『リブート』――――愚者(中)

「十分だ。螻蛄の活動限界までなぶってやるよ」


 神の力が猛威を振るう。ゾン子も、ティアナも、完全に防戦一方だった。ゾン子は水のタリスマンが使えないという大きなハンデがあったが、どちらにしても展開は大差なかっただろう。二人が全力で戦っても、軽くいなされてしまうに違いない。


「オマエ! ホカノカードハ!?」

「あれとあれは無理! それはコストが無理! これは……こんなふざけたコストを払えばいけるかも?」


 エリステアの力は確かに脅威だ。しかし、その大柄な身体は愚民の二人を押し潰すには小回りが足りないようだ。

 だが、愚者の余裕は崩れない。彼は完全に遊んでいた。ここから一歩も動かない限り、エリステアは永遠に戦い続ける。一方、ティアナは元々十分の活動限界がある上に、ゾン子の動きを完全に止めてしまえばもう戦えなくなる。このまま泳がせておけば泳がせておくだけ、こちらが一方的に有利になっていく。なにより。


(俺の戦略でホラー女子二人が慌ててふためく姿は――気分がいい!)


 カンパニーのニッチな変態どもにやたら人気がある死体と虫人が、血眼で活路を探している。若干前屈みになりながらその光景を目に焼き付け、しかしそろそろ飽きてくる。


「ヤクニタタナイカードバカリ……ドウシテ、ワタシ、エランダ」

「お前が1番まともに頼れそうだったからだよおぉ!!?」

「………………………………………………ソウ」

(キテる!)


 だが、神様的にはあまりキテいなかったみたいだ。インターバルを終え、再び光刃が乱射される。ティアナが必死に避ける。ゾン子が両断されて転がった。


「ドウケ!!」


 なんかやたら張り切ったティアナが攻撃の合間を縫って突貫する。愚者は腕を伸ばして迎撃する。向かうと見せかけての大斬撃。しかし、転移したエリステアが軽々防ぐ。愚者の腕がティアナの肢体に絡み付いた。光刃の一撃で終わり。敏い彼女は、瞬時に全てを理解してしまった。肉体が真っ二つになる感覚に備えて目を瞑る。



「――――止まるんじゃねえぞ!!」







 ファイブカード。

 戦闘実験。アルファベットシリーズ。カリカチュア。社長戦争。そして、アッシュワールド。一連の戦いの中でカンパニーにデータを取られた者を、カードとして再現したもの。数多の犠牲と魂、その末に完成したカード。『ボット』『フォーム』『スキル』の召喚形態は、それぞれ一つずつしか同時に使用できない。そして、それらの全てになんらかのコストが必要とされている。

 その内の一枚に、こんなコストがあった。


 コスト、『死ぬこと』。


 実質、役に立たないゴミみたいなカード。なにせ、使用者が死亡したら、必然、カードも消え去るのだ。死んだら終わりのゲームで、死ぬことが召喚条件。そんな不合理も、色んな世界を見渡せば合理にもなる。なるほど、世界は広い。



「召喚形態『フォーム』、異世界元社長召喚!!」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885392101/episodes/1177354054885870597







 幻想的な音楽が鳴り響く。決して止まらない希望の花が咲いた。スラリとした長身、黒いスーツに緩めた赤ネクタイ。颯爽とティアナを助け出した男が、足だけ妙なステップを踏みながらオートマチックピストルを向ける。


「エリステア」


 転移。十二弾命中。しかし、口径が小さなピストル程度では神は無傷。


「なんだよ、結構当たんじゃねぇか…………」


 腕を伸ばす愚者。男は胸ポケットから小型の端末を取り出す。アレが何か知らない愚者ではない。突かれた虚に、伸ばした腕がまとめて切り裂かれた。ティアナの大斬撃が隙を穿ったのだ。大悪魔シトリーのカードが砕けた。


「止めろぉ、エリステアあ!!?」


 男が光刃に両断された。しかし、奏でられる謎の音楽。男は何事も無かったかのように立っている。死ぬべき運命フリージア。この世界で、男は不死身だ。端末のボタンが押される。


「社長特権のプロトコルか――!」


 あの戦闘実験、愚者は愉快に見物していただけだった。思えば、あの場が死体少女がカンパニーに関わってきた分岐点だった。始まりの戦闘実験。その実験動物たち百体が亜空間越しに解き放たれる。vs100。


「エリステアああぁ――――!!」


 だが、どれだけモンスターに群がられたところでこちらは神。愚者の前に立ちはだかる創造神。身体を繭と化し、迫る波状攻撃を全て弾き返す。貫通効果がある光弾が実験動物をまとめてねじ伏せる。


「よお、無事かい?」

「……ァァ、パパ…………?」

「安心しな、ここは俺が受け持った」


 くたりと甘える螻蛄の頭を撫でる。甘い吐息で顔を埋めるティアナは、その暖かさに心を溶かされ――――その足が忙しなくステップを踏んでいるのに気付いた。


「オ、マ、エ」

「わわ、わわわ、んな怒んなよ!!?」


 異世界元社長に姿を変えたゾン子が慌てる。僅か数十秒で、実験動物は半減していた。数が増えて密集していた分だけ、あの繭の力が決定打となったのだ。


「――だが、今度はこっちのターンだ。いけるな?」

「ムテキノマユ、フルキズガアル。カナラズ、タオス」


 ティアナの大斬撃が愚者を狙う。しかし、エリステアを盾に弾かれる。ゾン子とティアナは同時に走り出した。


「まさか、こんな形でタッグを組むとはな!」

「ソノカオデ、シャベルナ」


 斜め上のまさか過ぎた。しかも、いつもと違うサイズ差に対応できず、ゾン子がずっこけた。きぼーのはなー。


「色気づくなよ虫けら! お前も活動限界が近いはずだ!」

「ドウケ。ワタシ、タタカエナイ、チガウ」


 手の鉈で果敢に弱点を狙う。エネルギーが凄まじい勢いで消費される。だが、彼女の活動限界は、単なるエネルギー切れで餓死するだけのものだ。物理的に動けなくなるわけではない。巨大な百足を輪切りにすると、血肉を貪る。脇に落ちていた人参をひっ掴み、嵌まっている指輪を外して丸飲みする。まさに悪食。エネルギー補給したティアナが再び動く。


「おい! エリステア! お前神だろなんとかしろよ!!」


 愚者の怒号で、繭が弾けた。元の巨人形態。光刃が乱れ撃ちにされる。

 糞の巨人が八つ裂きにされながらその身を乗しかける。エリステアの動きが止まった。鸚鵡貝人の魔法と鴨嘴人のプラズマが殺到する。スカラベが蒸発し、それでもエリステアには致命傷にならない。爆撃に紛れた螻蛄の手鉈も胸の傷に届く前に翼で弾かれた。

 チートの数々が、神の力に蹂躙される。実験動物、残り三十。

 ゾン子は巻き添えを食らって蒸発していた。


「きぼーのはなー♪」

「おぅっと、動かねば動かねば……」

「大丈夫? 元気出して!」


 倒れながらじたばたするゾン子の目に、鳥の足が写る。目線を上げると、可愛らしいリボンがついたライムグリーンのおぱんつ。ゾン子の動きが止まっていた。ガン見である。


「ほらほら大変だけど動かないと!」

「うお、やべ!? あん……カナリー?」


 不覚である。

 立ち上がったゾン子は、黄色い翼に向かえられた。さっきから謎の音楽がこの子の歌声に変わっている。心なしか復活時の気分がいい。


「なんにも出来ないけど、私の出来ることを頑張るんだ!」

「なんにも出来ないから、一緒にここで見てようぜ?」

「ダメ人間!!」


 翼で叩かれた。羽毛に埋もれてゾン子が涎を垂らした。


「冗談だ。さあ虫けら、新しいご飯だぜ!」

「妹系プレデターバンザーイ!」「くえくええ!!」

「キモ……」


 海老と七面鳥を軽く平らげる螻蛄。フードファイターもいけるかもしれない、と先人たるゾン子は力強く頷いた。それでも神の脅威は止まらない。実験動物も残り五体まで減らされた。亜空間から補充するだけのプロトコルなので、追加の召喚は出来ない。


「がんばれー!!」


 金糸雀の応援が響く。シトリーの腕を失った愚者は攻撃に混じれない。ここで、実験動物たちが神と拮抗し始めていた。残ったのは強力なチート能力をもつ者たちではなく、単純に武芸に優れた戦士たちだ。


「まさか、再び戦場に立つこととなるとはな」

「強欲に染まった魂、断ち切ってくれる」

「ココデ、ウツ」


 熊猫の瞬歩が神すら惑わせる。胡狼人とティアナのコンビネーションが古傷を執拗に狙う。ゴリラとゾン子が光刃に両断された。だが、これでまたインターバルが挟まる。ここが正念場だと、ティアナと生き残った実験動物たちが総攻撃をかけた。


「エリステア! 繭だ!」


 全ての攻撃を防ぐ繭化。指示通り動いたエリステアが、全ての攻撃を弾き返した。光弾が撒き散らされる。パターンに入った。ほくそ笑む愚者に、その耳に。

 乾いた銃声。

 十二発分の弾丸が、小柄な身体のすぐ脇を通り抜けた。繭化すれば転移は使えない。このタイミングでの銃撃。ビビり、よろめき、動いた一歩でエリステアが砂のように崩れ落ちていく。呆気ない幕切れ。その弾丸を放ったのはもちろん。


「なんだよ、結局当たんねえんじゃねえか……(笑)」


 男の顔に、にんまりと浮かぶ、似合わないしたり顔。派手にステップを踏むゾン子が、完全に隙を突いた。カードのコストが支払われなければ、その効果も消える。


「ドウケ――――オワリダ」


 トドメの追撃。ティアナの大斬撃が愚者を切り裂く。エリステアの光刃には遠く及ばないが、それでも人の身に受ければ致命傷だ。だ。



「は、はは………………?


 ああ、マジかよ…………こんな、こんな……とこで、


 ゲーム、オーバー……………………………………?


 ……嫌だ、死にたく…………しに……あぁ――――……」



 コスト、『を受けること』。



「俺、は……僕は――――死にましぇーん!!」


 愚者の持つカード。召喚形態『フォーム』、シトリーの腕をなくした愚者には、その召喚が可能だった。そして、エリステアを失った代わりに『スキル』だけではなく『ボット』も使える。対するゾン子は『ボット』『フォーム』を既に召喚中。カードはまだ全て残っているが、手は読みやすい。

 ここから大逆転出来れば、だろう。



「お楽しみはこれからだ!


 召喚形態『フォーム』、副業傭兵エシュを召喚――――!!」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886907292/episodes/1177354054887343769

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