アササボンサン

安良巻祐介

 

 南洋帰りの同僚がおみやげにとくれた木製の女神像が、部屋の片隅に立てかけて置いてある。

 女神と言っても見目麗しいものではなく、禿頭の太った泥人形が化粧したような見た目で、全身を隈なくペイズリーに似た刺青紋様が取り巻き、特徴的な棘の生えた、彩色鮮やかな舌を長く伸ばしている。

 しかし、その造形にひどく引き込まれるような雰囲気があり、南洋趣味などないのに、何となくずっと出したままにしていた。

 そうしているうちに最近気付いたのだが、この女神、どうやら血を吸うらしいのである。

 というのは、この像を部屋に置いてから、眩暈がしたり、力が入らなくなったり、貧血のようになることが多くなった。

 それだけならば単に私の不健康なのだが、ある時ふと、くらくらと来た時に棚へ手をかけ、傍らの女神像を見た時、その口元に、べったりと真新しい黒い染みと赤い粘り気のある血がついていることに、気がついたのだ。

 最初は勿論それを自分の血などと思わず、ぎょっとして何が原因か探し回った。猫か鼠か、そういうものが自分の部屋で死んでいるのではないかと考えたのだ。

 しかし、風呂に入る前にシャツを脱いで、何気なく鏡の前に立った時、私はあっと声を上げた。

 女神のあの舌と、特徴的な棘の形が、背中の皮膚にはっきりと刻まれて、その周りに乾いた血がこびりついている。

 ぼんやりと灯りを反射する薄青い鏡の中、木像が口角を釣り上げて笑ったような気がして、私は、全身に鳥肌の立つような感覚を覚えた。

 女神の体の模様は、前よりも美しく、色鮮やかになっていた。……


 私と女神との関係は、その時から一変した。

「ただいま」

 仕事から帰って来た夜、電燈の灯りの下で、日に日に美しくなるその色、その紋様を眺めることが、私にはひそかな喜びとなった。

 代わり映えのしない退屈な日常の中で、私の血を吸い、艶を増してゆく木像。

 それはモノクロームな画面の片端に生まれた色彩であり、私の心に潤いをもたらした。

 私は貧血を補えるよう鉄分を多く取ることを心掛けるようになり、それはやがて日々の食事のバランスに気を配ることにもつながって、いつの間にやら、以前の不摂生な生活がすっかり改善されてしまった。

 今では、会社の健康診断でも毎回太鼓判を押されるくらい、バランスの良い健康体である。

 これも全て、女神さまのお陰であろう。

 ただ、最近の不満を言うとすれば、木像の変化に、以前ほど劇的なものを感じなくなってきたことか。

 だから私はそのうち、寝床にまで我が女神を導き、同衾の不敬をも、犯してみるつもりである。

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アササボンサン 安良巻祐介 @aramaki88

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