3-4
宇宙船内に乗り込むなりそう確認してきたのは、コーディだった。
コーディは今作戦のリーダーを務めている。年齢的にもメンバーの中で一番高齢で、わたしより四つ年上の二七歳。月世界治安維持機構の上級隊員でもある彼女は、成績も優秀であらゆる分野の知識、実技テストで最高水準の点数を記録したらしい。更に言えば、コーディはいまから約五年前に行われた地球渡航に参加していたという経歴まであるらしい。わたしはその事実を最近になって聞いた。
五年前……それはミリアがわたしの元から去って行って地球に向かった年と同じ。
ということは、コーディとミリアはその時同じ任務に従事し、同じ船に乗って地球に向かったということになる。コーディがミリアの名前に過剰反応するのは、その時に二人の間に何らかの諍いがあったからと考えるのが自然だろう。
でも、五年前の任務からコーディはいまこうして月世界へと帰還しているにも関わらず、ミリアはいまだに月世界に帰ってきた気配がない。その事実に、何らかの意味を感じずにはいられない。
どうしてミリアは地球に残っているのだろう?
ミリアは月世界から遠く離れたあの地でいま何をしているのだろう?
もっとも理由を考えても無駄なのだろう。
あの娘の側にずっといて、比較的あの娘の思考をトレースすることに慣れているわたしでも、ミリアの考えてることがわからなくなる時なんて多々あるのだ。
それに何より。ミリアへと至る道はもうすでに出来上がっている。
焦らずとも、あと数時間もすれば、この宇宙船はオートパイロットで暗黒の海の中を航海し二人の約束の地へ向かってくれる。わたしはそれまで何もせず、ゆったりとした気持ちで待ち続けよう。
と思って目を閉じた瞬間、
『これより、本船グレート・ホープ号は地球に向かい発射されます。発射の際、過度な揺れと重力が発生しますのでお気を付けください』
と船内のスピーカーから無機質な機械音が流れてきた。
船内のシートに着席したメンバーたちは、その声を聞きながら粛々とシートベルトを装着していく。
彼女たちに倣ってわたしもシートベルトを装着すると、コーディが声を上げた。
「さあ、いよいよ出発よ。みんな準備はいいかしら」
そう言いながら、座席の先頭にいたコーディはわたしたちを振り返った。
普段が不愛想で感情を見せない女だから不安だったけど、最低限のリーダーシップは取れるみたいだ。
わたしがふと柄にもない安堵を感じていると、船内に機械音声のカウントダウンが鳴り響き始めた。
『テン……ナイン……エイト……」
カウントが進むにつれて船内の空気がぴりっと引き締まっていくのを感じた。
ちらりと横目で隣の座席を見てみると、さっきわたしに声をかけてきた名前も知らない誰かさんが、胸に手を当てながら大きな深呼吸をしていた。彼女ほどあからさまに緊張を露にしている人間は他にはいないようだけど、わたしの視界が届く範囲のメンバーはみんなどこか身体を強張らせ、数秒後にやってくる月世界人にとって未知の現象に備えているようだった。
『……セブン……シックス……』
わたしはそっと瞳を閉じて時に身をゆだねた。
『……ファイブ……フォー……』
「スリー……ツー……ワン……」
機械の音声にわたしのつぶやきが重なっていく。
徐々に船内が振動を始めると共に、厳重に締め付けられたシートベルトが胴体に食い込んでいき、この瞬間になってようやくわたしにも微かな高揚感が感じられるようになった。
心の中の大半を占めるのは、たぶん、希望だったと思う。この船の名と同じ、
月世界という狭いセカイの常識に縛られることなく、広大で未知がひしめくであろう地球へと向かうことができる希望に、何より親友の目指した理想郷を辿っていける喜びに、この瞬間わたしの心は満ちていた。
けど一方で、不思議なことにあれだけミリアと一緒に憎むとは言わずとも嫌悪していた月世界に対し、少なからず寂莫の思いを感じていることにびっくりする。
わたしにとって、ミリアのいなくなったこの数年間の月世界での生活は地獄だった、とまでは言わないまでも、退屈だったことには変わらない。それでも、青春を過ごしたこの土地には思い出があり、愛着があったということだろう。
これが永久の別離ではないにしろ、長年寝床にしたベッドから旅立つのは感慨がわきあがるものだということを、最後の瞬間になって知った。
「ばいばい月世界」
そしてわたしは、後ろ髪の最先端、毛先の数ミリだけを引かれる思いで、生まれ故郷への微かな名残を口にし、人間の故郷へと旅立つ。──
Independence from in the World 藤井ひろゆき @hujii-evo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Independence from in the Worldの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます