hate world[序章]

赤星裕則

第1話 独白


 君のお節介が面倒だった。

 けどその面倒が、暖かかった。

 

 君の無鉄砲さには呆れた。

 けどそれに付き合ってもいいと思えた。

 

 君は馬鹿でかい夢を見ていた。

 それに押しつぶされそうでもあった。

 

 君は、いつまでも一緒にいるよと言ってくれた。

 言ってくれたことが救いだった。

 

 君は沢山のものを俺にくれた。

 そのすべてが欠けることのない宝になった。

 

 なのに俺は何も返すことができなかった。

 

 だから、俺はこの人の夢の為に生きようと、そう誓った。

 そうすれば、ずっと一緒にいられると思ってたから。

 

 そうすれば、もう二度と、君と離れることはないと、思っていたから。

 

 なのに、何故・・・

 

「なんで、なんで!どうしてこんなこと!」

 ナゴミのそれは、怒鳴り声としてはもう機能していなかった。ナゴミ自身はしっかりと抗議しているつもりなのだろうが、それはか細く、何かにすがるようなとても弱弱しく、

しっかりとした覇気を失っていた声であった。

「えへへ、ごめんね・・・」

 その言葉とは裏腹に、悪びれるような様子はなく、いつもの太陽のような笑顔をしている。

「私だってね、意味もなしにこんなこと、した訳じゃないんだよ?」

 と、アカリは続けて言った。

「え、それじゃあなんで――」

ガハッ―

 背中に妙な違和感が染みる。それは今ナゴミが着用している深紅のコートをさらに赤黒く染め上げてしまうほどの濃い血が、それをじわじわと染め上げてゆく。

 アカリの容態を確認すべく、そっとアカリの肩に手を置き、起き上がらせようとする。

 しかし離れない。一向に離れてはくれない。

「離さないで」

「え―」

「離さないで、もう一人は嫌なの。せめて最期くらい、一緒に―」

「わかった、ごめん」

「ねぇナゴミ」

「・・・ん?」

「私、世界を救いたかった。意味のない戦争で沢山の仲間が死んでいくのをみたくなかった。殺すのもいやだった。どれだけ望まなくても犠牲を自ら生み出さなくちゃいけない自分がいやだった。」

 アカリの声が徐々に震え始める。と同時にアカリの頬から滴り落ちてくる涙がナゴミの肩を湿らせる。

「そんな摂理で回っているこの世界が何よりもいやだった。だからこの世界を変えようとした。でもそれには、ナゴミを、殺さなくちゃいけなかった。」

「え―」

「私、そんなのいやだからさ、世界を救っても、ナゴミがいなくなっちゃったら、意味ないからさ。だから、私は、世界より、ナゴミを選んだの。」

 アカリの口から血がたらりと流れる。それでもアカリはナゴミに思いを伝えるのを止めなかった。

「・・・ほんと、何回も私に振り回されちゃって、迷惑だよね。ごめんね。でも、これで最後。最後にもう一つだけ、お願い、聞いてもらっても、いい?」

「・・・あぁ」

 ナゴミは静かに頷く。

「私の代わりに、世界を、救ってほしいの。お願い、してもいい?」

「え、俺が―」

「うん、そう、君が、君なら、必ず、できる。君を、自分自身を消さずに、世界を救うことが・・・」

 そんなこと、俺ができるわけがない。無鉄砲で自由奔放で、誰でも巻き込んでしまうほどの力があるアカリだからこそ、あの夢は現実味を帯びていた。それとは真反対の俺が、その夢を、抱いて、いいのだろうか。

 けれど、アカリはもうすぐ・・・・。だから、ここで否定してしまったらアカリは安心して逝けないだろう。だから俺は

「・・・わかった」

 と肯定する。それは便りのないものなのかもしれないけど、これで君が安らかに逝けるのなら、俺は躊躇しながらも縦に首を振る。

「・・・ありがと、ごめんね、無理させちゃって」

 俺が無理して頷いていることもどうやら気づかれていた。

「ごめん、もう、時間ないっぽいや・・・」

「え、お、おい!アカリ!」

「あ・・・、そうだ・・・・・、最後に、一つだけ・・・・・・・・・、ナゴミ、私ね、あなたのことが・・・・・・・す・・・・・・き・・・・・・・・・・」

 胸で感じ取っていたアカリの鼓動が消える。

 アカリの亡骸が地面にバタリという音を残してナゴミの体から崩れるように倒れた。

「・・・・・・くそっ、くそっ、なんで!くそっ!」

 ナゴミの頬から数滴の涙がこぼれる。


俺はアカリを殺した。


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