第2話 魔法の世界 グロースリア

「あなた様を見つけるまで、・・・忘れてしまいましたが数十億年かかりましたよ。」

後ろを振り返ると、そこには男性が立っていた。見た目は若いのだが、中身はかなり歳をとっているような、なぜかそんな風に感じられた。

「あなたは・・・?」

恐る恐る尋ねてみた。男性との距離はおよそ1m、身長も陽より高く、また威圧感がある。

「・・・ん?」

男性は少しかがみ、陽と目線を合わせてとしばらく見つめてくる。その状態が10秒ほど続いた。

「なるほど、そういうことですか。」

「あのー」

男性は一人で勝手に何かに納得している様子だが、何が何だか理解できていない陽は思わず声をかけた。

「はい。・・・あ、すみません。えっと、何からご説明すればいいのか・・・。」

「じゃあ、まずここはどこですか?俺は自分の家で寝ていたはずなんですけど。」

「そうですね、まずはそこからでしたね。ここはグロースリアです。申し訳ありません、勝手にこちらの世界へ転移させてしまいました。」

世界、転移、現実において普段言葉にすることのないワードが出てきて陽は驚きを隠せない。やはりこれは夢なのではないかと思えて仕方がない。

「グロースリア、という世界ですか?」

「はい、そうです。あなた様がいらっしゃった世界はピスノハートと呼ばれています。そして、その世界の存在はこの度が初めてです。」

陽は正直ほとんど理解できていない様子でいた。いや、理解できていないというより、言われたことを全く信じていない感じだ。だが、それも無理はない。朝、目が覚めると知らない場所にいて、そこにいた見ず知らずの人にここは元いた場所と異なる世界だと説明されてすぐさま納得できる人などまずいない。

「・・・あなた様は何も、文字どおり全てを覚えていないのでしょう。それになぜあちらの世界にいらっしゃったのか、まぁなんとなく察しがついてしまいますが。まずはやはり思い出していただく必要があります。」

「思い出すって、何を・・・」

「あなたが、陽という人間が、命を宿して誕生する前の記憶をです。」

また何を言い出して、そうか、やっぱりこれは夢だ。陽はそう思っていた。

「いきなりこんなことを言われて信じられないかと思いますが、お伝えしたことは全て真実です。これから実感していくことになると思います。」

これから何が起こるっていうんだ?というか、もう帰ることはできないのか?陽はそう考えていた。もし帰れないのであれば、この異世界とやらで生きていかなきゃいけない。普通の人間であればこんな何が起こるのかわからない世界に来させられて不安にならないことはないだろう。まぁ普通の人間はそもそもこんな体験はしないかもしれないが。色々考えていたところで、男性は再び話し始めた。

「申し訳ないのですが、私はそろそろ行かなくてはなりません。こちらの世界でこの姿を維持するのにも限界が近づいてきましたので。」

この男性がいなくなるということは、陽はこの知らない土地でひとりぼっちになるということである。なんとなくこの男性がしばらくサポートしてくれるのかと思いきや、その発言によって陽はさらに不安が増した。

「え、ちょっと待ってください!」

とっさにそう言い、もう少し助けてほしい気持ちを表に出した。というか本当は元の世界に帰してほしい、そう思ってはいたがそこは口には出さなかった。

「本当に申し訳ない、時間がありません。ですが2つ程、1つはあなた様の力にリミッターをかけさせていただきます。もう1つは、さすがにあちらでの記憶しか持たないあなた様をここで1人にさせるわけにもいきませんので、近くの街まで送ります。それでは、しばしのお別れです。」

すると男性からまばゆい白い光が一瞬でまわりに広がり、陽はその光に飲み込まれた。

「ちょっ・・・!」

眩しさのあまり目を閉じた。すぐに眩しさは収まり目を開くと、さっきまでと全く違う場所にいた。

あたりは薄暗く、建物に囲まれている。どうやら街の路地裏へ移されたようだった。人通りが多い所だったとしたら、そこに突然人が現れる様を見た人はさすがに驚くだろうし、あの人のちょっとした気遣いだったのだろう。あくまでも予想で、本人に確認する術はないのだが。とりあえずこの街がどんな場所なのか把握する必要があると思い、陽はこの細い路地裏から出ると、そこには多くの人々が行き交っていた。

大きな通りで端には食材や雑貨屋などの多くのお店が並んでいた。また、行き交う人々の格好は多種多様で、元いた世界で見慣れていた洋服とはかなり異なる。

「本当に違う世界なんだなぁ」

ボソッとそう口をこぼした。早速ここが異世界であることを実感させられていたからだ。

「そういえば・・・」

ふと自分の格好を確認する陽。睡眠の間にこちらへ転移させられたということは、と思い顔を下に向けた。すると案の定、寝間着だったため少し恥ずかしい思いになったが周りで行き交っている人々を見ると、ここではおかしな格好でないかもしれないと、ポジティブに考えた。今いる通りの反対側にいる母親らしき人に連れられている男の子がこちらを指差しながら「あの人、なんか変な格好」と言ってきたが聞こえていないふりをしていた。

周りを見ながら歩いているうちに驚く光景を目にした。

「いらっしゃい!いらっしゃーい!どれも焼きたてだよー!」

とてもいい匂いを漂わせている焼き鳥のお店があった。その説明だけではかなり普通の光景かと思われるが、見慣れたそれと一つ大きく異なる点があった。店主は大きな声で客寄せをしながら焼く作業を行なっていたが、焼くための炎を自分の手から放出しているように見える。しかも適宜火力を調整している。

「君、一本どうかな?」

ガン見していると声をかけられてしまった。しかし、お金がないため買うことができない。

「あ、いえ。すみません、お金がないので。」

そう言って断った。が。

「いいっていいって。気にすんなって。あんた、この街は初めてだろ?服装を見ればわかるよ。だからサービスだ!」

「どうも、ありがとうございます。ところで、それって・・・」

店主の左手から放出されている火を指差しながら尋ねた。

「ん?それって、どれだい?」

「その、左手から火が」

「不思議なことを聞いてくるねえ、これは俺の魔法だよ。俺は炎属性の魔法を使えるんだ。」

「魔法・・・。」

この世界には魔法という概念が存在する。陽はそんなこと、思いもよらなかった。魔法なんて漫画やアニメの中でしか見たことなかった。

「もしかして魔法を知らないのか?常識だぞ?」

この世界では常識、ということは基本的に誰でも魔法が使えるということだろう。この店主は炎属性を使えると言っていた、であれば他の属性の魔法も存在するということだ。

「いえ、なんでもないです。これ、ありがとうございました。」

渡された焼き鳥を持つ右手を見せ、お礼を言ってその場を後にした。

よく見ると周りには当然のように魔法を使っている人が多くいた。建物の壁を、土属性の魔法で修理していたり、水属性と炎属性の魔法でお湯を作りコーヒーを入れている人がいたりと、この世界では魔法は生活の一部のようだ。

「おい、お前、おかしな格好してるな。まぁいい、ちょっとおじさん達にお金貸してくれない?」

前から歩いてきたいかにもな雰囲気の男性2人組に絡まれてしまった。こういう奴らはどの世界でも共通しているのか、と陽は思った。

「すみませんが、お金持ってません。」

怖いけど、正直に答えるしかない。

「ああ!?んなわけあるか、少しはあるだろ?それとも代わりに痛い目に合いたいか?」

なぜ代わりが痛い目なのか。わけがわからないが、この類の連中はそんなものなのだろう。

「本当に持ってません。ちなみにこの焼き鳥は店主にもらったものなのでタダでした。」

「金目になるものならなんでもいいから、さっさと出せ!」

金目になるものも持っているわけがない。なにせこの世界にはこの寝間着オンリーで来たのだから。

「そんなものもありません。」

「じゃあ、その服でいいよ。珍しそうだし、少しは金になるだろう。それも無理って言うんだったら・・・」喋りながら男は自分の右手をパリパリと音とともに凍らせていく。

「氷に殴られたら、かなーり痛いって知ってる?一方的にやるのって、さすがの俺でも心が痛むから反撃も歓迎だよ?」

「兄貴、こいつ、魔力を全く感じないっすよ?反撃は厳しいんじゃないっすかね。」

もう一人の男がそう言った。

「よーし、こっちはちゃんと反撃していいって言ったからな?それじゃあ、やられたくなければまだ間に合うぞ!」

男は凍った拳を振るいながらそう言う。これは完全に殴ることをやめるつもりはないようだった。

「・・・っ!」

陽は歯を食いしばり殴られる覚悟をした。

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All::Created 山島かげる @yamashima-k

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