第2話
響く銃声。
轟く怒号。
少女、ナーシャ・プルヌスは戦場にいた。
一秒間に数人の死者が出る世界。
それは何の例えでもなく、ナーシャの目の前には既に広がっている世界だった。
この戦いで何人が死んだのかは分からないし、自分が何人を殺したのかも、覚えていなかった。
この戦いに巻き込まれてから約1日が過ぎようとしていた。
最初からこうなると知っていたら最初からこんなところには近づかなかった。
そうナーシャは心の中で愚痴をこぼす。
「本当に運が悪い」
事件はルークスバジョネッタへと向かっている道中で起こった。
ルークスバジョネッタを目指し旅を続けていたナーシャは、休息をとろうとここら付近の小屋で休んでいた。
その小屋は古びていて薄汚く、最近まで人が住んでいた気配は全くなかった。
年頃の少女としては、お断り願いたかったところだが、そんなことも言ってられない。
一人の旅人としてナーシャはその小屋で一夜を過ごすことにした。
しかしそれからしばらく休んでいた頃、小屋の扉を何者かが蹴破った。
冷静に状況を分析する。
相手は男で一人。
武装はしっかりとしていて、もとからここには戦闘を行いに来ているらしい。
バン!
「だれ…ぐぁっ!」
ナーシャは咄嗟にその男を撃ち殺した。
男は軽々とその場に倒れた。
眉間に一発食らわせた。
この男が人間であるならば二度と起き上がることはないだろう。
もしかしたらこの男は敵ではなかったかもしれない。
ちゃんと話せば分かってくれて味方になってくれたかもしれない。
そんな考えが頭に浮かぶ。
しかし、それらはすべてとても可能性の低いことだ。
この男は高確率でナーシャを標的と認識し、見つけた瞬間に発砲してきただろう。
そうなれぼ死んでいたのはナーシャの方だ。
少しでもリスクがある考えは切り捨て、一番安全性が高い方法を選ぶ。
この16歳の少女の考えとしては、やや驚くべきことかもしれないが、生き残るための考えとしては正しい。
「ごめんね」
少し可哀想だったかな、と罪悪感を覚えながらも、ナーシャは男の武装を剥ぎ取るために近寄った。
ハンドガン一丁。
中の弾はまだ一発も減っていなかった。
弾倉は六つで破裂手榴弾は四つ。
アサルトライフルも同様に弾は満タンで、弾倉は六つだった。
この装備を見るからに、多分まだ戦闘は行っていないだろう。
この男以外に敵がいないのか。
それともたまたま敵と遭遇しなかっただけなのか。
どちらかは行動しないと分からないが、下手に動くのもまずい。
こういう時は常に最悪の事態を予想して行動する。
きっと周りにも武装した敵が数人いて戦闘中。
自分はその戦いにたまたま巻き込まれた。
本当にそうだったとしたらなんて運が悪いんだろう。その状況を打開する方法をナーシャは三つ思いついた。
一つ目はこの小屋に立て篭もること。
しかしいずれこの小屋は見つかるだろうし、さっきのように一人ならまだしも、複数人で来られたら終わりだ。
この方法は運任せすぎる。
そして二つ目は敵と遭遇しないようにこの場から離れること。
しかしこれも運が悪いと敵に見つかって戦闘になる。
三つ目はこの戦闘に参加すること。
勿論危険は高まるが逃げるつもりで先頭に巻き込まれるのと、返り討ちにするつもりで先頭に巻き込まれるのでは、後者の方が勝率は高いはずだ。
腕には自信がある。
戦闘になってもそう簡単に負けるつもりはなかった。
「よし…行くか!」
ナーシャは男の装備をリュックへ詰め込むと、小屋を後にした。
そして現在に至る。
敵と遭遇しては殺して逃走。
それを何度か繰り返すうちに、ナーシャは拓けた湖へとやって来た。
もやはここがどこかすらも分からない。
ここを切り抜けられたとして、ちゃんとルークスバジョネッタにたどり着けるのだろうか?
小屋が森のなかだったことからも、随分と奥にやってきてしまったのではないだろうか?
敵は思った通り他にもいた。
この銃声の数からして近くにいる敵は二、三小隊程だろう。
しばらく銃声は続いていたし、戦闘が終わるならそろそろのはずだ。
残った方を一気に叩く、そう思っていた時だった。
それまで鳴り響いていた銃声はピタリと止んだ。
久しぶりに感じる静寂。
そして空いた穴を埋めるように、小さな足音が聞こえてきた。
一人。
ナーシャの方へとゆっくりと近づいている。
このタイミングで銃声が止んだという事は、近づいているのはおそらく勝者。
一人であの数の敵を同時に相手して勝ったとするなら、相当な実力者のはずだ。
ナーシャだってそんな真似をすれば、死ぬ可能性の方が高いだろう。
そんなことを成し遂げたと思われる相手を目の前にし、戦うべきなのだろうか?
ほとんどの確率で敗北するだろうし、勝てたとしてもナーシャの方も無事では済まないはずだ。
この戦闘の間に銃声が止んだ事は、無かった。
つまり、目の前の一人以外の敵は全滅したとういことだろう。
勿論他にも生き残りがいる可能性だってあるが、予想が当たっているのならば、こいつを欺けることが出来たら、ナーシャが逃げ切れる可能性はぐんと上がる。
ナーシャはリュックから手榴弾を取り出し、安全ピンを抜いた。
それを湖へとそっと投げ込む。
そして次の瞬間、周りの木々の方へと駆け込んだ。
その速度は凄まじく、今までもナーシャに正確に被弾させたものはいなかった。
しかしナーシャは、自分の脚からすうっと力が抜けていくのを感じた。
「そこかっ!」
気付かれた。
今までに感じたどんな殺気の何倍もの殺気を感じ、十六歳の少女は逃げることを諦めかけた。
あと数秒もすれば、敵は引き金を引くだろう。
まだか?
ナーシャには、その数秒が永遠のように感じられた。
パンッ!と乾いた音がなるほんの一瞬前。
湖へと投げ入れた手榴弾は爆発し、地面を揺らしながら湖へと大きく打ち上げた。
その揺れは相手の弾道を大きく逸らし、ナーシャは森の木々へと転がり込んだ。
「これは流石に予想外だ…」
相手はナーシャより少し大きいくらいの三十代ほどの男だった。
大きなマントを着ていて、詳しい体格は分からない。
相手がスキを見せた隙に、ナーシャはありったけの手榴弾を投げ込んだ。
遅れて大爆発。
爆発の余波でナーシャは1mほど転がる。
あれだけの大爆発だ。
あいつは死んだに違いない。
ナーシャはそう信じて疑わなかった。
いや、そう信じることでしかナーシャは恐怖心を誤魔化すことが出来なかった。
立ち上がった煙からがだんだんと晴れていく。
うっすらと映る人影。
「まさか…」
煙が晴れた頃、男は何食わぬ顔でそこに立っていた。
「今のは驚いたぜー」
何故だ?
今のを食らって無傷なんておかしい。
こいつは本当に人間なのか?
心の奥底に何とか押さえ込んできた恐怖が湧き上がっていく。
「うそ…でしょ?」
男と目が合った。
男の顔には余裕しかなく、どんどんナーシャの恐怖は増していく。
「まさか嬢ちゃんだったのか」
「えっ…?」
何が起きたのか分からなかった。
ついさっきまで数メートル先にいた男は、一瞬にして目の前にいる。
男はナーシャの眉間に銃口を向けて言った。
「何者だ?嬢ちゃん」
ヴェルサロムンド 委員長 @umuru
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