11話 クイジナーター
サビネが掌から炎を迸らせる。
火に焼かれたアトラナートが肉体を露出させ、一瞬動きを止めた。ロブがその隙を突こうと足を踏み出し、
「ロブ、危ない!」
その襟首を掴んでファルがロブの体を引き戻した。
炎に巻かれたアトラナートを踏み越えるようにして、もう一体の蜘蛛が跳躍。尻から糸を噴射してきた。
ファルが右手に持つレイピアを振り上げると同時に地面から風が巻き起こり、糸を吹き飛ばす。
飛びかかってきたアトラナートの、実体化している胴体部分にロブが槍の柄を叩き込んだ。
アトラナートは背中から地に落ち、立ち上がろうともがいている。
「くっそおッ! みんな下がれ!」
ロブ達は追撃を受けないよう、後ろ足に距離をとった。
サビネの魔法にやられたアトラナートも『イマジナリー化』部分を復活させている。
膠着状態だ。だが、このままでは――。
興味深げにロブ達の戦闘を観察する俺の耳に再びロブの声が響いた。背後だ。
『アルド! もう限界だ! もう、持ちこたえられない!』
振り向くと、リスがつぶらな目で俺を凝視している。もう一度ロブが魔法を使ったらしい。
「わかった。……ファルを寝かせろ」
俺がリスに小声で呟くと同時、樹木によって構成された部屋の中から鈍い音がした。その直後にサビネの叫び声も聞こえてくる。
「ロブ!? あんた……」
「落ち着け、チビッ子。――アルドが来た」
再度、角から様子を見た。
ファルがうつ伏せに倒れ、驚愕した様子のサビネをロブが宥めている。ロブがファルを殴り倒して気絶させたらしい。
俺は目を細めて笑い、包帯をほどいてイマジナリー化した左腕を露出させた。その腕をアトラナート共に向ける。
「――
ぴぴぽぱっぱぽぽぴぽ。銃がアトラナートを分析していく。虚獣の肉体を構成する情報量を解析。続いて呪文を詠唱しながら引き金を絞る。
「
変動する値を固定。アトラナートの足の表面が青く染まり、動きが止まった。
俺の存在を察したのだろう、ロブとサビネが俺が潜む方向に目を向けた。
ゆっくり歩き、巨大な蜘蛛に背後から近づく。
アトラナートまで後5歩という距離まで接近したとき、虚獣が突然声を上げた。
「アアぁ……ノイジー!」
「ノイジー! ――ワれわレを殺シに来たノカ!?」
俺は溜め息をついた。虚獣が俺の出す『異音』に気付くのは大した距離じゃないということがわかったことによる安堵の溜め息だ。
見えない銃を持った左手を構える。
「
左手の先に蒼炎のような青白い光が
筒状だった銃身が伸び、更に鋭く研ぎ澄まされていき、
俺は剣と化したアンチ・イマジナリー・イコライザーを振るう。
剣を一薙ぎするたび、アトラナートのイマジナリー化した足が切断されて宙を舞った。
動きの止まったアトラナートの足は、一切の抵抗感を俺の腕に残さず切り裂ける。俺は雑草のようにアトラナートの虚数化している部位を刈り取っていった。
三体の蜘蛛の虚獣が持つ全ての足を切り飛ばした。足を失ったことでアトラナートはイマジナリー化した体積を大きく減らすこととなり、これで魔法によって実体化させるのが容易になったはずだ。
「サビネさん。――今です」
「あいよっ」
サビネが手のひらに火球を3つ生み出し、アトラナートどもに投げつける。
ごう、という音をさせ、3体の蜘蛛の体が燃えあがった。炎が文字列を吹き飛ばし、虚数部分を完全に除去することに成功。
ロブとサビネがそれぞれの武器を振るい、とどめをさした。
「アルドきゅん……来るの遅いよっ。あたしでも虚獣三匹はきついって」
サビネが恨みがましい目で俺を見た。俺は頭を下げる。
「申し訳ありません。思ったより遠くて」
「違うだろ? ファルにお前の力を見られたくなかったんだろうが」
ロブ。槍の柄を肩にもたせかけ、半目になっている。
俺は頭を掻き、
「悪かったよ。――恐らく、ファルは俺の力に感づいている。城で言いふらされちゃ困るんだ」
「徹底してるぜ。……まあ、虚獣を殺すことに命懸けてるお前に着いてきたんだ。文句は言わねえよ」
俺はにやりと笑ってロブと右拳を打ち合わせた。
と、サビネが心配そうな視線をよこしていることに気づいて眉を上げる。
「どうしました?」
サビネは地面から俺の包帯を拾い、捧げるように差し出した。
「アルドきゅん、大丈夫? ……腕」
「ああ、早く封印をしないといけませんね」
俺の『イマジナリー化』した左腕は、徐々に俺の体を侵食してきている。もしドワーフ特製の魔術が込められた包帯で腕を覆っていなければ、脳まで『イマジナリー化』して俺はとっくに虚獣へと変わり果てていただろう。
礼を言って包帯を受け取り、左腕へと巻き付ける。
この包帯は、イマジナリー化した物質に親和性の高い虚獣の肉体から取り出した素材で出来ている。虚数の塊と化した腕に触れられるのはそのためだ。
「ご心配をおかけしまして」
へらりと笑う俺に、サビネが眉を吊り上げた。手を握り、押し殺した声を発する。
「ホントだよ……! アルドきゅんは自分のことなんてどうでもいいと思ってるんだろうけど、あたしは……!」
俺はサビネの肩に右手を置いた。
「すみません。でも、自分の体のことはよくわかっています。これくらいじゃなんともありません」
優しくサビネの肩を押す。彼女は何だか寂しそうな顔をし、目を伏せて下がった。
「いちゃついてるとこ悪いんだけどよォ。早く行かね? ファルも起こさねえといけねえしよ」
退屈そうに槍の柄をくるくる回すロブの尻にサビネの強烈な蹴りが突き刺さった。
「あんぎゃー!」
ロブの絶叫を聞き、俺は笑った。
――大丈夫。俺はまだやれる。まだ。
世界最強のあっちむいてホイで虚ろな化物を撃ち抜け! わしわし麺 @uzimp5
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