ヴェルサロムンド
委員長
旅立ち
第1話
月は四月。
例年に比べて少し肌寒く、天気は良いが何かを羽織らないと少し辛い。
「四月ってもう完璧に春だろー?なんでこんなに寒いんだ?」
エストラーダ帝国の東南に位置する小さな村、エンブリオ。
その端にある、農作地帯に続く道をグレイ・スパーダは歩いていた。
エンブリオでは珍しい灰色の髪に同様の瞳が特徴で彼の名前の由来にもなっている。
背は約170ちょっと。
飛び抜けて背が高い方ではないが、村では大きな方だ。
体格はやや細身だが、昔から親の農作業を手伝ってきたため、程よく引き締まっている。
村の小さな農家の一人息子として生まれたグレイは、特別裕福というわけでもなかったが両親の愛情をしっかりと受けて好青年へと成長した。
しかし、グレイは律儀に家業を継ぐつもりはない。
村の子供たちならば1度は目指すであろうこのエストラーダ帝国の中心に位置する主街専属騎士団。
グレイもそれに憧れる一人だった。
エストラーダ帝国には数多くの街があるが、その中でもある分野で最も発展している街が4つある。
剣のブラディフォス。
銃のルークスバジョネッタ。
商のザッカリア。
娯楽のディベルシオン。
そして、それとは別にこの帝国の中心に位置するセントラルレークス。
この5つの街は、この帝国を動かすのになくてはならないと言われていて、特にセントラルレークスは、皇帝の城があるということもあり、ほかの4つのように特別な特徴がある訳では無いが非常に発展している。
他の4つの主街に比べて特徴がないと言われているセントラルレークスだが、その街には、帝国の子供たちが1度は憧れるであろう騎士団がある。
ウーランティーナ。
その騎士団帝国最高戦力と呼ばれ、所属する騎士達は一人で軍を倒し切る力を持っていると言われている。
今日で14の誕生日を迎えるグレイは、旅立ちの支度を済ませ、仕事をしている両親への挨拶へと向かっていたのだった。
一人息子が家業を継がないということは、親にとっては困ったことだろう。
当然グレイも反対を受けると予想していた。
しかし、いざ話してみると反対どころが笑顔で自分の夢を認めてくれた両親に、彼は一生頭が上がらないだろう。
家を出て20分ほど歩いたところで、両親が働いている畑が見えてきた。
「おーい!」
グレイが大声で呼びかけると、すぐに反応があった。
「おー!準備は済んだんだな?」
息子の独り立ちに嬉しそうな声を上げているのが父親の二ゲル・スパーダ。
エンブリオでは一般的な黒髪で、 背丈はグレイの頭一つ分ほど大きい。
とても目鼻立ちがくっきりしていて、顔にある傷のせいで迫力が凄い。
とてもただの農家とは思えないほどの鍛えられた肉体はまさに戦士だ。
「やっぱり行っちゃうのね…」
一方、寂しそうな声を上げているのが母親のブランカ・スパーダ。
身長は約150cmほどで、とてもニゲルの2個上だとは思えないほど若々しい外見をしている。
世間でこの手のお世辞はよく聞くが、彼女の場合は本気で息子と兄妹に間違われるほどだ。
くすみひとつ無い透き通るようなホワイトヘアーはエンブリオでは絶対にお目にかかれないだろう。
グレイは彼女ほどの綺麗なホワイトにはならなかったが、彼の髪は彼女譲りだろう。
「母さん、落ち込みすぎだよ」
「だって〜…」
ウーランティーナは帝国の最高戦力。
外部からの攻撃を受けた場合は敵の最高戦力と真っ先に戦うことになるだろう。
死の危険も十分にある道へと進もうとしている息子が今日旅立つというのだ。
彼女の反応は普通のことだろう。
どちらかと言うと二ゲルが異常なのだ。
「こいつは大丈夫さ。俺の…俺たちの息子だからな」
「父さん…」
「グレイは優しい子だからな。お前がそんなんじゃこいつは村をでれないだろ?」
「そうよね…」
ブランカはぎゅっと目を瞑ると、気持を切り替えたように目を大きく開いてとびきりの笑顔を見せた。
その笑顔は息子でさえも少しドキッとしてしまうものだった。
もちろん、グレイにはそういう趣味はない。
「頑張ってグレイ!きっとあなたなら大丈夫よ!」
その目からはさっきまでの迷いは消えているように見えた。
「お前に渡したい物があるんだ」
そう言うと二ゲルは、休憩所から革に包まれた約1mほどの棒状の物を持ってきた。
「それ何?」
「見てみればいいさ」
二ゲルは棒状の物をグレイへ投げると、グレイは慌てて受け取った。
「ぐぉっ!」
持ってみると、とてつもない重さだった。
それの重さに驚いたグレイだったが、何よりそれを軽々しく扱った二ゲルに素直に感心した。
「一体何なんだ…?」
その何かを包んでいた革を解くと、隙間から見えた金属質なものが日差しを反射してキラキラと輝いている。
「…っ!」
完全に解き終わるとそれは、約1mほどのロングソードだった。
透き通るような美しい青碧の刀身は、ただの鉄ではないことは確かだった。
この剣にはどれほどの価値があるのだろうか。
まともな剣すら手にしたことのなかったグレイは、まるで新しいおもちゃを買い与えられた小さな子供のように喜んでいた。
「父さんこれっ!?」
普通ならただの農家の父親が何故これほどの物を持っているのか?など色々な疑問が湧くはずだが、そんなことは今はどうでも良かった。
「そいつを持ってブラディフォスのゲバインという男を訪ねると良い。きっとお前の力になってくれるはずだ」
「夫婦は考えてることまで似るってことね…」
そこへいつの間にかその場にいなかったブランカがしっかりとした鞘に収められた剣を手に持ってやってきた。
「お前それ…いいのか?」
「それは私のセリフよ。あなたこそいいの?」
ブランカの問に二ゲルは沈黙する。
しかし、それは問に対しての迷いの沈黙なのではなかった。
二ゲルはニヤッとして言った。
「もちろんっ!」
ブランカもそれを真似するように、ニヤけながら答える。
「私もっ!」
「そういうことだからこれも受け取って」
ブランカから受け取った剣は、二ゲルから受け取った剣と同等の重量だった。
ブランカの腕は二ゲルの…そしてグレイの腕よりも明らかに細く華奢だ。
さっきまでこの剣を軽々しく扱っていたとはとても思えない。
「どうなってんだ…?」
「それはまだ内緒。それよりその子を鞘から抜いてあげて!」
グレイは言われるままに剣を鞘から抜いた。
ブランカの剣は、二ゲルの剣と比べてやや細く、女性の小さな手でも握りやすくなっていた。
猩々緋の刀身は、思わずうっとりしてしまうほど絶妙に美しかった。
この剣をブランカが持っていて良かった…そうグレイは思った。
「これが私たちからの誕生日プレゼントよ。今はまだ使いこなすのは難しいと思うけど、きっと近い将来あなたの役に立ってくれるわ!」
一体なぜ農家の両親がこんな物を持っているのか?昔は一体何をしていたのか?など、たくさんの疑問が浮かんでくるが、グレイは聞かないことにした。
二人がなんだろうとグレイにとって愛する両親だということは変わりないし、これから旅立つというのに色々聞いては、余計な考えが浮かんでくるかもしれない。
この話は見事騎士団に所属が決まった時にでも聞くことにした。
「じゃあそろそろ行くよ」
「ああ、引き止めて悪かったな」
「がんばってねー」
長い前置きになったが別れは意外とあっさりしていた。
そのまま軽い挨拶を交わすと、グレイは村の出口へと歩き出し、両親は仕事へと戻った。
さっきも言った通り、エンブリオはエストラーダ帝国の東南にぽつんと存在する小さな村だ。
グレイがこれから向かう場所は剣の街ブラディフォス。
ウーランティーナを目指す上で最初の難関である剣術学園に入学するためだ。
騎士団を目指す者の多くは、ここで挫折してきた。
入学するためには、事前に開かれる入学試験に合格する必要がある。
その難易度は決して簡単ではない。
もしかしたら自分なら…、何ていう甘え考えは一切通用しない。
才能がない奴は問答無用で落とされる。
そして、受けられるチャンスは一人につき一度。
この試験に落ちてしまえば、その時点で騎士団入団への夢は絶たれてしまう。
しかしこの男、グレイ・スパーダときたら…
「どうすっかなぁー…」
入学試験の内容すら知らないのである。
チャンスは一度しかないのにこの無計画さ。
ちなみに、試験は2日後だということをまだグレイは知らない。
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