第2話 出会い

 ここは吹雪の降る森の中だった。それも季節のせいではなく、年がら年中天候のせいで雪が降り止まないようになっている。全く迷惑なものだ。さらには森の中、想像通り、肌が凍えるような感覚を覚える。やっぱり迷惑なものだ。

 寒い。それは木造の小屋の中だろうとお構いなしだ。

 へぶしょん!

 女性という性別には似合わないくしゃみ。いかんいかんと思い、ミノムシのようにくるまっていた毛布から足を出し、毛布に包まった状態で、薪を組むべく足を運ぶ。

 がさごそがさごそと細く砕かれた木の集合体に、右手のトングの先を入れる。頃合いの薪木をトング越しに手に取り、暖炉に乱暴に投げ捨てる。

 暖炉に火をつけると、

「うお、あったかい・・・」

 と声が漏れる。

「あ、ダメだダメだ。またひとりごと」

 と声を漏らす。

 

 ドン、ドンドン

 

 ん、なんだ?

 玄関から、とても乱暴な音が家中に広がる。

 山賊でも訪ねてきたか?と思う。うちはそこそこ裕福な部類に入る、狙うにはうってつけだ。しかし、そもそもここまで来る意味もないし、そもそも裕福ではあるが、家自体は裕福には見えないだろうし、第一山賊が律義にノックするとは思えない。山賊という選択肢を頭から無くす。

 では、なんだ。考えられるとすれば、あいつか・・・・。

 ったく合鍵くらい持ってけって言ったのに・・・・。

 右手に持っていたトングを壁に立てかける。そのまま玄関先へ向かい、戸を開ける。

 

「よぉ、久しぶりだな・・アカ・・・・・・リ―」

 

 血だらけの女と男がもたれかかってくる。

 

「おおっとぉ?」

 と低い姿勢で二人を受け止めた。


 二人のうち、一人は面識がある。

 名はアリス。歳は二年前に十六といっていたはずだから、今は十八の女性だ。綺麗な金色を短く切りそろえ、蛇のような鋭い目つきをした、歳とは裏腹に、見た目だけは凛とした女性だ。おまけに胸もでかい。うらやましいことこの上ない。

 私が十年とここを拠点にして過ごしていたが、二年前のある日。突然この女が家にやってきて、何を言い出すのかと思えば、ここは私の家のものだ、だから出ていけ、と。さすがにちょっと何言っているのかわからなかったので、そんなことお構いなしにこの家で生活していたら、いつの間にか同居人という形で一年間ほど二人で暮らしていた。その生活は、十数年も孤独に生きていた身からすれば、スパイスそのものだった。そして楽しかった。

 けれど一年前に、突然何処かへ消えてしまった。だからどうというものではないのだが、また味気ない生活に元通りしてしまった。

 そんなこともあって、血だらけの女、基アリスとは面識があるのだが、もう一人の男は、まるで見覚えがない。

 その男は、男というにはあまりにもふさわしくない、華奢な体躯をしていた。身長は私の百四五センチをほんの少しばかり下回るほどの大きさ。筋肉と呼べるものは目視できず、まさに道端に捨てられた子犬のような弱弱しさを醸し出していた。

「え、その子、誰?」

 というと、アリスは片手でアカリの肩に手を置いて、それを支えにして立ち上がろうとする。

「こいつ、手当てしてやってくんないか?」

 アリスは私の疑問を遮るように言い放った。

「え、どうゆうこと、てゆうかアリスも血だらけ―」

「いいから、早く」

 そうゆうアリスもけして放って置けるような状態ではない。右腕は宙ぶらりんの状態で、そこからぽたぽたと血液が滴っている。包帯で処置をされているのだが、その上からも血が滲み、包帯が機能していなかった。次に左脚を引きずったような跡もある。この雪の降る森の中を片足を引きずりながら、一人の人間を担ぎながら歩いてきたというのか。それだけでも精神と体力を大いに削られるだろう。

 そのような状態を見捨てられるほど、私も心がねじ曲がってるわけじゃないんだけど・・・。

「え・・・、ア、アリスは?アリスのそんなんで大丈夫なの?」

「自分の腕に薬草塗りたくってれば治る」

「い、いや、冗談でも笑えないんだけど」

「ほら、早く、そいつを二階まで運べって」

 アリスは乱暴に少年を私に向けて投げ捨て、リビングの方へ足を引きずりながら向かっていく。

 アカリは両手でしがみつくように受け止める。

「・・・わかったよ、とりあえずやってみる」

 状況は呑み込めないが、二人とも困っていることは確か、やれることは試してみることにして、首を縦に振った。

 

 

 

 その後どうにかして二階のベッドに横にさせた。

 彼はアリスとは異なり、外傷は見られなかった。その代わり、もの凄い高熱にうなされていて、息苦しそうだった。なので、とりあえずの応急処置をして彼の容態を見守っていた。

 そしたら、気が付いたら、ベッドに顔をうずめていた。つまり寝ていたのだ。

 不覚だった。確かに看病している間、膝に毛布を掛けていたのが敗因だったのかもしれない。膝から下の温もりに耐えられず、気が付いたら少しだけ、少しだけと瞼を閉ざしてしまったのだろう。

 別に寝たからどうとかいうわけではないが、何かに負けた気がして少々複雑な気持ちになる。

 

 彼は思ったよりもぐっすり眠っていた。

 つい数時間前までの高熱が嘘のような寝顔だった。

「全く、君の為にアリスがどれだけ苦労したのか・・・」

 そんなことをぼやく。

「それにしても、この子の寝顔、ちょっと可愛くて和むなぁ・・・」

あ、また独り言・・・・。しかもひとりごと呟いてた時頬もちょっと緩んで気持ち悪くなってた気がする・・・。

ほんともう癖になっちゃってるなぁ。これアリスとかに聞かれるのやだなー恥ずかしいなぁ。

「・・・・ん?なんかいった?」

 眠気眼を右手で擦りながら彼が言う。

「へ?」

聞かれてたあああああガッツリ聞かれてたああああしかも聞かれてたらチョット恥ずかしいやつううう。

「い、いやそんな、べべべべ別に何も?」

「あ・・・、そう。わかった」

 そう言って彼は起こした体を再びベッドに委ねる。

「え、寝ちゃうの?」

 思わず声に出る。

「え・・・、ダメ?」

「いや別にダメってわけじゃないけど―」

「あ、そう・・・、それじゃ」

「いやいやまってまって、とりあえず君のこと色々聞いておかないとだし」

「俺の、こと?」

「そう、君のこと」

 私たちは彼のことを何も知らない。それにここは吹雪が吹き荒れる森の中。彼の容態が回復したとしても、治ったねよかったねそれじゃあばいばいと吹雪の森の中へ突き出すわけにはいかない。最低でも数日間は彼と共に生活し、彼の親族の元へ届けなければならない。それなのに彼の名前も知らないと不便になる。だから早めにこうして聞いている。

聞いているの、だが―

「え・・・、でも、何言えばいいの?」

「うーんと、それじゃ!君の名前は?」

「え、と・・・・・ない」

「ない!?」

「え・・・・、ごめん」

「いやその、謝らなくてもいいんだよ・・・?いいんだけど、でも・・・ね、」

 ・・・とは言ったものの名前がないんじゃ少し不便だな。

「・・・・・自由に呼んでいい」

 黙りこくっている私に、彼はそう軽い感じでそう言った。

「・・・いいの?」

「別に、なんて呼ばれても構わない」

 ・・・・・・とは言ったものの名前決めろって言われたってねぇ~。そんな軽い感じで決めていいものなの?

「ね、ねえ、こんな軽い感じで決めちゃっていいの?」

「・・・うん、構わない」

 えー・・・・。

 え、ええと。それじゃこ、こんなんでいいのかな?

「ナ、ナゴミ・・・」

「ナゴ、ミ?」

「あ、ええと!や、やっぱり変だよね!はい!今のなし!」

「・・・いいよ」

「いいの!?」

「うん、別にそれで、いい、ナゴミ、うん。気に入った」

 彼は、ナゴミはそう言って、虚ろげで、儚げな笑顔を私に放った。


 私はその笑顔を、途切れ途切れではあるものの、何故か忘れられないあいつの笑顔に似ていた。

 それは空っぽで、宙ぶらりんで不安定で、頼りないものだった。まるでそうでもしないと、この世界にしがみついて生きていけないかのような、それを使って、殻を被って、びくびくしながらも自らを守っているような、そんなう安定さが備わっていた。

 けれどそれが私にとって唯一の生きる糧であり、生きる希望だった。

 私が空っぽの時、最初に差し向けてくれたそれが、光だった。

 それはとても不格好だけど、不格好なりに優しさで私を包んでくれた。それが暖かかった。

 でも、私はあいつに何も返してやることができなかった。何も残せなかった。

 だから私は、そんな宙ぶらりんで不安定で頼りない笑顔を、今度こそは守ってあげようと、


そう心に―


「ねぇナゴミ?」

「・・・何?」

「指切り」

「・・・え?なん―」

「いいから、はい、」

「・・・う、うん」

「あっそうだ。私はアカリ、よろしくね」

「・・・わかった、よろしく」

 

 

 

 そう自分の心に誓うように、小指を絡ませた。

 

 

 

「・・・そういえば、」

「ん?」

「・・・そういえば、俺の名前って、俺の寝顔がどうこうって―」

 やっぱり聞かれてたああああ・・・・

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