『リブート』――――愚者(前)

 『プレイヤーズアンノウン』。

 十。

 機械的なカウントダウンが耳につく。派手に揺れながら降下するエレベーター。その中から、何故か百メートル四方の立方体の部屋が見えた。分厚い鋼鉄が、真っ白なペイントに染められている。ゾン子は直感的に理解した。この百メートル四方の立方体と、控え室を兼ねたエレベーター。それらが、この世界の全てなのだ。

 五。

 そして、世界の箱に奴の姿があった。小柄な男。赤色のシャツ、緑のズボン、肩にかけただけの白い肌掛け。前掛けのようなシャツに、左右のスリット部分に紐を通したズボン。そして、マジックテープの靴とじゃらじゃらした小物類。ゾン子は一度だけ面識があった。ゴム頭ポン太郎、道化、愚者――――その名前は、ユージョー・メニーマネー。

 三。

 ゾン子は、耳の中に突っ込まれていたインカムを握り潰した。ルールは、愚者から説明を受けていた。自ら選んだ五枚のカードを手の内で弄ぶ。これが、ゾン子に与えられた武器だった。

 二。

 互いの魂と人格を賭けダークゲーム。これは、今まで関わってきたカンパニーとの最後のゲーム。ゾン子はただ一人、ゲームの会場に降り立つ。

 一。


「さあて、死体を検分しちゃうよん♪」

「ようこそプレイヤー! これより最後のデュエルの開戦です!」


 勝敗を決するのは、どちらかの死か、どちらかのカードが全損すること。


「「決闘デュエル!!」」


 ゾン子vsユージョー・メニーマネー、誰も知り得ぬ最終決戦へ。







「あの時のイケメン君が全ての黒幕だったなんてな!」

「まあまあ、悪役同士仲良く遊ぼうじゃないか!」


 にへらと薄っぺらい笑みを張り付ける愚者に、ゾン子は両手を広げてみせた。ゾン子が負ければ、その肉体は愚者に取り込まれる。ゲームキャラではない、本物のプレイヤーとなるために。そのためにここまで仕掛けてきたのだ。ゾン子は両手の五指を蠢かせる。

 三分が経過した。


「レディース&ジェントルメン! お互いにライフは4000! 先攻後攻はコイントスで決める! さあ、ラストデュエルの開始だ!」

「いやちょっと待て! タリスマンがなんか不調なんだよ! なんだってんだよもぅ……」

「いや、この世界に精霊はいないからタリスマンは使えないよ?」

「マジでッ!?」


 にこやかに愚者が頷いた。ゾン子、最大の武器を奪われる。愚者は気にせず金貨を取り出した。このコイントスのために作ったオーダーメイドだった。勢い良く弾き、一方的に表を選択する。コインが地面に落ちた。どちらが表でどちらが裏なのか、さっぱり分からない。そして、愚者は一方的にガッツポーズを上げた。表らしい。


「先攻はもらった! 俺のターン、ドロ「おら喰らえ!!」ってマジかよ!?」


 大地を蹴ったゾン子が勢い良く拳を振り上げる。危うい足取りで何発か避けた愚者が、細身の足をゾン子の腹に打ち込む。これだけ散々ルールを説明してやって、案の定何も分かっていなかった。懲りずに向かってくるゾン子に、愚者はカードを一枚捲る。


「だったら身体で分からせてやるよ! 召喚形態、『ボット』! 三体を生け贄(※特に意味はない)に――」


 カードから、強烈な風圧が解き放たれる。ゾン子は吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。


「出でよ創造神! エリステアを攻撃表示(※特に意味はない)で召喚!」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886933019


 機械質の白い巨人。十メートルを越えるその巨体には、その胸部に大きな傷があるだけで、他は全身滑らかな見た目だった。


「やべえモンスターを召喚した!?」

「モンスターではない――神だッ!!」


 巨人が光の翼を広げた。そして、その両手から光の刃が放たれる。それはあらゆる物質を切り裂く光刃。ゾン子は咄嗟に一枚のカードを盾にした。


「甘いぞゾン子! 神にトラップは通用しない!」

「召喚形態、『ボット』ぉぉおお――――!!」


 光が抜けた後、そこにずんぐりとした黒鎧が立っていた。所々へばり付いているエメラルドグリーンのジェルが怪しく輝く。エリステアには及ばないが、それでも二メートル半の巨体は中々の威圧感だった。その姿に、愚者の顔がひきつる。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885760655/episodes/1177354054887525118

 ちなみに、ゾン子は普通に両断されてその辺に転がっていた。召喚は間に合わなかったらしい。


「ドウケ――――!!」

「おいおい、マジかよ……」


 愚者は、エリステアの召喚から一歩も動かずに腕組みをしている。召喚されたのは、ティアナ=O=カンパニー。それなりの強敵であることは確かだが、所詮それなりだ。創造神エリステアには遠く及ばない。そもそも、一度倒した相手である。愚者の顔には余裕が戻っていた。

 むくり、とゾン子が復活する。


「……よお、久しぶりだな」

「オマエ、タテニシヨウトシタ?」


 ゾン子、吹けない口笛で誤魔化す。その間も、両手の指が忙しなく蠢いている。


「だからいつもの水攻撃は使えないんだって……いや、まさか、それがコストなのか?」

「ん……ああ。なんか『一分以上止まってはいけない』が召喚コストらしいぞ?」

「イウナヨ」


 ファイブカードを使役するためのデメリット。『ボット』『フォーム』『スキル』の召喚形態と、そのカード自体の強弱。それによって、使用者の行動に制限が課されたり自らの一部を犠牲にしなければならない。それこそが、ファイブカードのコストだった。


「はっはっは! ゾン子ちゃんは初心者だからねー! しょうがない、サービスだ。エリステアのコストは『召喚時から一歩も動けない』だよ!」


 あっさりとネタばらしをする愚者は、妙に余裕たっぷりだ。それも、異世界の創造神を使役しているからだろうか。エリステアの拳が強化外骨格『ちゅう』に振り落とされた。超鉄鋼ジェルが大質量を受け止めるが、その足が縫い止められる。

 放たれる光刃。問答無用の一撃必殺。


「あっぶね!」


 ゾン子の怪力が、ティアナを突き飛ばした。二人して辛うじて必殺の間合いから逃れる。ゾン子、派手なタックルから流れるように立ち上がって踊り出す。


「いやもうコストとか関係ねえよ! どうやってあんなもん倒すんだよ!?」

「タオスヒツヨウハ、ナイ」

「へ?」


 追撃を避けながら、二人は小声で話し合う。

 ファイブカードの召喚には、コストを支払う必要がある。それは絶対のルールであり、コストの支払いが途切れれば召喚は無効になる。裏返せば、召喚主にコストを払わせなければどんな召喚も無効化出来る。だから、愚者を。たったそれだけで創造神は撃破可能だ。


「なるへそ」

「ヨユウ、カマシスギ。ドウケタオセバ、カードヲキニスルヒツヨウナシ」


 コストを知られれば、それだけでアドバンテージを奪われることになる。そのカードが強力であればあるほど、そのアドバンテージは大きい。ティアナは背から翅のように伸びる深緑のホースを振るう。


「おいおいドジっ子ちゃんか? この世界にはなんにもないぞ! 切り札の蟲毒こどくも形無しだ! さあ全てを叩き潰せ、エリステア!!」

「アルゾ」「使え!!」


 ゾン子が飛び、エリステアの光刃をまともに受ける。盾にすらならないが、目眩ましにさえなれば十分。両断された死体に、深緑のホースが突き刺さった。すれすれで光刃を避けるティアナ。


「ヒトノニクタイ、ホウモツコ」

「マジかよこのホラーコンビ」


 どろりとした赤い液体が蟲毒として放射される。恐ろしくてここから逃げ出したい愚者だが、文字通り一歩も動けないので上半身だけ仰け反った。液体毒は空中ですらなにかの分子を焼いて煙を上げている。まともに被れば即死は免れない。そして、頼みの創造神は大技直後で硬直していた。


(キマル――――)


 今から逃げてももう遅い。そのタイミングで愚者の前に現れたのは光の翼。エリステアの有する神の力の一つ、転移。そして創造神は劇薬を被ってもほんのり表面を焦がすだけでほぼ無傷だった。再び、転移。ティアナの強化外骨格の背後に移り、裏拳でその鎧を浮かす。空間に形作られる光の刃たち。


「――はっ、その状態であたしと戦えるかい!?」


 エリステアが放つ攻撃。その瞬間を見計らって、復活したゾン子が飛び出した。一歩も動けない愚者と、とにかく動かないといけないゾン子。肉弾戦でどちらが有利なのかは言うまでもない。

 だが。


「ゴッムゴムの~~、なんちって」


 愚者の右腕が当然のように伸びて、ゾン子を殴り飛ばした。蟲毒の噴射による高速機動で光刃を回避し続けるティアナが、伸びて分化した触手のような左腕に絡み取られる。


「俺は場の伏せカードを発動していたのさ! 永続トラップ発動(※特に意味はない)! 召喚形態『フォーム』、大悪魔シトリーを召喚!」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886871121/episodes/1177354054886988783


 コストは、肉体の一部しか変化出来ないこと。愚者はそれを利用して腕だけの変形能力を隠し持っていた。

 今度は、愚者はコストを口にしなかった。いや、さっきうっかりコストを口にしてしまったことこそが、罠だった。愚者が直接的な戦闘力を放棄したと思わせるような、巧みな誘導だ。愚者の決闘技巧デュエルタクティスは、ゾン子の経験やティアナの頭脳を遥かに凌駕している。


「そして、ティアナ=O=カンパニーを撃破!」


 動きを封じられた強化外骨格を、光刃が両断した。あらゆる物質を切り裂く神の力は、超鉄鋼をいとも簡単に断ち切った。


「うらぁあ!!」


 ゾン子の怪力が戒めを弾く。『蟲』の中は空っぽだった。その手は一度使われている。愚者は上に腕を伸ばした。神の力を行使し続けたエリステアは、再び光刃を放つためにはインターバルが必要だ。目を向けるまでもなく、緊急脱出装置で上空に飛んだ異世界螻蛄の姿。


「させっかっての!!」


 伸びる腕を、ゾン子が力づくで押さえつける。大きく軌道を逸らされた腕は、生身のティアナの上に逸れ、彼女はそれを足場にする。創造神エリステアへと。


「ジャクテン、ムネノキズ」


 彼女もまた、社長戦争の参加者だった。権限を濫用して、要注意攻略対象のデータは頭に叩き込んでいる。エリステアが動く前、速度と重力を上乗せした超鉄鋼の破片の突きが、エリステアの古傷に放たれた。


「…………あーあー、意外とやるねえ」


 愚者が、両腕を元に戻す。弾き飛ばされたゾン子は、渾身の一撃を放ったまま固まるティアナを見た。

 やれやれ、と愚者は肩を竦めた。その背後には、光の翼を広げる創造神の姿。。あと一歩で神には届かない。そして、愚者は軽い調子で言うのだ。


「じゃ――――そろそろ俺のターン始めていいかな?」

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