半分世界ちゃったde

第6話 初めての共同作業となります 2

　どうしたものかと困っていたら、俺達の視線に気付いた若者がこっちに向かって歩いて来た。色白の整った顔立ちで見た目は好青年だけど、こういう人物の方が闇を多く抱えているのかもしれない。

　若者は俺のすぐ前で立ち止まり、背筋をピンと伸ばした気を付けの姿勢を取ると、そのまま微動だにしなくなった。思い詰めたような表情で、何かしでかしそうな気配がハンパない。

　何だ……どうしたんだ……。　

　頼むからいきなり殴りかかってくる、なんて事はやめてくれ……。

　祈るような気持ちでその目を見つめていると……。

「自分、杵丸元（きねまるはじめ）と言います！　もしよかったら、鎖を切る手伝いをさせて貰えませんでしょうかッ！！」

　なんと腰を直角に曲げた深いお辞儀と共に、協力の申し出をしてきたのである。　

　予想外の行動に俺は意表を突かれ、

「今、鎖って言った……？　えっと……ひょっとして……。君にも、これが見えているの……？」

　頭を整理しながら女の子の近くに移動、棺桶を指差して尋ねたところ、

「半分出ちゃってるんですから、当たり前じゃないですか。僕の事は杵丸って呼んで下さい！」

　力強く答える、杵丸という名の若者。

　まさかの俺と同じ境遇、半分出ちゃった奴との初遭遇だった……。

「お二人がこの鎖を切ろうとしている様子を近くで見ていたんです。自分、必要な道具を持ってます。だから声を掛けました！」

　背負っていたリュックを興奮気味に下ろすと、中から棒ヤスリを取り出し、それを何の躊躇もなく鎖へ近付けようとする杵丸。

　危ないッ！！　グラさんがすっ飛ぶ所を見てなかったのか！？

　とっさに奴の手を掴んで制止しようとしたが間に合わない。

　第二の犠牲者が出てしまう！！

　ところが予想に反して棒ヤスリは鎖へ接触、カチンと甲高い金属音を立てた。

「ええっ！？　何で！？」

　俺とグラさんの驚いた声がみごとにハモる。

「普通側の道具ではダメですが、このヤスリなら大丈夫です。なので自分に手伝わせてもらえないでしょうか」

　これなら上手くいくかもしれない……。

　とんでもない大型助っ人の登場だった。

「俺達の方からお願いしたいぐらいだ！！　杵丸って言ったっけ？　君に聞きたい事は山ほどあるけど、今は時間が無い。すぐに取り掛かろう！」

「凄いな！！　そのヤスリがあれば問題解決じゃねぇか！！」

　さっそく俺とグラさんが鎖を地面に押さえ付けたところ、

「棺桶の近くで鎖を切ると体に鎖が残ってしまうので、体に巻き付いた輪の部分を切りましょう」

　冷静かつ的確な判断を下す杵丸。頼もしい事この上ない。

　しかし女の子に巻き付いた鎖を切るのは難易度が高く、ヤスリが体に当たらないよう、鎖をつまみ上げて固定する必要がある。俺とグラさんは指先に神経を全集中、杵丸が慎重に棒ヤスリを前後させ、つまみ上げた部分を少しずつ削っていった。

　青空の下、ベンチで寝ている女の子を男三人が取り囲む異様な光景。終始無言でゴリゴリゴリゴリ地道な作業を続けた甲斐あって、棒ヤスリが半分以上鎖に食い込み、これはいけると確信を得たその時。

　俺の指先に異変が発生。

「熱っっつい！！　何だコレっ！？」

　鎖が火傷しそうなほどの高温を発しており、とてもじゃないが持っていられない。俺は慌てて鎖から指を放した。

　ノンストップで削ってたから、摩擦熱でも発生したのか！？　

　ところがグラさんは、

「何だよ情けねぇな。あと少しじゃねぇか」

　騒ぐ俺を見て大げさに首をすくめ、平然と鎖をつまみ続けている。

「めちゃくちゃ熱くなってますよ。グラさんは大丈夫なんですか？」

「全然熱くねぇよ。まぁ、鍛え方が違うよな」

　えっ……指先を鍛えてんの……？　なんで……？

　その直後。

「熱っっつい！！　何だコレっ！？」

　俺と寸分違わぬリアクションで、鎖から手を離すグラさん。

「とんでもなく熱いじゃねぇかよ！　ちっくしょぉぉおお！！」

　年のせいなのか、ただの鈍感なのか、熱さを感じるのに時間がかかっただけらしい。もんどり打って苦悶するグラさんの事はどうでもいいけど、作業ができないのは問題だ。

　やむを得ず鎖が冷めるまで待機していたら、突然電話の着信音が鳴り響いた。

　俺の電話じゃない。グラさん、杵丸の電話でもないようだ。

　となると……。

「う、うぅぅん……」

　呻き声と共に目を覚まし、ジャケットからスマホを取り出して耳にあてる女の子。

「お疲れ様です……。そうですか……わかりました。休憩が終わってから……。いえ……すいません……。今すぐ戻ります……」

　この電話って……会社からの戻れコールなんじゃないの！？　

「グラさん、杵丸！　急ごう！　この子、ベンチから移動するぞ！！」

「急ぐって言ったって、熱くて鎖が持てねぇよ！」

「布か何かを巻けばいいんじゃないですか？」

「それだッ、杵丸ッ！　えっと……袖を使おう！　グラさん、こうやって袖を使えば熱くない！」

　タイムリミットはすぐそこだ。一刻も早く鎖を切らなければならない。

　シャツの袖を二重にして鎖をつまむ事で温度の問題はクリア、俺もグラさんも女の子に体重をかけてのなりふり構わぬ体勢で鎖を固定、

「いきますよぉっ！！」

　杵丸が掛け声と共にヤスリを前後させ、総力戦で猛スパート開始。

　三人とも凄まじい集中力を発揮して、ゴリゴリゴリゴリ今までとは比較にならない速度で鎖をどんどん削っていく。あと僅か、あと1ミリ削れば鎖を切断できるところまできた。

　しかし、ここで女の子が立ち上がり、歩き出してしまったのである。

　華奢な体からは想像もできない驚異的な力だ。両足で思いっきり踏ん張ったが全く歯が立たない。ズルズル背後に押しやられていく。

　それでも意地になって作業は止めず、俺とグラさんは女の子にぶら下がった状態、杵丸は屈んだ体勢で後ずさりしながら鎖を削り続けたのだが、努力の甲斐なく、棺桶から伸びた鎖はジャラジャラと音を立てて張り始め、鎖の輪が女の子の腹部へゆっくり食い込んでいく。

　駄目だったか……。

　あきらめかけたその瞬間。

「切れましたぁ―――ッッッ！！」

　杵丸の声が響くと同時、掴んでいた鎖が急に引っ張られて俺もグラさんも派手に転倒。その痛みに耐えつつ顔を上げたら、最後の鎖が棺桶の先端に盛大な音を立てて吸い込まれていく様子が見えた。

　鎖の擦過音が止むと、辺りは先ほどまでの騒々しさが嘘のように静まり返って、棺桶は道のど真ん中に放置、鎖は一本も見当たらない。

　間違いない……。

　本当にギリギリのタイミングだったけど、どうにか女の子から鎖を除去する事に成功したのだ……。

「やったぁああああ！！」

　歓喜の声を上げ、俺達は小踊りする勢いで互いの健闘を讃え合った。

「危ないところだったけど、よく間に合ったじゃねぇか！」

　グラさんが俺と杵丸の背中をバシバシ叩きながら言い、

「二人とも、あの状況でよく鎖を押さえていられましたね！」

　ヤスリを握りしめたままの杵丸が興奮気味に答える。

「杵丸の最後の削り方、半端なかったぞ！」

　俺も杵丸の背中を叩いて労をねぎらった。

「全員の息が完璧に合ってましたよね！！　凄くないスか！？」

　杵丸の言う通り、出会ったばかりだと言うのに奇跡的なチームワークだったと思う。女の子も無事に助ける事ができ……。

　あれっ……！？

　巻き付いていた鎖が無くなったのだから、女の子は自由になったはずだ。にもかかわらず、様子が何だかおかしい。

　目を見開いた驚きの表情で空を見上げ、マネキン人形みたいに硬直、微動だにしないのである。　

　また何か問題が発生したんじゃないの……。

　猛烈に嫌な予感がしてきた……。