第8話 生きた証を残した最強のエースの名は成瀬楓

 楓がおおきく振りかぶって投げた。そして、その超速球が

不動のミットに入った。

 ここは甲子園なのでスクリーンに球速が表示される。その

表示は170を出していた。


「日本最速だ!!」


 スタンドとテレビの実況者の声が一致した。たった一球で

日本一を出した楓。


「騒ぎすぎだ。早く終わらせる」


 楓はそこから最速で終わらせようと投げた。もちろん

全員三振、いや、誰もバットすら動かせなかった。

 そのまま表が終わり、楓達の裏の攻撃に入る。


 そこでも大歓声が沸く。そう、コールされるのは一番

ピッチャー楓だ。もうこの甲子園は楓の独壇場に

なっていた。

 打席に入るだけで歓声がさらに大きくなる。相手の

バッテリーも動揺している。

 その相手の投手が投げた。それは力のない球になってしまい

さらにストライクゾーンに入ってしまった。


 それを楓が見過ごすはずがなく、当然打った。その球は

バックスクリーンに直撃。初球ホームランだ。

 楓がダイアモンドを回り帰って来る。

 

 少し、いや、かなりの時間静寂になり、楓がベンチに下がった

時にまた歓声が戻った。


 そうして、当然楓は打たれる事無く、どんどん相手を三振に

打ち取って行く。

 打撃でも楓は敬遠されるが、それもおかまいなしに盗塁し

点を取る。

 そうして八回まで来た。3-0で楓達が勝っていてもう誰もが

決まったと思った。相手チームももう諦めていた。


 そんな時、楓が苦しみだした。ベンチから出ようとした時

楓が膝をついた。


「朝霧!!」

「朝霧くん!?」


 全員が楓の所にかけよる。


「心配いらん。すぐ収まる」

「収まるって今発作が起きてるって事でしょ?」

「起きてはない。少し痛むだけだ」

「ダメ!楓、無理しないで」

「香澄。心配ない」


 楓は立ち上がり、ベンチを出ようとしたが審判たちが

かけつけてきた。


「キミ、大丈夫なのか?」

「問題ないっす。すぐマウンドに行きます」

「監督さん」

「・・・ええ。大丈夫です。少し疲れただけですかから。無理なら

すぐに変えます」

「わかりました」


 審判も戻り、皆も守備についた。試合が再開される。


(あと六人。そこまではもちやがれ。それが終わったら止まっても

かまわん)


 楓はそう心の中で言い聞かせ、振りかぶり投げる。球威は

そこまで落ちないでいたので相手も空振りする。

 どうにかこの回を終えてベンチに戻る楓。そこに監督と

香澄がよってくる。


「楓、もう休もう」

「そうね。あなたをここで死なせるわけにはいかないわ」

「問題ないっていってるだろ」

「そんなに汗をかいてるのに?」

「こんな炎天下でやってれば汗はかく」

「じゃぁその息は?」

「疲れただけだ」

「じゃぁそれで変わる事はできるわね」

「変えるな!最後まで投げさせろ。三人ぐらいすぐ終わらせる」

「でも」

「監督、投げさせてやってください」

「阿部くん」

「お前は頑固だからな。何言っても聞かないよな。だったら

投げて帰ってこれればいいだろ?」

「そういう事だ。さすが俺の相棒だな」

「まだ公式じゃ組めないけどな」

「なら、ここで組もうぜ。監督、こいつを出させてくれ!最後は

一年で終わらせてやるよ」

「でも、不動くんを変えるわけには」

「僕なら大丈夫ですよ」

「先輩」

「まぁキャッチャーとしては最後に投手と抱けないのは

悲しいけど、優勝できるならそれで充分です。阿部くん任せて

いいかな」

「ハイ!絶対勝ちます」

「じゃぁ監督楓君も投げさせて一年バッテリーで優勝しましょう」

「わかったわ。でも、倒れたらすぐに交代だからね」

「了解だ」


 八回裏が終わり、ついに九回表になった。ここを抑えれば

楓達の優勝である。


 マウンドにあがる楓。スタンドはラストに向けて最高潮に

盛り上がっていた。

 しかし、その盛り上がりが悲鳴に変わる。


 楓は一人目も三振させ、二人目も打ち取った。そして

最後の打者を迎えた。

 そんな時だった。急に心臓が悲鳴をあげた。


(!?ここまでか。いや、これでは終われん。この、球を

投げる、ま、でわ)


 激しい痛みが楓を襲い、そして、振りかぶって投げようと

した時、その球はミットではなく地面に転がり込んだ。


「!?朝霧!!」

「朝霧君!!?」


 突然の事にスタンドが停止する。阿部達は楓の元に向かう。そこに

監督も香澄もかけつけた。


「楓、起きろ楓!!」


 楓は起きる気配はない。審判もかけより、試合が中断される。そして。


 楓がタンカで運ばれた。香澄は泣きながら呼びかけるが

楓は起きない。もう、心臓は止まっていた。


「楓、まだ余命はるんでしょう?三年じゃなかったの?楓」



 次の日、成瀬楓が亡くなったというニュースが日本中を

かけめぐった。メジャーのスカウトまで見に来ていたあの

試合は中止になり、甲子園で初めて死傷者が出てしまった。

 この事で監督や学校が会見を開き謝罪した。その時成瀬も

同席して楓の過去の事を話した。


 この事は甲子園だけでの問題ではなくなり、監督は重い

罰を受けた。それはただ監督が出来なくなるという事

だけだが。

 結局相手の高校が優勝という事になり、碧陽は不戦敗という

形になってしまったが、野球ファン、そして相手の学校も

誰が優勝したかわ明確だった。


 そうして甲子園は終わったが、不動達、碧陽野球部は監督の

強い要望により、存続が許された。それは楓を見た

ファン達も同じで証明活動が行われたからだ。

 さらに、甲子園側もそして、プロ野球からも大いなる存在を

亡くした事を忘れないように彼の名前の入った石牌を作った。


 楓の名前は世界中に知れ渡った。メジャーでも楓が亡くなった日は

黙とうをしてから試合をする。

 それは日本のプロ野球でも同じようにされた。そして、その

プロに楓とバッテリーを組んでいて不動が入団した。


 そして、監督の菫は今でも草野球などでベンチではなく指導者と

して野球にかかわっていて、香澄は、プロになった不動と

結婚した。


 それから何年経っても、あの日の事は毎年ニュースで取り上げられ

その日は楓の命日という事で、プロでは成瀬楓デーとして

全試合、同時に試合が始まるようになった。

 そうして楓は、自分が生きた証を永遠に残してこの世を去った。

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余命三年のエース 凍夜 @megumix01

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