第2話 My mother has killed me
「今回の仕事は薬を奪うことだ。レシピと共にな」
スプリングが見えているソファーに腰掛け、タバコの灰で汚れたテーブルに足を乗せながら、ギリシャ文字で「1」というタトゥーを首に施した男はそう言った。
その目は暗くて静か。
室内にいる人間は、男女合わせて11人。それぞれが体の一部にギリシャ文字のタトゥーをしている。
「もっとツッコんで話をしよう。日本の大学教授が、簡単に人体兵器を作り出すお薬を開発しちまった。もうラットでは成功しているらしいぜ。つまり、もうすぐで人間にも使えるようになるってこった」
「ねぇ、ジュニア。どんな風になるの?そのお薬を使うと」
左手の薬指の第一関節部分に「5」を刻んだ女が、気だるそうに尋ねた。
「良い質問だリィズ。ミスタチオンって知っているか?」
ジュニアと呼ばれた男が尋ねる。だが、リィズと呼ばれた女は黙って肩をすくめた。
「俺らの中には、ミスタチオンってタンパク質がある。筋肉をつけないようにコントロールしているんだけどさ。教授はそいつを取っ払うお薬を作っちまった。服用すると筋肉が肥大化して、誰しもが超人ハルクみたいになるそうだぜ」
「すげぇ! そいつを飲めば誰しもがアメリカンヒーローになれるってわけか!」
「そういうことだレージー。でも急に大声出すな。殺すぞ?」
ジュニアは首元に「12」を刻んだレイジーにすごんだ。顔面に一創の切り傷が走ったレージーは、ブサイクな愛想笑いを浮かべる。
なおもジュニアは続ける。胸元から取り出したガバメントにサイレンサーを取り付けながら。
「悲しい話だ。教授は息子の虚弱体質を治すために作ったのにな。そんなもんを学会で発表しちまったら、そりゃどの国も欲しがるわな―――てなわけで、そいつを巡って各国が雇った犯罪者集団やスパイどもと争奪戦だ。俺たちはクレイジーなテロ国家に雇われる人類の敵になる。その覚悟がないやつは手を上げろ」
ジュニアが銃をメンバーに向ける。11人のメンバーは誰しもが不敵な笑みを浮かべている。
「宜しい。サム、レイジー、リィズ、ヤオ。帰って荷造りしてこい。日本語のガイドブックを持ってな。トシヒコ、お前も通訳として来い。アレクは窓口として残れ。ナッシュとビルは、こいつらのパスポートを作れ。パトはライバルどもの情報収集に当たれ。動きがあれば連絡しろ。すぐにだ。チャンは現地で使う銃や金の手配だ。OK?」
全員がうなずく。ジュニアは銃を下げて満足げに笑った。
「さすがは俺の愛すべき仲間だ。お前らみたいな子ムカデがいて誇らしいよ。俺らの毒は確実に相手を至らしめ、俺たちを明日に運んでくれる妙薬だ。悪意を持って無辜の民に噛みつけ。生きるために幸せを奪い取れ。さぁ散れ!」
ひとりひとりと部屋から出ていく。残されたジュニアは、ハイネケンを開けてタバコを吸っている。やがて、ある歌を口ずさむ。
それは「My mother has killed me」というマザーグース。誰もいなくなった室内に、美しくも悲しい旋律が静かに響いた。
ムカデ 波図さとし @pazzotusuki
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