屍神、集結。
「うっわぁ……」
しばらく黙っていたフェレイが、呻き声を上げた。戦火の渦は、何もかもを飲みこもうと巻き立つ。闘争の運命は、多くの腕利きハンターを引き込み、あちらこちらで激戦が繰り広げられていた。そして、その中には見知った顔もあった。
「あれがエルの完全体とやらか。話半分に聞き流していたけど、『ちくしょう……完全体に……完全体になれさえすれば……! 』とか楽しそうに言っていたのも眉唾ではないようだね。レグパ、君が気にしていた天使も一緒だ。塔……とか、を相手に善戦している」
「そうか……それにしては気に入らなそうだな。あと声真似うまいな」
「……うーん、あんまり気に食わない構図だったものでねー……僕の偽物かぁ」
ゾンビベッドからフェレイが立ち上がる。
「で、本気でやる気?」
「何をいまさら」
「僕としては、このまま大人しく姿を眩ませるのが賢明だと思うよ。事実、ウルクススフォルムはそうしたみたいだ」
壁に寄りかかって座ったままのエシュを、フェレイが見下ろす。
「なぁに、所詮ゲームだよ。偽物に臆することなどないさ」
「……やはり、君はどこかおかしいよ。カンパニーには、関わるべきでは無かった。この真実を手にしてそう思ったよ。今なら引き返せる」
「軍神オグンともあろうものが、臆病風に吹かされたか?」
「確かに世界の価値は莫大だ。その能力を手中に落とせば、クローンなんて目じゃない。屍神、いやそれ以上のものを量産出来る」
「ほう。じゃあ何が不満だ」
「不満じゃない。心配なのさ」
エシュが静かに立ち上がる。こうして並んで立つと、その体格差は際立っている。しかし、それでもフェレイが引く様子は無かった。そのただずまいは、全くの互角に見える。
「あのクローンとの間に何かあったか? それとも天使の方か? 熱中し過ぎじゃないのか? まともじゃない時が一番の危機だ。分かるだろう?」
「俺は、まともだ。ここで選択しろ。やるのか、やらないのか」
「……………分かった、やろう。今の君を一人突っ込ませるわけにもいかない」
「一人ではないさ。アイ「もうアレを頭数に入れるのはやめなよ……」
凄まじい衝撃が『玄武』を叩く。もしかしたら、あれが決着の一撃だったか。フェレイは振り返り、ゆっくりと歩き出す。
「オグン、アイダをあまり侮らない方がいい。あいつは役に立つさ」
「……………………………………………」
「もちろん、お前もな。頼りにしている。さあ、行くぞ」
小さな頭に、大きな手が乗せられた。フェレイがむくれたように頬を膨らませた。それでも、払わないだけ、きっと嫌ではなかったのだろう。
「レグパ。あの子と一緒にいて……楽しかったかい?」
「……ああ、そうだな。充実していた」
「なら、よかったよ。僕も、エルと戦争をして、一緒に過ごせて楽しかったよ」
「今、どうなっている?」
「監視用の屍兵がまとめて蒸発した。……無事だといいんだけどね」
遠い目の軍神に、傭兵は口元を緩ませながら並んだ。きっと、お互いに今まで手に入らなかったものを手に入れたのだ。膝を着けて、目線を合わせて。
「塔は?」
「恐らく、倒れたよ。これで『リブート』は世界を除いて壊滅したと言っていい」
「ならば、最終ステージだ。これも楽しんでしまえばいい」
夜の王が、コロニー上空で死闘を繰り広げているのが見えた。戦っている相手は、ハンターたち。その内の一人に、見覚えがある。妹分が世話になった相手だ。そして、まともに戦っても勝てるか分からないくらいの、強者だった。吸血鬼を打倒する姿は、必然の光景だったろう。
「――――因果なものだ」
その言葉に、フェレイが振り向く。
何かを口にしようとした、ちょうどその瞬間。
◆
――――――――レディース&ジェントルメン!
――――――――『
――――――――おめでとう! コングラッチュレーション!
――――――――さあ、ハンター諸君は大至急1番コロニーに集まってくれ!
◆
どこのスピーカーからだったろうか。音割れした放送が、頭にがつんと響いてきた。しかし、その声は決して見逃せない。ましてや、エシュは屍兵の感覚共有を通じて、直接肉声を聞いたことがあるくらいだ。
「道化、ユージョー・メニーマネー……………?」
「道化……愚者のこと? それって――――まさか、『リブート』を裏切って死亡工作を…………?」
エシュとフェレイは『玄武』の窓から飛び降りた。外の戦乱は収まっていた。今の放送が建物内だけだったのか、コロニー全域に響いていたのかは判別つかない。ただ、気のせいか。戦場の雰囲気が、何となく浮わついているような。熱病に侵されたようなこの熱狂の渦は。
(勝利の空気……戦争に勝ち、人は熱狂の渦に嵌まる…………エルもさぞかしご満悦だろうね……いや、今の状況でそこまで悠長に構えていないか…………他のコロニーはどうだ? 熱に浮かされた状態なら、その矛先は次にどこに向かう? 末端を熱で炙って、カンパニー上層部を潰させる気か? 下層部を煽動して上層部を潰させる……らしいやり方だ。でも、なんのために……いや、目的なら……ある。僕らと同じか。他の『リブート』は、単なる陽動……じゃあ、どうする? それこそいっそ手を引いた方が――)
「行くぞ」
一言。たった一言が結論を告げていた。そのあまりにも大きな背中が、雄弁に語っている。彼は立ち向かう気であった。そうすべきだと決断したのだ。フェレイはそれに続く。前を向いた先。青いワンピースの女が踊っていた。死相浮き出る顔は、それでもにんまりと歪んでいる。
「待ってたよん♪」
「いや、待ってたのはこっちだ。お前待ちだよ」
素で突っ込んでしまったフェレイはげんなりする。相変わらず調子が狂う。このままバリケードの前でずっと踊っていたのならばお笑い草もいいところであったが、実際そうなのかもしれなかったので迂闊に喋れない。
「お前、ずっと外にいたのか……?」
「そうだよ? 迷子になんてなっている訳ないじゃん!」
そういうとき、とても頼れる兄貴分がずかずか踏み込む。
しかし、まあ嘘である。迷いに迷って、冷や汗だらだらでようやく辿り着いたところだった。それから十分ほど踊っていたのは事実だったが。
「集合場所、ここでしょ?」
「ああ。この中だ、阿呆」
「えー、バリケードあったしー……」
「それくらい越えられるだろう」
なおもごねるゾン子が、強引に連れていかれる。戦場に響く
それは、屍神らにとっては最終決戦の号砲だった。
戦場は――――1番コロニーへと。
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