『リブート』――――世界

 1番コロニー。

 警備が厳重で、普段は人がいないはずだった。無機質な要塞が視界を遮る。その前に、悲鳴と怒号を喚き散らす人だかりが集まっていた。エシュ、フェレイ、ゾン子の三人は誰もがこのコロニーを経由しているはずだが、その実情は全くの未知だった。

 ある、情報筋を除けば。


「エシュ、女帝の情報はまだ信用出来そうかな。この数が全員ハンターなんて信じられないけど」

「情報は信用する。事実、女帝は現在かなり深いところまで潜っている。欺かれたのは、愚者の動きだけだ」

「ふふーん、なるほどね」


 ちっとも分かっていなさそうなゾン子を無視して、エシュは人だかりに向かった。その内の一人を引きずり倒し、衣服をひん剥く。その背中には、なにかの烙印が黒々と煌めいていた。呪いの烙印に、エシュは手を乗せた。脈打つエネルギーが、発動の秒読みを予感させた。暴れる群衆を手で制止、殴りかかってくる奴等を片手間で受け流す。


「おい」


 エシュは、人を掻き分けて進んだ。人ではないものも混ざっていた。そして、その中には魂が抜けたようにごろんと倒れている姿もいくつかあった。


「これは、愚者の仕業か? ダークゲームの敗者で間違いないか?」


 肯定の叫びが返ってきた。エシュはぐるりと周囲を見渡した。ハンターはどうやらいなさそうだった。自分達が一番乗りだったのか、それとも自分達がピンポイントに誘い出されただけなのか。


「愚者の仕業? なんのこっちゃ?」

「ダークゲーム、その刻印だよ。三日間で五億人に『リブート』の侵攻を知らせなければ魂が剥奪される。彼らは一方的に愚者との間にそんなゲームを強いられていた。ここまで全く表に出てこなかった『リブート』が表沙汰になった理由さ」


 フェレイは群衆から離れた位置で目を光らせる。やはり、ハンターはいないようだ。後ろから追い付かれる気配もない。


「我々は! これから卑劣な愚者を討伐する者である! 一度は奴の罠に踊らされたが、ついにここまで追い詰めた! 奴をここで倒せば、その呪いは解かれるものだろう!」


 喝采の声が沸き上がった。人の群れが割れる。絶望に沈んだ彼らに降りた蜘蛛の糸。その一筋の光明が、闇を照らす。しかも、副業傭兵エシュはカンパニー内ではそれなりに有名だった。素性の知れぬ『骨被りスカルマスク』。愚者の使いには、その姿は光満ちる神の如く映っただろう。

 エシュが、要塞の扉に手を当てる。

 その入り口が、重い音を上げてゆっくりと開いた。

 人々の口から感嘆の声が漏れた。あれだけ叩いてもびくともしない鋼鉄の扉が、いとも簡単に。エシュが十ヶ所に指を向けると、フェレイがノーモーションで火矢を放った。フェレイとゾン子がエシュに続く。こっそり耳打ちするゾン子。


(え、なに? 何が起きたの?)

(いや、分かれよ。中に女帝がいるんだから警備系統にはある程度介入出来る。僕は示された監視カメラを全て破壊しただけだ)


 三人が要塞に足を踏み入れ、続こうとする群衆をエシュは手で制した。


「ここで入り口を守れ! 愚者の追っ手を食い止めよ!」


 入り口は、わざと開けっ放しにしてある。これから女帝をするのだ。いざというとき脱出出来ませんでした、では笑い話にもならない。鉄の道を歩く。向かうはコロニーの中心にして最深部、『封印地区』である。進むエシュに、ゾン子は声をかけた。


「愚者ってのを倒せば、あいつらの呪いが解けるのか」

「ん? そうなのか?」


 あんまりな返事に、ゾン子は口を閉ざした。







「女帝の調整は?」

「抜かりないよ。立ち位置上、エルにはバレているけど問題ないよね? ウルクススフォルムには、少なくとも僕が離れるまでは喋っていないはずだけど、保証は出来ない」

「いいや、この段階で妨害が入っていないのであれば気にしなくていいだろう。しかも撤退したというのならば、本当に黙ったままなのかもしれないな」

「なんの話ー?」

「レグパとは別に、僕もを作っていたって話さ」

「じゃあ、あたしも作ったぞ!」

「ほう、そうなのか? 是非とも聞かせてもらおうか」

「聞くなよ。しかも『じゃあ』ってなんだよ…………作っていたとしても、それは自決用の核弾頭だろうに」


 あのゴシップ記事を思い出してフェレイが頭を抱えた。あのオリジナルが最後の最後で目の前に立ち塞がってきたら、もう笑うしかなくなる。そういう意味では、神竜を置いてきたのは少し痛かったかもしれない。とはいえ、連れてくればそれはそれで別の問題が浮上してしまうのだが。


「――とにかく。女帝の体内には無数の爆弾を仕掛けている。かなりの殺傷力になるはずだ。僕の手でいつでも爆破出来るけど、本人のタイミングでもいつでも自爆可能だ」

「上々。どうやら、目的のセキュリティ系統は早々に解除出来たようだ。今、移動中だ」


 自爆用の爆弾。そう聞くと、あの幼女のズーゾーンを思い出して胸がモヤモヤする。それさえ差し引けば、派手な花火感覚でわくわくしてくるものだが。


「え、なんか壊すの?」

「ああ、そうだな。このカンパニーの支配基盤を根こそぎ砕く」

「?」


 ゾン子は首を捻った。まあ、頼れる兄貴分が楽しそうなのでいいとしよう。


「レグパ、脱出経路の確保は?」

「転送装置の起動予約までもう少し。エネルギーの充電に手間取っているみたいだ」

「それは警戒した方がいい。操作系統より、よっぽど直接的に妨害しやすいのが動力源だ」

「了解した。予備プランがあるようだ。それを並行して進めさせる」

「ふ、いい進み具合だぜ」


 ゾン子が訳知り顔で頷いた。何も分かっていないことは明白だったので、二人は適当に流した。そもそもの話、口が軽すぎる彼女にはまともに計画の情報を共有していない。それが功を奏してここまで順調に進んで来た。盤面が組み上がる。詰めまで、もう一手。


「ここが、『封印地区』――――?」

「ああ……これ、やられたんじゃない?」


 廃墟と瓦礫と死体。

 それが、カンパニーで1番厳重なエリアに残されたものだった。組み立ててきたはずの盤面が、脆くも崩れ始める。


「最終フェイズだ。転送装置はこのまま30分放置すれば勝手に起動する。使

「C.E.O.フーダニットの爆殺……黒騎士様の留守を狙った甲斐がある」


 ここで、カンパニーのトップを穫る。女帝の自爆でフーダニット姫及びその側近を。お飾りの頭だとしても、暗殺の効果は大きい。たとえ失敗したとしても、カンパニーの混乱は避けられない。その混乱に乗じて、屍神は蠢き進む。


(現フーダニット体制の転覆……なーんか思い出すなあ)


 くれぐれも、現フーダニット体制を覆してくれるなよ?

 あの、コロニーマスターの警告。ゾン子ははっとした。今、彼らは禁忌に触れようとしている。


(ま――――いいか!)


 そして、ゾン子はこういう奴だった。


「……だが、愚者はどうしてここまで巧みに動けた? 女帝を超えるスペックを持つとは考えにくいが……」

「女帝にセキュリティを突破させたのを利用されたんじゃない? もしくは、ブッキングしたのかもしれないね。であれば、作業時間が異様に短かったのも頷けるよ」


 なにか、嫌な予感がする。進もうとするエシュの袖を、ゾン子が止める。前も後ろも不穏な空気で満ちていた。ここは、なにかがおかしい。


「進むか。残るか。俺は行くぞ」

「私は、残る」

「ああ。お前はこの道を守れ。脱出のために必要になる。ここが、運命の交叉路さ」

「……帰って、来いよ」


 ゾン子を残し、エシュが進む。フェレイは当たり前のようにエシュに続いた。あの軍神が付いているのならば、滅多なことはないだろう。ゾン子は後ろを振り返った。

 真っ黒な空間が、ゾン子を見つめていた。







 『封印地区』、最奥部。

 そこにはがあった。大きな鼻、口髭、短足で腹の出た日本生まれのイタリア系アメリカ人の男だろう。その体を皇帝の右腕と共に針金でギチギチに縛り上げられ、一本の柱のようになっているその姿は、しかし、今は物言わぬ死体となっている。

 そして、その前に横たわるもう一つの死体。エシュは、その姿を一目で看板した。


「ユージョー、メニーマネー…………?」


 そして、柱の男は、世界か。

 この世界の真実を担わされた男。カンパニーに纏わる、最大にして最後の戦い。

 それは、始まる前に終わっていた。

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