかる髪をかき上げた――それで相手がそのことを今はちっとも負い目に思っていないのだということが、自然と伝わってきた。

 刻まれた傷――残された痛み――この人は、

「あの……」勇気を出して声に出す。「また……お会いできますか?」

「ええ。この街にいれば、きっと」笑顔で頷く。「ではまた会う日までアウフ・ヴィーダーゼーン♪」

 優雅に一礼――くるりと蝶のように踵を返して歩いてゆく、素敵なお姉さん。

 ――私もいつか、あの人みたいになれるかな……かな?

 高鳴る鼓動/弾むときめき――春の風に背中を押され、鳴は自らの道を歩み出した。

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ヴィントシュピーゲル 神城蒼馬 @sohma_k

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