第3話 血盟

 ナゴミが来て二週間足らずのある日。

「血盟・・・一族って、なに?」

 と、ナゴミは聞き返した。

 それにアカリは多少の疑問を持った。

 今までの経緯を説明すると、アリスがある疑問を抱き、それを確信に変える為にアリスがナゴミに―

「お前って、血盟一族か?」

 と、唐突に聞いて今に至る。

 そもそもアリスがナゴミに血盟一族か?と聞くこと自体がおかしいことなのだが、それ以上にナゴミが、血盟一族ってなに?と、わからなそうにしている方が遥かにおかしい話でもあるのだ。

 それもそうだ。だって、『血盟一族』というのは、この世界では最凶、最悪の呪われた一族と、人類の厄災と謳われているのだから―

「ねぇアリス、流石にそんな変な疑い掛けるのはもうやめよ?」

「いやだってよ、『コレ』見れば一目瞭然だろ―」

 アリスがナゴミのうなじの紋様を指差す。

 そもそも血盟一族と言うのは、先ほども述べた通り最凶、最悪の呪われた一族ではあるのだが、それにも深い理由がある。その一つとしてだが、血盟一族は、多くても百三〇人程度しかいなかったことだ。しかもその中の百二〇人程は、残りの十人を本体と呼ぶならば部品程度の強さしか持たない。つまり、血盟一族の戦力は残りの十人が主ということ。

それでも、人類の厄災と呼ばれるまでの存在になったということだ。ということも考慮して、ナゴミがその百三〇人の中に入っているというのは考えにくい。だが、ナゴミのうなじには血盟一族として決定的な証拠がそこにある。

 

でもそれ以上に、ナゴミには、彼にはやはり何処か決定的な既視感がそこにはあった。

底抜けた笑顔も、うなじにある紋様も、何処か、何処か―


「おーい、おい、アカリ」

「―・・・ん?何?アリス」

 アカリの眼前でアリスが手を上下に振る。

 それに気付き目を見開く。

「アカリはどう思うって聞いてるんだよ」

 あぁ、そんなことを言っていたような言っていなかったような。

「う~ん、やっぱり考えすぎな気もするけどな~・・・。ねぇアリス、『アレ』はやってみたの?」

 ここでいうアレとは種族を判別するための魔法のことだ。

 遥か昔の話、この世界は人類を含め、六つの種族が存在していた。けれどどの種族も人間の姿と瓜二つだった。その為六つの種族でそれぞれの身体に、紋様を刻んだ。のだが、それすらも偽造したり、隠蔽するものがでてきた。なのでその対策として、この魔法、正確には選別魔法というものが誕生したのだ。


 だが選別魔法が意味を成す機会は死んでしまった。


 今も尚続いている、何のために戦っているのか、何のために続いているのかさえ今ではもうわからなくなってしまった大戦のせいで、六つの種族の内四つは滅亡。しかも残りの二つのうち、血盟一族は百三〇人程度しかいない。つまり今、この世界にいるのはほとんどが人間ということ。なので選別する意味そのものが消え失せてしまったのだ。

 何故こんな意味のない魔法をアリスが覚えているのかは置いといて、すべてはその結果が指し示してくれるだろう。

「やってみたはいいものの、エラー」

「エラー?エラーってどうゆうこと?」

「正確には判別できなかったって言った方が正しいか、彼には本来この世界に生まれたなら誰しもが通っているはずの魔力線が通ってないってこった」

「つまり、生命体ではないと?」

「・・・そうゆうことでもないんだけど、まだよくわからん」

「だったら尚更疑い掛ける必要なくない?」

「・・・確かにそうなんだが、な~んか引っかかるんだよなぁ」

 アリスが腕を組み、思い耽る。

「―ってゆうかさ、ナゴミってそもそも何処で拾ってきたの?」

「あぁ、それは、まぁ、血盟一族の本拠地だけど―」

「は―」

 思わず声を漏らす。

「仕事だったんだよ。まぁそれは置いといて、何でそんなこと聞いたんだ?」

「いや、ただ気になっただけ―」

 もしナゴミが仮に人間だった場合、血盟一族の本拠地に居られるわけがない。けれど血盟一族にある筈の魔力線は無く、けれど紋様はうなじにしっかりと描かれている。魔力線がない状態は本来あり得ないのだが、例外はある。後天的に魔力線を封じる。つまり魔法を使えない身体にするということなら、アリスの選別魔法に引っかからないのもわかるのだが―

 ここで可能性が低い説を一つ唱えてみることにする。

「何らかの理由で魔力線を封じた後、血盟一族と偽装する為に紋様を刻んで、奴隷として利用した~とか?」

「・・・あいつらがそんなことするか普通?」

「・・・それもそうね―」

 血盟一族は、簡潔に言えば人間のことが大っ嫌いなのだ。例え捕えた人間がどんなに利用価値があったとしても、即座に殺すという信念があるのだ。


 数分アリスが考え込み、出た結果が、

「まぁ、様子見でいいか」

 と、この始末。流石めんどくさがり屋。

 まぁでもこの結論に反対というわけではない。

「そうね、ナゴミはまだ子供だし。っていうかそもそもこんな子供が血盟一族だなんて馬鹿げた話ある訳―」

「・・・アカリも、子供じゃないの?」

 今まで存在が皆無だったナゴミが、ここでひょっこり顔を出す。

 アカリがナゴミの頬を引きちぎれんばかりの勢いで引っ張る。

「うるっさいなー何処見て言ってんのかなぁああ?」

 アカリの顔は笑っていなかった。

「別に、おっぱいとかそんないだだだだだだだだ―」

「私今おっぱいって明言したかなぁああねええ???」




 時が経ち夕刻。アカリは湯船に浸かっていた。

 湯船は背の小さいアカリが膝を抱えて入らなければならないほど小さく、その横の壁に姿見程度の大きさの鏡が立てかけられていて、その下にシャンプーボトルが乱雑に並べてある。

換気も兼ねて窓も付いている。そこで四季折々の景色を堪能しながらゆっくり湯船に浸かれるはずであったのだろうが、今日もまたいつもと同じように吹雪は降り止まず、太陽の光が湯船を照らしてくれるわけでもなく、ただ一つの趣もない。

質素でつまらないお湯を手で掬い、肩に掛ける。

「あーせめて、この窓から星空でも見えれば、綺麗なんだろうけどなぁ」

 鳴りやまぬ吹雪に対しての、心のない愚痴を溢す。

 アカリは手を胸に当て、ほよほよと、質素でつまらない感触を指に馴染ませる。

「べ、別にないってわけじゃ―」

 虚しくなる。

「りょ、量は無くても、質はいいもん」

 泣けてくる。


 っていうかナゴミもひどいやい。私達があの話をしている間、ずぅ~~っっっとアリスと私の胸見比べてくるんだもん。普通あんな風に見られたらだーれだって気付くもん。しかも哀れみの目で。

 そう!ナゴミは記憶がない中初めてあの胸を見たんだ。アヒルの子が初めて見たものを母親と思うようにアリスの胸が普通だと思ってしまったから。だから私の胸が世間一般では適乳なは、ず、な、の、に、哀れみの目で見られちゃうんだ。これは仕方のないこと。そうそう、仕方ない仕方ない。私は寛容だから許してあげることにしようそうしよう。

 

 私はさっき、アリスに敢えてナゴミが人間という可能性の方だけを話した。

 ナゴミが血盟一族という可能性も考えられるのだ。どちらにせよ魔力線を封印してしまえば血盟一族だろうが人間だろうが変わらないのだ。

 そしてナゴミのうなじにある血盟の紋様。それはナゴミが血盟一族としての何よりの証拠。明らかにナゴミが血盟一族と言う可能性の方が高い。それなのに、私は何故、こうまでしてナゴミが血盟一族でいてほしくないのだろうか。

 

 ナゴミが『彼』であるからこそ、血盟一族であって(・・・)ほしく(・・・)ない(・・)のだろうか。

 

 頭も身体もちゃんと洗ってサッパリしたアカリ。

 風呂場から出て、鏡を見ながら悠然と体を拭いていると後ろの方から扉の開く音がした。

「はッ、ふにゃッ!」

 アカリは勢いよく身体を翻す。

 そこに居たのは茫然と半開きの目をして突っ立っているナゴミだった。

 

 ・・・み、見られた―

 

 不幸にも私は後ろを振り向いてしまった。つまり、全部見られた。

 私の小さくて美しい尻も、世間一般では普通であるはずの胸も、マ〇コも全部。フルコースで。


 でもそれだけじゃまだ怒ることはなかった。次からは気を付けてねで終わる筈だった。だけど彼は、私の身体を、表情は変えず、ただ目線だけ、それだけ舐めまわすように一周させて、


「・・・俺と、お揃い」


 と、悪びれることもなく静かに扉を閉めた。

 アカリは静かに息を飲み、全裸で綺麗なスターティングポーズを構え、わずかな助走をつけて走り出し、扉の向こうにいるナゴミごとドロップキックをかましてやった。

「ぶげぎゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

「私にお〇んち〇はついてねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」




ナゴミとアカリが、ソファに隣同士で座っている。

「・・・さっきはその、ごめんなさい」

 ナゴミは、顔のあちらこちらが腫れている。

 アカリはナゴミの謝罪する姿を横目に流して、はぁ、と一つため息。

「・・・べ、別に悪気とか、そんなつもりで言ったわけじゃないんです―」

 言葉を発していいのかあたふたした後、申し訳なさそうにナゴミが続けた。

「え、何、言い訳ですか・・・?」

「いや、その・・・、言い訳というか・・・・・・、ごめんなさい」

 はぁ、と二つ目のため息。

「・・・一応聞いてあげる」

「・・・え?何を―」

「だーかーらー!言い訳の一つや二つ聞いてあげてもイイよって言ってるの!!!」

 あ~ったくもーほんとめんどくさい。

「え、あ、言っていいんすか?」

 ナゴミの耳を赤く腫れるまで引っ張って、耳元まで口を運んで、息をめいいっぱい吸い込んで、

「だから言っていいって言ってるでしょ!?!?」

とめいいっぱい叫んでやった。


「はわ、はわわわ―」

 目を回しているナゴミ。

「これで少しは言い訳する気になった?」

「・・・なんでアカリが言い訳させようとしてるんだよぉ―」

 確かに、普通言い訳って謝る方の人が許してもらうために必死こいて言うもんだよね、謝られる人が強要するもんじゃない。

 それもそうか、と一人でクスクス笑うアカリ。

 さっきの耳元で叫んでやったせいなのか、それともこの状況に対してなのか、訳も分からず慌てふためくナゴミ。

 何か、揖西ぐらい年下の弟が出来た気分で嬉しいなぁ。

 そんな少しほんわかした気持ちに浸っていると、

「・・・俺って、記憶ないじゃ、ないですか―」

 と、言葉をつっからせながら、しどろもどろに言い訳を始める。

「うん―」

「それで、その、人との接し方がわかんないっていうか、なんていうかその、―」

「うん―」

「・・・だから、思ってることがすぐ出ちゃうっていうか・・・そうゆうこと、です」

 ナゴミの人への接し方がわからないっていうのは、なんとなくわかる。

 私自身、生まれて間もないころ、正にそれだった。

 ナゴミも記憶をなくして何もないという点においては、自分と同じなんだろうなと思った。

「・・・ねぇ、アカリ」

「ん?」

「・・・俺、一つ、聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「いいけど?」


「・・・・アカリの、左胸にある『ソレ』何?」


 やっぱり見られてたか、アレ。

 まぁそれもそうか、尻もおっぱいもマ〇コも見られてるんだし、左胸のアレも見られてたって仕方ない。

「・・・やっぱり見えてた?」

 それはわかっていても、敢えて聞いてみる。

「うん―」

 そして当然の解答が返ってくる。

「やっぱりかぁ~~~―――、おほん!えーあーうん。私のコレはもういいの」

「・・・え?」

 ナゴミは意味が分からず、聞き返す。

「うん、いいの!」

 アカリはそれに笑顔で応答。

「・・・なんで?」

「いやなんでって、私にはコレ、意味なんてないようなもんだし」

「・・・はぁ―」


「そもそもこんなもの、ホントはこの世界には必要ないんだよ。

 

  なのに神様はなんで、人間も血盟一族もなんにも違いはないっていうのに、わざわざ選別して、わざわざ忌み嫌わせて、わざわざ戦わせたんだろう―――


 私達は、人間は血盟一族も何にも悪いことしてないのに――――」


 いやそれは嘘だ。人間も血盟地族も、皆意味もなく殺しあってる。それを正義だ、防衛だと言って正当化し、楽しんでいるんだ。

 そう考えれば、神様もこうするのは当然なのかもしれない。

 神様は悪魔でそれに答えた結果こう作っているだけなのかもしれない。

 立派な需要と供給の完成だ。


「・・・ふーん、そんなことになってるんだ」

 ナゴミはアカリのなんとなしに呟いた問いかけに、どーでもよさそうな返事をする。

「反応うっす!」

「・・・いや、なんとなくだけど、俺には心がないから。アカリが何でそんな悩んでるのかよくわからないっていうか―」

「ふ~ん―」

 心がない人なんかいるわけないよ―

 と、言いかけて、なんとなく止めた。

「じゃあ、私が君の心、作ってあげるよ!」

 は?は?え?え?きも、何言ってんだろ私。

「はぁ―――」

 な、ナゴミもぽかーん状態になっちゃったよ!

 ま、まぁいいか。

 なーんか、私前にこんなこと言われたような気がするな・・・。

 ったく、誰に似ちゃったんだろ私。





 アカリの左胸にある、血盟の紋様が、静かに疼く――・・・






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hate world[序章] 赤星裕則 @AkAhOShi0928

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