エピローグ
エシュとフェレイが戻ってきたのは、僅か十数分経ったばかりだった。芳しくない表情で戻ってきた二人に、ゾン子は口を開こうとする。しかし、エシュは武骨な手でそれを制し、そのまま元来た道を引き返す。
「撤退する。転送装置まで急ぐぞ」
最早、女帝の自爆テロがうまくいったかなんて気にする猶予はない。全てを後にする異常事態だった。
「……レグパ、再確認するけど屍兵化しなくていいんだね?」
「今、はっきり、分かった。これは最早我々の手に負えるものではない。我々の戦いは、我々の世界の内で完結させるべきだった。それが当然の節理だった」
訳の分からぬまま、ゾン子は二人に付き従う。空気が明らかに変わっていた。これまでは、まるでゲームに熱狂するような浮かれ具合だった。それが、この短時間に現実に引き戻されたか、元の冷徹な死体に戻っていたのだ。
(あーあ、二人とも無邪気で可愛かったのになぁー…………)
ゾン子はゾン子で元からこんな感じだったので変わらない。異世界というセッティングは、屍神を無邪気に楽しませていた。その化けの皮が、ようやく剥がれたのだ。
「なぁ、本当にいいのか?」
ゾン子の言葉に、エシュとフェレイは足を止めた。
「本当に、こんな呆気ない終わりでいいのか?」
このまま帰れば、全てが終わる。そこにマイナスはなく、だからこそ一切のプラスもない。夢から醒めたように、灰色の現実に引き戻されるだけだ。
「何を言っている。我らの魂は『王』の庇護下。その役目を果たすのみだ」
「君は考えず、発言をするな。迂闊な言葉で掻き乱すのは僕が赦さない」
ここまで言われてしまえば、やりたい放題のゾン子も下手を打てない。ゲームはもう、終わりだ。一刻も早く、アッシュワールドから脱出を。
「アタシはさ、悪くないなと思ったよ」
その道中、ゾン子が独り言を呟く。当然ながら、返事はない。
「レグ兄、螻蛄ちゃんはどうだったよ? クローンのちびっ子といてどうだったんだ? オグン、お前もあの用兵家とやたらベッタリだったじゃん。楽しくやれてたんじゃないのか?」
返事はない。言葉はない。それこそがまさに無慈悲な宣告のような気がして、ゾン子は何も言えなくなってしまった。
気付けば、目の前の転送装置が起動し始めていた。
◆
異世界への転送装置と聞いて、かなり大仰なものを思い浮かべていた。ちょうど三人が入ってぎゅうぎゅう詰めくらいの大きさに、なんとなく拍子抜けしてしまう。無機質な真っ白い部屋にぽつんと置かれた謎のカプセル。
女帝による撹乱はうまくいっているらしい。ここまで監視の目をすり抜けられてきた。この部屋の監視装置は、何の異常もない偽の映像に差し替えられているはずだ。
「で、これをどうするの?」
「待て。起動したらパスコードを入力して終わりだ」
ぶぅん、とカプセルに光が灯った。この転送は一度きり。履歴も完全に削除された上、自動で電源も落ちるようになっている。起動するためには、また色々ごちゃごちゃして操作が必要みたいだった。これでアッシュワールドからの追跡は完全に撒けるだろう。女帝様々である。
「乗るぞ」
進むエシュに、フェレイが続く。二人とも奥に詰めてスペースを確保するが、ゾン子が一向に乗って来ない。不審に思い、二人して振り向く。
「なあ――――――」
ゾン子は、動かなかった。フェレイが苛ついたように連れ出そうとするが、その足がぴたりと止まった。ゾン子は、右手を上げていた。そして、その手で弄ぶものは。
「残してきちまったものがあるみたいなんだ。ちょっと、
黒いカード――――即ち、ダークカード『プレイメーカー』。
物語は、ここで終わりだ。
だからここから先は、誰にもどこにも語られない暗黒のページ。
プレイヤーズアンノウン、誰も知り得ない最終決戦の幕が上がる。
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