逢嘛日本文学全集
安良巻祐介
何かの本を借りに図書館へ来たのだが、その本の題名と内容を忘れてしまい、言いようのないもどかしさを抱えながら、書架の列の前に立った。
しかし、背表紙の羅列を見ても、見覚えのある名前は一つもなく、手を伸ばす気にならない。
カウンターへ近い側へ移動して行くと、「すゝめ」の字が書かれた棚があって、そこには銀の柵を取りつけて、表紙が見えるようにした本が何冊か並べてあった。
学生時代に慣れ親しんだ、或る文庫のポケット文学全集の表紙を見つけたので、少しほっとしたような気持ちになって手に取ると、その表紙には、黒ずんだ、寺のような形の建物と、その一角に体を絡ませている長虫のような影、朱色にぼやけた夕陽とが、版画風に描かれてあった。
下に添えられた、やたら画数の多い作家の名前には、奇妙なデジャヴュがある。
説明を読もうと思って折り返しを見ると、以下のように書いてあった。
「心の内の不安や悦びや驚きを、蛇のかたちで執拗に描き続けた。蛇の眼の大きさ、長さや、太さや、柄の多種多様さは、博物園のそれになぞらえられた。本館には、特に畸形の例を撰んで収録した」
はっとしてよく見ると、寺と思われた黒い建物は、体をかがめた人体の影絵であることがわかった。そして、長虫の影と見えたものは、蛇というよりもむしろ
逢嘛日本文学全集 安良巻祐介 @aramaki88
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