第5話 初めての共同作業となります 1
女の子に巻き付いている鎖は、右腕、左腕、胸、腹、それぞれ2本ずつで計8本。上半身がほぼ全て鎖に覆われているから、鎖の鎧を着込んでいるような凄い絵面だ。
とりあえず右腕から作業を開始。グラさんが女の子の腕を持ち上げ、俺が鎖を少しずつ緩めていく。
なるべく女の子の体に触れないよう丁寧に鎖を解いて、1本目を外す事に無事成功。腕から離れた瞬間、鎖は掃除機のコードみたいに棺桶の先端部へジャラジャラジャラジャラ結構な音を立てて吸い込まれていったが、通行人は全く気にしておらず、女の子もぐっすり眠ったままだ。
「急に鎖が動くからビックリしましたけど、結構簡単に外れましたね」
「おう。あっと言う間に終わっちまうんじゃないか?」
女の子の上半身を抱きかかえて作業する場面もあったけれど、グラさんのように不埒な事は考えず、腕と胸の鎖を撤去、後は腹に巻き付いた1本のみ、それさえ外せば無事任務終了というところまで来た。
しかし、そこで問題が発生したのである。
「あれっ……。グラさん、ちょっと見てください……」
最後の鎖だけ先端が投げ縄みたいに途中で連結され、輪っか状になっている。
「おいおい! 繋がってるじゃねぇかよ!」
連結部分を引っ張ってみたがビクともしない。輪っかはベルトのように女の子の腹部へピッタリ密着しているから、下にずらして取り外す事もできない。
「このままだと、たった一本の鎖で、あの重い棺桶を引っ張る感じになりますよね……?」
「ああ……。腹に重さが集中して、大惨事になるんじゃねぇか……?」
元の状態に戻そうと慌てて棺桶に駆け寄ったけれど、外した鎖は全て棺桶へ吸い込まれてしまっており、痕跡すら見当たらない。
「ちょっとグラさん! これまずいでしょ!? 状況悪化しちゃったじゃないですか! どうするんですか!?」
「どうするんですかって、俺のせいみたいな感じで言うなよッ! 繋がってる以上、切るしかねぇんだから、どうする事もできねぇよッ!」
やらかしたかと焦ったが、グラさんの言葉で対応策を閃いた。
「それだッ!! 切りゃあいいんですよ! 道具買ってきます!!」
俺はそう言い残し、駅前の百円ショップに猛ダッシュ。
店へ到着して工具売場に直行、ノコギリを掴み取るやレジへ並び、支払いを速やかに済ませ、再び猛ダッシュでベンチ前へ帰還。
このノコギリで鎖を切ればいいのだ。チープ極まりない質感だけど金属用だし、一度きりなら充分使用に耐えるだろう。かかった時間は5分足らず、我ながら中々の機転、行動力だったと思う。
ノコギリを見たグラさんは、親指を立てて『いいね』すると、鎖を地面に押さえ付け、目線で準備OKの合図を送ってきた。
俺も息の合った相棒のように無言で頷き、ノコギリをパッケージから外して早速鎖の切断に取り掛かろうとした。
したのだけれども……。
どういう訳か、磁石の同極みたいにノコギリと鎖が反発してしまってくっ付かない。なんとか鎖に近付けようとノコギリに全体重をかけ、プルプル震えている俺の姿を見て、
「えっ……お前、アル中なの……? まだ若いのになぁ……。まぁ、人生いろいろだよな……」
勝手な想像で哀れみの表情を浮かべるグラさん。
「違いますって! これ変ですよ! ノコギリを近付けようとすると弾かれるんです!」
「はぁ? 弾かれる!? そんなわけねぇだろが。ちょっと貸してみな」
グラさんが俺の手からノコギリを奪い取って選手交代。
「ノコギリってのはなぁ、こう使うんだよ!!」
腕まくりをして屈み込み、ノコギリを鎖へ近付けようとしたところ――
プシィィィィィィ―――――ッ!!
突如ガスの噴出するような音がして、あろう事かグラさんがもの凄い勢いですっ飛ばされてしまった。
「嘘でしょォォォォォッ!!」
俺の叫び声が響き渡る中、ビルを越えるほどの高々とした弧を描き、遥か彼方へ飛んでいくグラさんの体。
俺は慌てふためき、ガードレールを乗り越え、道路を横断し、上空を確認しながら路地を駆け抜け、一直線にグラさんの後を追いかけた。
あんな高さから落下したら、絶対に助からない……。
全力で走ったけれどすぐにグラさんの姿は見えなくなってしまって、飛んでいった先は住宅街。民家に激突→住民も巻き添え→大惨事、という最悪の事態が脳裏をよぎり、必死の捜索を続けて息が切れ、汗だくになり、それでも見つからない状況に焦り始めた頃。
いた……。
マンション裏手にある緑道の丸い植木、そのど真ん中に『く』の字で尻から突き刺さっているグラさんの姿を発見。
周囲の街路樹がクッションになったのか、パッと見た感じ外傷はないけど、葉っぱと小枝まみれでぐったりしている。
「えっ……。まさか……。死んじゃった……?」
急いで駆け寄ったものの、連絡するのは警察? 消防? Xに上げる? 気が動転して何もできずにアタフタしていたら、
「お前の言う通りだった……。弾かれちまったよ……」
弱々しい呟きと共に、グラさんが顔を上げた。
よかった!! 生きてた!!
「怪我はないですか!? 動けます!?」
あまり体を動かさないよう、慎重に植木から引っ張り出すと、
「まぁ、大丈夫みたいだな……。でも半端じゃねぇよ……。何なんだ、あの鎖……。空飛んだぞ俺……。ふふっ、ふふふっ……。怖かったぁ……。怖かったよぉ……。人がゴマみたいにちっちゃく見えたんだよぉ……」
骨折とか大きなケガはないみたいだけど、心に傷を負ったらしく何だか様子がおかしい。でも肩を貸せば歩けそうだし、よく考えれば様子がおかしいのは元々だ。とりあえず無事って事でいいだろう。
そうなると問題はあの鎖である。
一体どうすりゃいい……。
ノコギリを近付けただけで吹っ飛ばされるのだから、鎖を切るのは不可能、俺が余計な事をしたせいで、女の子をさらに大変な状況へ追い込んでしまった……。
グラさんを支えながらベンチに戻ってきたところ、さらなる厄介事が俺を待ち受けていた。
居眠り中の女の子、その姿を若い男がジロジロ舐め回すように観察していた。囲の目なんかまるで気にせず、至近距離から一心不乱にだ。
変質者まで参戦してきた……。
どんな厄日なんだろうか……トラブルのオンパレードじゃないか……。
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