『リブート』――――恋人

 鏡。

 映したものを引っくり返す魔性の道具。吸収した光の大部分は鏡面から吐き出され、わずかにボヤけた像が反転して映る。その語源は、影見。ボヤけて反転した影を足元に引き摺っていく。影たる自分を その反射率が完全なる百パーセントに至ったとき、影は本物と同一になる。

 またカカメ、即ち蛇の目が語源という説もある。虹蛇の目が、じぃっと鏡面を覗き込む。神性であり魔性でもある。鏡は、まるでつがいの恋人のように像を吐く。







「なんだ、これ?」


 ゾン子は、屋敷の奥に安置されていた裏が朱色の手鏡を持ち上げた。妙な神棚に奉られていたようだが、一応神の名を冠している屍神はお構いなしだ。


「鏡……でしょうか」

「だろうな。帰ろう、脱出一択だ」


 結論は出た。トラップまみれなご当地有名隠れ家なんて用無しである。

ゾン子ですら分かった。ここに彼女の同属はいない。こんなよく分からない場所に潜伏しているのならば、それこそただ単に捕まっているだけだろう。


「あ、もしかして5番コロニーの方のデッドライジングを探してました?」

「多分ソレだよ! 間違いなくソレだよ! なんで最初に言わないかなあもううぅぅ!!」

「うわぁ! スミマセン! そうか最初に確認しておけばよかったあ!」


 ちょいの助、反省。

 次に活かされることは決してないだろう。


「いやあ! じゃあどうしようかな……このまま戻るか、転送装置を探すか……よし! このまま戻るか!」

「おい、今重要なワードがなかったか?」

「「え、なんですか?」」


 ちょいの助が増えていた。おっちょこちょいにも程がある。ゾン子は目蓋を軽く手で揉むと、もう一度ちょいの助の方を見る。やはり二人に分裂していた。ゾン子は泣きそうな顔で二人のちょいの助を睨む。彼らは互いに顔を見合わせ、声を上げて飛び上がった。

 そして。


「「おおっと! うっかりこんなにボタンを押してしまった! 僕は全くおっちょこちょいでいけないなあ!!」」


 ここからたっぷり五分間。

 ゾン子の死亡ラッシュが続いた。







 鏡の通路に、合わせ鏡のように惨殺死体が無限写し。その大元を辿ればたった二人。死の無限コンボを止めるために、ゾン子は二人のちょいの助をがむしゃらに痛め付けていた。その命が吹き消えると、ようやく地獄のデスラッシュが止まる。


「…………こいつをぶっ殺すのを迷ってたのが自分でも信じられない。でも、この選択であたしは救われた!」

「ああ、その通りだ!」


 いえーい、とゾン子はハイタッチをする。

 誰と?

 隣にいる青いワンピースの女は誰だ?


「「お前だッ!!」」


 取り敢えず、経験上の勘で二人は同時に攻撃した。標的は、あの赤い手鏡。魔性の鏡面は呆気なく砕かれる。それと同時、屋敷中の鏡面が次々と剥がれ落ちていった。

 鏡はただの硝子に化け、破片が落ちて水と散る。ぽっかりと空いた空洞みたいな空間がになる。床にぷかりと浮かぶのは、死体がそれなりの数。


「なんか、前にも同じことがあったような……」

「なんなの? お前もくろーんとやらなの?」

「いや、それはお前だろ」


 互いに難しい顔を見合わせる。ゾン子とゾン子。どちらもカンパニー戦線を駆け抜けていった猛者である。同じ存在である二人は、同時に最適解を導き出す。


「協力、できるか?」

「目的は同じだろ? あたぼーよ!」


 一歩進んで歩み寄る。右手を差し出して固い握手。にこりと笑顔が結束を示す。単純な話、屍神クラスの戦力が一人増えるのならば、万々歳もいいところである。パーフェクトコピーなんて知る由もないが、目を見て分かることもある。

 そして、同時に水柱が互いの肉体を粉砕した。


「俺のくせに…………!」

「ちくしょうてめえ!?」


 浅はかさまで同等。不死身の死体が同時に再起する。争いは同レベル同士の間でしか発生しない。

 ゾン子がゾン子に水の刃を放つ。凶刃が届く前、その脅威は霧散する。ゾン子とゾン子は両手の指をわきわきと蠢かせるが、水面には波一つ立たない。


「「…………………………?」」


 いつもと勝手が違う。

 ゾン子は困惑した。また、ゾン子も困惑した。精霊たちはもっと困惑した。まるで完全に互角な綱引きのように、現象としては静止状態である。


「なんだか知らんが食らえ!!」


 クロスカウンター。タリスマンの効力が及ばないのならば、肉弾戦しか争う術はない。打撃の応酬。無駄に広い屋敷に、打撃音だけがこだまする。実力は全くの互角。死んでは復活し、そんな不毛な戦いがついに沈黙した。


「「いや、これ、どうしようもないだろう……」」


 バカでも気付いたらしい。水浸しの床に横たわりながら、無感動な目で天井を見上げる。時々思い出したかのように水竜が顎を広げるが、届く前に悠々と霧散される。

 むくり、と散在する死体が立ち上がる。そのまま互いに殴り合うが、結局は同じこと。操る主には傷一つつけられないままに終わる。


「「よし、ほんとにこのまま逃げちまおう」」


 なんだかんだで頼れる兄貴分がなんとかしてくれるだろう。ゾン子とゾン子は仲良く並んで屋敷を出る。

 ちょうどその時、ちょいの助の死体がごろりと転がった。まるで寝返りのように。その手が謎のスイッチを押し、ゾン子の片割れが地下にボッシュート。


「…………あー、そうなっちゃったかあ」


 残ったゾン子が気まずそうに頭を掻く。まあ、どっちも本物であれば問題はあるまい。屋敷から外に出るゾン子。


「いやあ……やっぱ、


 若干の後悔と、圧倒的な安堵。とにかく自分が無事で良かった。頭に占めるのはそんな思い。扉を雑に蹴破り、日の光の下に出る。

 無数の銃口が出迎えてくれた。

 引きつる表情だけ残して、ゾン子に無数の麻酔針が撃ち込まれる。不死身相手に鉛玉は効果が薄い。恐るべき有効性だった。


「なん、で………………」


 下手人は、9番コロニーのマスターであるモナリザ・アライ。キャリアが長いだけあってか、屍神への対応策はお手のものだった。

 恨みも買っている。危険性も認識されている。理由は十分すぎる。力の抜けた屍神がずるずると引きずられていく。変態の玩具か、無慈悲な実験動物か。どちらにせよ、彼女にはそれなりの需要があった。活動資金の確保のためにされる結末だ。


「『異世界死体』、お前をコロニーマスター襲撃の容疑で逮捕する」


 無感情の、どうでもよさそうな声。ただただ事務的にゾン子はしょっぴかれていった。







 屋敷地下の大冒険の末、ゾン子はようやく脱出出来た。


「あー、どうしてこうなった」


 不思議なこともあるものだ。ゾン子は日の光の下に出る。ご立派な屋敷が並ぶご立派な通りを素通りし、ボロボロのゾン子は歩き出す。


「はぁ……早く合流しなきゃオグンの奴がうるさいだろうなぁ。偽物のことも黙ってるか。いっそのこと、ヒッチハイクとやらを試してみるか?」


 期せずして『リブート』の一員を撃破したゾン子は、微妙に評価が上がっていた。しかし、彼女はそれを知ることはない。

 死体少女は集合場所に向かう。

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