女性ホルモン剤の個人輸入

 高校一年。

 親が一軒家を建てました。わたしの両親は北海道にいた父方の祖父母を埼玉に呼んでいっしょに暮らすことになりました。


 二世帯住宅です。


 個人輸入でホルモン剤を入手するには打って付けの環境になったわけです。


 これは僥倖でした。幸いでした。ラッキーでした。どういうことかというと、二世帯のため一軒家でも二つのインターフォンがあり、生活環境が別々のため、宅配物がが別々に届くようになったということです。

 その時のわたしが考えていたのは、海外からのホルモン剤の個人輸入でした。ただ両親にバレたら終わりだと思っていました。そんな時に、二世帯住宅に引っ越すことになったわけです。


 これで両親にバレずに、ネットで海外から個人輸入した女性ホルモン剤を祖父母の住所に届けることができる。全てローマ字記載のため、わたしの祖父母にはその内容物が分からなかったので、特に何も問われることがありませんでした。祖父母には『内緒にしといて』と伝えておけばいい。祖父母はわたしにすごく甘かったのです。祖母は孫は宝だと言っていました。祖父はわたしにいつもお小遣いをくれました。わたしはお小遣い目当てに祖父母のところで肩を揉んだり、帯状疱疹になった祖父の背中に薬を塗ったりして、『心優しい孫息子』を演じていました(次男にはそれがバレていたので、非常に険悪な関係でした。長男であるわたしは祖父母に『いい子』を演じてお小遣いをもらう。次男はそれを見て、わたしの本心を見抜いている。だから、わたしは次男が消えてしまえばいいと思っていました)。


 うってつけでした。

 うってつけです。

 うってつけ。


 高校生になったわたしは日本で処方できないホルモン剤でも、海外で個人輸入すればそれを入手できることを知りました。


 検索サイトで女性ホルモン剤について調べるとプレマリンという薬が一番先に出てきました。馬の尿から生成される女性ホルモン剤らしいです。詳しく読むと、女性ホルモンには卵胞ホルモンと黄体ホルモンの二種類があるらしく、プレマリンは卵胞ホルモンに分類されるそうです。これは本来、男性に処方されることのない薬です。更年期症状の酷い女性や、生まれつき卵巣のない女性や、卵巣機能の低下した女性に処方される薬です。


 わたしはこれを飲みたいと思いました。自分の肉体がオッサンになる前に急いでなんとかしないといけないと思いました。しかし同時に恐れを感じました。女性化を目指す男性のホームページにその危険性について警告が記載されていました。


『女性ホルモン剤を男性が飲んだ場合は、生殖機能が失われる。不可逆。男性機能は戻らない。乳癌の可能性が高まる。男性ホルモンだ激減することによる鬱症状。更年期症状。またホルモンが低下することによる骨粗鬆症を防ぐために一生飲み続け必要がある』


 わたしがこの中で恐れたのは乳癌や鬱や更年期症状や骨粗鬆症なんかではなく『不可逆』という単語に異様な恐れを感じました。元に戻れなくなる。ということが怖いと思ったのです。今の自分でなくなるというのは『死』と同義なのではないかと頭の中を過りました。


 それを調べてから何日もわたしは悩みました。個人輸入サイトで、プレマリンをカートに入れては削除するということを何度も繰り返してなかなか踏ん切りがつきませんでした。


 わたしは自分が自分でなくなることが怖くてたまらなかったのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男の私が女性ホルモンを飲んで変化したこと アリス @kusopon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る