第10話

 彼はそれからこの本屋についておばあさんから聞いたことを話し始めた。


 「祖母は昔から僕に色々な本について話してくれました。こんな本を読んだら面白かったよとか、この本の作者はこんなことを考えているみたいだよとか。僕はそんな祖母の話を聞くのが好きで、そんな祖母の影響もあり多くの本を読むようにもなりました。祖母の家に遊びに行ったときは祖母と読み終わった本を交換してお互いに感想を言い合ったり、長期休みに祖母の家に遊びに行けば天井まで届きそうな本棚から気になった本を時間がたつのも忘れて本を読んだり。」


 土屋さんはとても懐かしそうに時折目を細めながら話してくれる。そんな土屋さんの話に店主も頷きながら耳を澄ます。


 「あるとき祖母が僕に「秘密だよ」と不思議な本屋のことを教えてくれました。その本屋さんにはどうしても困ったことがあったら行きなさいと祖母は言っていました。そうしたらその本屋さんでそのときに必要なことが書いてある本に出会えるよと。」


 土屋さんはそう言って言葉を止めてしまった。そんな土屋さんに店主は優しく声をかける。


 「それでここに来てくれたんだね。そうしたら君にぴったりの本を渡そう。」


 そういって店主はどこからともなく一冊の本を取り出した。その本はハードカバーの本でとても厚みがあり、外装は赤茶色の布で出来ており背表紙には金色でなんやら文字が書いてある。また、その本は少し古い本なのか、所々ほころびがある。


 「それは…」


 土屋さんがその本をじっと見つめる。


 「この本だよ。」


 店主がその本を土屋さんへ手渡す。


 「あ、ありがとうございます。」


 土屋さんは店主から本を受け取りそっと開く。


 「え?」


 土屋さんが短く声を発する。それも当然である。本であればそこには何かしらの文字があり、本によっては挿絵もあったりするのが普通である。しかしその本には何も書かれていない。つまり白紙なのだ。土屋さんがぱらぱらとページをめくってみてもどこにも何も書いていない。


 「あの、これは…。」


 土屋さんが動揺して店主に声をかける。そんな土屋さんの様子を見て店主は優しく微笑む。


 「その本はね、君が本当に望むとき、君に必要な物語を届けてくれる。だから一人で真剣に本と向き合う時間を作りなさい。」


 土屋さんも私も店主の言葉が理解できない。白紙の本を渡されて、それが物語を届けてくれるなんて普通じゃない。私には全く信じられなかったが、土屋さんはじっと本を見つめる。


 「本当に、この本が僕のためになるんでしょうか。」


 土屋さんは藁にもすがる思いなのか、店主の突拍子もない言葉を信じているようだ。


 「それは分からない。ただ、君に必要な物語を届けてくれることは確かだよ。君が本当に望めば、だけどね。」



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