複合映画館に入ればきっと後悔する

ちびまるフォイ

エンドレスムービー

「結局、休みの日にどこにも行けなかった……」


連休があったにも関わらず、

休日出勤だったので旅行には行けなかった。


詫び状感覚で代休を得て平日に休みを取ったはいいものの

これはこれでやることがない問題が発生した。


「あーー、そうだ。久しぶりに映画でも見に行くか」


見たい映画があるわけでも、

気になる人とのデートの下見をするわけでもなく

限りなく低いモチベーションで映画館に入った。


「暗いな……」


映画館のスクリーンには何も映っていない。

すべての席には備え付きのヘッドフォンが置いてある。


「なんだこれ? いったいどうなってるんだ?」


ヘッドフォンをかけてみると、超音質で声が聞こえた。


『音声映画館へようこそ。

 ここでは視覚に頼ることなく音声での映画が楽しめます。

 めくるめく音声冒険の世界を体験しましょう』


「音声映画ぁ!?」


すぐに失敗したと思った。

バカでかいスクリーンで見られるから映画館が良かったのに。


けれどすでに映画音声が聞こえてきているので、しかたなく我慢した。


その"しかたなく"は数分後に砕け散った。

ものの数分あればあっという間に音声映画のとりこになれる。


「ふぉおおお!! な、なんだこりゃああ!?

 脳裏に映像が浮かんできやがる!!」


音声映画といっても「映画の音声だけ」の映画ではない。


もちろん、映画の音声もあるがそれだけでなく

映像を想像しやすくなるような特殊な周波数も出している。


映画が終わるころには、音声映画館に来てよかったと確信した。


「音声映画館って本当に最高じゃないか!

 前の人の頭で映像がさえぎられることもないし、

 脳裏に映像を出すから色までくっきりだ!」


すっかり音声映画館のヘビーユーザーへと沼にハマった俺は

ため込んでいた代休と、使うタイミングのない有給と、仮病をフルに使って

探せる限りの音声映画館をハシゴしまくった。


「いやぁ、こっちの映画館は重低音がすごかったな。

 脳裏の映像に立体感が出ていたな。わっはっは」


「兄ちゃん、音声映画だけで満足かい?」


「誰ですかあんた」

「ついてきな」


いきなり話しかけられたおっさんが案内した先には『触覚映画館』があった。


「こ、こんなのがあったのか!!」


映画はやたらエッチなものばかりだった。

好奇心に負けて入ってみると、各席の前には手を突っ込む箱があった。


上映が始まると、箱の中に突っ込んだ手の中にさまざまな感触が伝わる。


「こ、これはすごい!! 脳裏に浮かぶ映像と、触ってる感覚がリンクする!!」


触覚映画館では客の脳裏に映像を浮かばせるために触覚を使う。

繊細かつ鋭敏な感覚を持つ手や指に刺激を与えて脳裏に映像を出しつつ

映像とリンクするようなやわさや堅さにすることで「臨場感」を出す。


「エッチな映画ばかりな理由がよくわかったよ……」


触覚映画館との相性はばっちりすぎる。

大満足して映画館を出ると、今度はサングラスをかけた女に声をかけられた。


「ふふふ、そんなエロオヤジどもの道楽映画館で満足かしら?」


「あなたは?」

「ついてらっしゃい」


どっかにテンプレでも落ちてるのかわからないが、

身に覚えのあるやり取りをへて、また別の映画館にやってきた。


映画館に入ると、ヘッドフォンもスクリーンも箱もない。

あるのはなぜかガスマスクだった。


「今度はいったいなんなんだ」


ガスマスクをつけると映画は上映開始。

マスク内部に特定のにおいや物質を出して脳裏に映像をトリップさせる。


「こ、これはすごい……!! まるで映画の中にいるみたいだ」


映画ではちょうどシェフが料理しているシーン。

グルメ映画にこの『嗅覚映画館』の相性は良すぎて腹が減る。


映画が終わるころには、においに引っ張られて、脳裏に浮かんだ料理を貪り食った。


こんなにも人の心と胃袋を揺さぶる物があるなんて思わなかった。


「……そうだ! この映画館を全部合わせたら、きっと最高になるに違いない!!」


腹が満たされたとき、悪魔的な発想が脳裏をよぎった。


嗅覚映画に触覚映画、普通の視覚映画。

ほかに感覚を使う映画があればそれも合わせて上映したらどうなるか。


きっと並みの映画館では実現できないほど、

色鮮やかでリアリティのある体験ができるにちがいない。


「こんなのやるしかないじゃないか!!」


新体験を求めて統合された映画館を作った。

好きの気持ちが原動力の時の人間は本当に強い。


複合映画館が完成すると、映画館位は長蛇の列ができた。


かくいう自分も楽しみにして映画の上映を待った。


「いよいよだ……」


ブザーがなると、映画がはじまった。

スクリーンに映し出された映像はもちろん、

音や匂いや触り心地で脳裏に映像を流す。


目に入った映像と脳裏の映像とがマッチし

忘れられなくなる映画体験となった。


その後、複合映画館に行くことはなくなった。




ある日、友達が新しくできた映画館に興味を示した。


「なぁ、知ってるか。この近くに新しく映画館ができたんだ。

 しかも、目で見た映像だけでなく、音やにおいでも

 映像を脳裏に浮かび上がらせてくれるんだってよ!」


「ああそうだよ……行ってきたから」


「おお! マジかよ!! もう行ってきたのか!!

 それで、感想は!? 感想はどうだったんだよ!」


「感想ね……」





「映画見た後、においかいだり、音を聞いたり、何か触ったりするたび

 いちいち映画が脳裏に浮かぶ後遺症がなければ最高さ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

複合映画館に入ればきっと後悔する ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ