第4話 最後に選ばれるのは、誰?

  「元カノ、僕が学生時代にお付き合いしていた女性は、僕なんかよりも10倍くらいしっかりした女性で、行動もテキパキしていました。そう、僕なんかがリードしなくても大丈夫な、女性でしたね。

 それで、その女性はどちらかというとサバサバした女性でした。いわゆる『同性からの人気が高い。』っていうような、タイプだったと思います。

 あと、その女性は同性の友達からも頼られていて、よく、友達からの恋愛相談も受けていたみたいです。

 その方は、『今日も恋愛アドバイス、友達にしたなあ~。』と、よく言っていました。」

『やっぱり、そうだったんだ…。』

この一樹の言葉を聞いた瞬間、優香の中に前々から芽生えていた考えが、確信に変わった。  

 そして、優香は一樹の話を途中で遮り、こう質問した。

 「あの…すみません。その元カノさんの名前って、覚えてます?」

 「あ、はい。覚えてますよ。名前は…、

 『大林美鈴』って言います。」


 「ちょ、ちょっと待っててください!私、電話の用事を思い出しました。」

優香はその名前を聞いた直後、そう言って一樹の元から走り去り、大急ぎで電話をかけた。

 その、電話の相手とは…、美鈴だ。

 「もしもし、優香ちゃん?」

優香は美鈴と電話がつながった後、やや早口になりながら、今までの一樹と優香との状況を説明した。

 そして…、いつものように、いやいつもとは少し違った様子で、美鈴の「恋愛アドバイス」が始まった。


 ―ついに、この日が来てしまったか…。

 優香ちゃん、今まで辛い思いさせちゃって、ごめんね。実は私も、少し前から、「優香ちゃんの好きな人って、実は一樹なんじゃないか?」とは思ってたんだけど、確信が持てなかったから、黙ってた。本当にごめんなさい。―

―「いえ、美鈴さんが謝ることじゃないと思います。確かに少しびっくりはしましたが…。」―

―ありがとね。それで優香ちゃんは、いつこのことに気づいたの?―

―「それは…、最初はもちろん気づかなかったんですが、一樹さんが元カノの話をしていくうちに、徐々にその元カノの性格とかが分かるようになって、それで…、本当に徐々にですが、「そうじゃないかな?」って思うようになって…。

 でも、気づいたのは本当に最近です。最近まで、私本当に、そうだとは思いませんでした。」―

―なるほど。ちなみに、一樹は私のこと、何て言ってた?―

―「一樹さんは、美鈴さんは同性からの人気が高いタイプだ、って言われてました。あと、『恋愛アドバイス』もよくする方だ、って…。」―

―それって、まるで私と優香ちゃんみたいだね!

 話そらしてごめんなさい。で、わざわざ電話してきた、ってことは、私と一樹の話を聞きたい、ってことでいいのかな?―

―「はい、お願いします。」―

―何か上から目線みたいでごめんね。では、お望み通り、私と一樹との話、始めます。

 

 そう美鈴は優香に答え、美鈴の語りが、始まった。


 ―私と一樹との出会いは、私たちが大学生の頃。私たちは、たまたま同じテニスサークルに、所属していたの。―


 『一樹さんって、テニスもするんだ…。何か、意外だなあ。』

優香の頭の中に、一瞬そんな思いがよぎったが、すぐに優香は美鈴の話に集中し直した。


 ―それで、私たちはよく話をするようになって、どんどん仲良くなっていった。それで、私は彼の優しい所にも、気づくようになって…。気づいたら、彼のことを好きになってた、って感じかな。

 ただ、当時から彼は、元カノの話は多かったよ!例えば、高校時代に付き合ってた彼女の話とか…。ちょっとデリカシーがない所は、今と変わってないみたいだね!

 それである日、私とうとう言っちゃった!

 「私、あなたのことが本当に好きなのに、何でそんな、元カノの話ばっかりするんですか!?」

…ってね。

 言った後、私はちょっと後悔しちゃった。私、自分でも冷静沈着な方だと思ってたけど、そんな私でも、って自分で言ったら変だけど、こうやって口走っちゃうことがあるんだ…って、その時は思ったかな。でも、言ってしまったものは、しょうがないよね。だから私、そのすぐ後に、

 「私、あなたのことが好きです!」

って、正式に告白したんだ。

 そしたら、彼も「実は私のことが好きだった。」って言ってくれて、私たちは付き合うことになった、ってわけ。

 それで、私たちは、デートでいろんな所に言ったなあ…。例えば、フレンチやイタリアンのレストランとか、夜景のきれいな所とか…。でもこれって、優香ちゃんも行った所だよね?ということは、どんな感じか想像できるよね。

 それで、私たちは仲良かったんだけど、ある日、転機が訪れたんだ。それは、私が留学を決めた時。

 私、学生の頃から福祉に興味があったんだ。それで、せっかくなら海外の福祉についても勉強したい、って思って、留学を希望してた。ちなみに留学先は、できればヨーロッパがいいかな、って思ってたんだけど…。

 そんな時に、たまたま大学の広報で、「フランスの大学との交換留学」の募集を見つけた、ってわけ。その留学先のフランスでは、私が希望する福祉についての勉強ができるって分かって、私いてもたってもいられなくなっちゃった。それで私はすぐにその募集に応募して、最終的に審査の後に、私のその大学への留学が、決まったんだ。

 それで、私はドキドキワクワクして、もちろんモチベーションも高かったんだけど…。

 1つ、気がかりなことがあった。それは、彼、一樹とのこと。

 彼は、「美鈴がフランスに行っても、僕たちの心はいつも一緒だよ!」って言ってくれた。それで、私もおんなじ気持ちで、彼のことも信じてたんだけど…。

 …やっぱり遠距離恋愛って難しいね。私たちは私がフランスに行った直後は、毎日電話したりしてたんだけど、徐々にお互い忙しくなって、電話の回数も減っていって…。それで、何となく、本当に何となくだけど連絡をしづらい雰囲気になって、最終的に、連絡をとらなくなっちゃった。いわゆる「自然消滅」ってやつだね。

 でも、一応ちゃんとした形はとらないとって思って、その後彼に、

 「私たち、別れよ?」

って、私の方から言っちゃった。すると彼も、

 「分かった。」

って言って、私たちは正式に、関係を終わらせました!

 その後、彼は大学を4年で卒業して、私の方は留学の関係で遅れて日本の大学を卒業したから、彼とはそれっきり、逢ってないよ。

 これが、私たちの昔の恋の話。

 でも、これはあくまで、昔の話。私も今は新しい彼氏がいるし、一樹のことは、何とも思ってないよ。

 だから、ってわけじゃないけど、優香ちゃんは私のことなんか気にしないで、彼と一緒になっていいよ。

 さあ、頑張ってね!―


 美鈴はそう、語り終えた。それは電話ごしであったため、優香は美鈴の顔を窺い知ることはできなかったが、美鈴は少しホッとしている、優香は美鈴の声の調子などから、そんな風に思った。


 「お待たせしました、一樹さん。」

そう言って、優香は一樹の元へ戻った。

「いえいえ。優香さん、大丈夫ですか?何か用事があるなら…、」

「いえ、もう用事は済みました。大丈夫です。」

優香は、一樹の気遣いにそう答えた。

 『一樹さんは、美鈴さんのこと、今でも好きなんだろうか?』

優香はそのことを確かめたくなり、一樹にこう言った。

「一樹さん、あなたは今でも、美鈴さん、元カノさんのことが…、」

「いえ、それは昔の恋の話です。昔、僕たちは両想いでしたが、それは終わったことです。」

その答えを聞きホッとしている自分がいるのを、優香は自覚した。

 そして、再度優香が一樹に告白しようとした時、一樹が改めて、語り出した。

 「そういえば、美鈴さん以外にも、僕には昔付き合っていた人がいました。」

「は、はあ…。」

「その人は、僕が社会人になってから、お付き合いを始めた人です。

 その人とも、僕はいろんな場所へデートに行きました。イタリアンやフレンチのレストラン、また遊園地なんかにも、僕たちは行きましたね。」

「そ、そうなんですね…。」

「それで、あれは2人でイタリアンのお店に行った時のことです。その相手の女性の方は緊張されていたのか、グラスの水を倒してこぼしてしまいました。」

『え、えっ…!?』

一樹の一言はとても意外で、優香を驚かせるには十分であった。

「あと、僕たちは遊園地にも行きましたね。その時は、僕は苦手な絶叫マシンに乗せられて、本当に、死ぬかと思いました。」

『そ、それって…、』

そして次の瞬間、優香は身を乗り出しながら、一樹に質問した。

 「す、すみません。一樹さん、その女性の名前、覚えてませんか!?」

「えっと…、確か名前は…、

 ダメだ。思い出せないです。

 でも何で…?」

「分かりました。ではその人は、どんな顔でした?それで、どんな声でした?あと、どんな話し方でした…!?」

「え、えっと…、すみません。よく覚えていないもので…、」

「じゃあもっとはっきり訊きます。その人は、『田島優香』っていう名前じゃなかったですか?それで、こんな顔で、こんな声じゃなかったですか?

 お願いです一樹さん!ちゃんと、思い出してください!」

「えっ…!?」

「一樹さん。一樹さんは覚えていないようですが、それ、私との想い出なんです!そして、私にとってはかけがえのない、一樹さんと過ごした時間の、1ページなんです!

 だから、お願いです一樹さん…!」

優香の目には、自分でも気づかないうちに、涙がたまっていた。そして優香はその涙を拭おうともせずに、一樹の目を見続けた。

 そして、次の瞬間。

「…そういえば、その人、前にお付き合いしていた人も、泣いていました。何か、僕はその人のことを、泣かせてばっかり、悲しい思いにさせてばっかりだったような気もします…。

 それで…あっ!」

一樹の中で、何かが変わった。

 「その人の涙は、その人の泣き方は、あなたのような涙、あなたのような泣き方…。

 …いえ、私との想い出を作ってくれた人、私のそばにいてくれた人は…、あなたですか!?」

「思い出してくれたんですか!?」

一樹は、自分の中に起こった変化に戸惑いつつも、冷静になろうと努力した。そして、深呼吸を1つ入れる。

 「あなたが、田島優香さん、ですね。」

「はい、私が田島優香です。」

「では優香さん、僕から優香さんに、話があります。」

「はい。」

そう一樹は言い、ひと呼吸置いてから話を続ける。

 「僕は今まで、どういうわけか、あなたとの想い出を、過去の人との想い出だと勘違いしていました。

 でも、それは間違いでした。今こうして目の前に座っている女性は優香さんで、今までの想い出は、優香さんと共有してきたものでした。

 今まで辛い思いばっかりさせてごめんなさい。でも、これだけははっきり言えます。

 僕は、優香さんのことが好きです。今まで僕は優香さんとの想い出を思い出すことはできなかったですが、それでもその想い出たちは、僕の心の中に、しっかりと残っていました。そして、そんな想い出たちは、僕にとってかけがえのないものでした。

 いえ、昔の想い出だけじゃありません。僕は優香さんと、『現在』の時間、これからの時間を共有して、もっともっと、『想い出』に代わるものを作っていきたいです!そして、『過去』の人なんかじゃない、『今』の人として、優香さんと一緒に、これから生きていきたいです!

 優香さん、僕と付き合ってください!」

突然の告白に、優香はびっくりしたが、気を取り直して、優香は一樹にこう言った。

 「はい、喜んで。」

周りを見れば、そこにはきれいな夜景が広がっていた。それは過去のものではなく、まぎれもない、「現在」の姿を映し出した夜景であった。


※  ※ ※ ※

〈1ヶ月後〉

「おまたせしました、一樹さん!」

「いえいえ、全然待ってないですよ!」

「それで、今日はどこに…?」

「今日は、今まで僕も行っていない所に、行こうと思いまして。」

「おお~それは楽しみですね!」

「そうですね!」

優香と一樹が付き合い始めた1ヶ月前、一樹は念のため、病院へ行った。すると、医師より、

「原因はよく分かりませんが、一種の記憶喪失ですね。ただ、今は特に問題はないので、大丈夫だと思います。また何か変化があれば、もう1度ここへ来てください。」

と、言われた。

「あと優香さん、美鈴に会わせてくれて、ありがとうございます。あれから、美鈴と久しぶりに、話をしました。そして、僕たちは改めて、それぞれ別の道を進むことに決めました。」

「え~それ本当ですか~?」

「もちろんですよ!今の僕には、優香さんしかいません。」

「ちょ、ちょっと冗談ですよ!急にドキッとするような台詞、止めてもらえません!?」

「そ、そうですね…。」

「あと、元カノの話も、もう止めてくださいね!」

「えっ…では、僕と、レストランで水をこぼした人との話も、なしですか…?」

「そ、それも、恥ずかしいから止めてくださいっ!」

「…分かりました!」

こう言い合いながら、2人は笑った。

 「あと、私美鈴先輩に、1つ言われたことがあるんです。」

「え、何ですか?」

「それは、『愛とは無償』っていう言葉です。」

「『愛とは無償』、か…。

 何か深いですね。」

「私、先輩にその言葉を言われて、本当に救われました。

 でも、これからは私、自分の本当に好きな人に、見返りを求めてもいいんですよね?」

「はい、僕でよければ何なりと。」

「じゃあ、一樹さんにはいっぱいプレゼント、おねだりしよっかな!」

「えっ…見返りってそういう意味ですか?」

「もちろん今のは冗談ですよ!」

そう言い合って2人は、笑った。

 「じゃあ、行きましょうか!」

「はい!」

そして2人は、今日のデートの場所へ、そして、「過去」ではなく「未来」へと、歩き出した。(終)

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過去の人を今でも…。 水谷一志 @baker_km

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