第8話

 楡崎さんと入れ違いで学校を欠席していた上野君は、次の日はちゃんと登校してきてくれた。彼女の話を伝えると少し驚いた様子だったが、彼もその判断が良案だろうなと言って納得していた。


 昼食の時間になり、お箸を忘れた若先生を皆でからかっていた流れで、彼が弁当を自分で作っていることを聞いて先生達はとても関心していた。勿論僕もだったが


「料理とかお母さんから習ってるの?」


 という僕の他愛ない質問で他の三人の動きが止まったのを感じてちょっと慌てた。

 禁句だったか。


「母はちょっと前に亡くなったんだ。昨日は命日で家族で墓参りに行くので休んだんだよ」


 彼はそう言うと何事もなかったように料理の話に繋げて行った。そして、先生達が連れ立って歯磨きに行くと、今度の土曜日にお昼御飯を家に食べにこないかと言い出した。



*****



 手料理をご馳走して貰うのにためらうわけもなく、僕は土曜日には嬉々として彼の自宅を訪れていた。


「「いらっしゃいませ~」」


 扉を開けるといきなり元気のいい男の子達に出迎えられてちょっと焦ったけど、二人は上野君に軽くたしなめられると、すぐに大人しく自分達の部屋に戻っていった。


 彼は手際よく卵を割り始め、僕がその様子に見とれる間もなくすぐにオムレツが出来上がった。


「中身だけ先に作っておけば、後は卵で包むだけだから」


 そう言って彼は僕に出来立てを勧めると、自分の分もあっと言う間に作ってしまった。


「頂きます」


 一応二人分出来上がるのを待って僕は食べ始めた。


「いつも食事作るの大変だね」


 僕の言葉に彼は首を横に振る。


「朝はあるものを勝手に食べて行くし。昼のお弁当は僕が学校に行くときにたまに作るくらいで、夜も父が買ってきたり外食したり。土日は何もなければ三食作るけどね」


 ハンバーガーを一緒に食べた時は、弟達をお父さんが遊びに連れて行って久しぶりに一人の食事だったらしい。


 食後に散歩がてら河川敷を二人で世間話をしながら歩いた。


「僕の母は急に死んでしまったんだ」


 彼は少しずつ彼の母親の事を話してくれた。


 それは、丁度一年前のいつもの朝だった。

 男三人は出かける支度で大騒ぎで、彼女はいつものように双子たちの手伝いをしながら、自分も出勤の用意をしていた。

 ただ、頭が痛いのよね寝不足かしら、という言葉に、薬を飲むか病院行きなよ、という会話をした記憶はあった。

 三人がそれぞれ出かけた後、彼女が部屋を出る事はなかった。


「父の会社に電話があって母が出勤して来ないと」


 慌てて父親が部屋に駆け込むと、そこには床に倒れたままの彼女の姿があったそうだ。


「脳梗塞っていうの、急に症状が悪化するんだって」


 なんで、どうして。そればかり考えて。彼は学校に行けなくなった。父親もせかすことなく、家の事をしててくれたらいいから、と言ってくれた。

 食事と洗濯と掃除。今まで母親がやってくれていたことを、必死でやっていくうちに、次第に気持ちが吹っ切れていったのだと。


「僕達は生きているんだから」


 彼は視線を少し遠くに移す。

 残された者は、それでも生き続けなければならないと。


 彼は自分の心の決着をつけられたんだと僕は思った。



*****



 それから11月の文化祭の日。上野君は、体育館の檀上から自分の気持ちを素直に書いた作文を発表した。

 校内選抜で優秀賞を取り、文化祭で一般来客の前で発表された作文のタイトルは「僕のお母さん」


 彼の素直で優しい文章から垣間見える悲しみとか葛藤は、来場者の心を静かに揺さぶるものだった。

 鳴りやまない拍手の中、ついもらい泣きしていた僕の目の前で、上野君がクラスメイト達から祝福されているのを見た。

 大丈夫、彼は自分の居場所を見つけられたんだ。


 ちょっと寂しい気持ちもするけれども。


 そして、お祝いの言葉をかけようと待っていたら、彼が提案してきた。新学期同じクラスになったら、一緒に教室に入ること。


まぁ人生なんて、賭けの連続だよね?

戸惑いながら僕は小さく頷いた。


*****


 新学期の学校。中学校の朝は早い。八時には教室に入っていなければならない。そして朝の読書の後に、先生がいつものように出席を取り始める。



「青木」


「伊藤」


「上野」


 頬杖をついたまま後ろをチラ見する僕に、上野君はにっこりと笑ってみせた。



ーーーー僕らの居場所は保健室だった・完


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僕らの居場所は保健室だった 間柴隆之 @mashiba_T

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