うっかり迷子!

 9番コロニー。


「すみませーん、デットライジングの玄武ってどこですかー?」

「あー、ご案内しますよー!」


 頼りなさげな風体ながらも、爽やかな声の青年がゾン子の手を引く。

 そこから三分後。







「おのれ……!」


 憎々しげに言葉を吐き捨てる獣人の女性。事態は、まさに混迷を極めていた。天に聳える暗黒竜。下手を打てば、ここでアッシュワールドが滅ぶ。今日この一日、それがまさに終末と化している。

 元社長、現コロニーマスターのモナリザ・アライはモニターを食い入るように見つめている。ミザネクサ、チート頼みの小者集団だと侮った。そして、それだけではない。


「んま! いいもん食ってんな!」

「ええ、そうでしょう! ここのコロニーは食べ物がおいしいことで有名なんですよ!」

(なんでこんなタイミングに侵入者が……!)


 震えるモナリザの背後。ちゃぶ台を囲んで男女がおいしくランチタイム。片方は、面識もある。屍神の一派、不死身の死体のゾン子ちゃんはそれなりに有名人だった。男の方は初見であるが、噂だけならば知っている。研究開発部門のおっちょこ=ちょいの助。ある意味都市伝説みたいな男である。


(こいつら、あの厳重なセキュリティーをどうやってすり抜けたんだ……)


 震える拳を下ろして、モナリザは頑として前を見続けていた。後ろは、呑気に昼間から一杯始めやがった。世界が滅びるか否かの瀬戸際。これも正しい過ごし方なのかもしれない。


「ほい、ふんす~い!」

「うわぁあ、ゾン子さんすごいです!」


 研究開発部門の超超超問題児。妹のように可愛がっていた、今は亡きティアナ室長の直属の部下だったはずだ。やらかし過ぎて、時空因果すら歪めてしまうチートに至った男。世界の理なんてひとっ飛びだった。きっと、なにかをおっちょこちょってこんなことになっているのだろう。彼女は知る由もないが、道案内一つ取ってもうまくいかなかったのだ。


「やめろ! それは室内でやるなッ!!」


 ついにモナリザが振り返ってしまった。二人がびくりと肩を跳ねてこちらを見上げる。


「あー! アライさんだー! ゴム頭ポン太郎ってこっちにいんのー?」

「うわ、社長!? あ、もう元社長か……と、とにかく! 僕はまたやってしまったぁ!」


 呑気なゾン子と、顔を青くして頭を抱えるちょいの助。

 ちなみに。ゴム頭ポン太郎こと道化、今は愚者だったか、は確かにさっきまでここにいた。奴が消えるのと同時にあの暗黒竜が現れたのを見ると、無関係のようにはとてもじゃないが思えない。しかし、本当に無関係なこともあるのが、あの男の嫌らしいところだった。取り合えずモナリザは、手近な花瓶から拳銃を引き抜いて、全弾侵入者にぶち込む。


「ひゃああ!?」


 情けない悲鳴を上げたちょいの助は、足を縺れさせて派手に転んだ。水の盾で防ごうとするゾン子の足を引っ張り、面白いくらい派手に転倒させる。盾はあらぬ方向に展開し、捲れ上がったワンピースから覗くパンツに弾丸が全て吸い寄せられた。股間に六発もの弾丸を受けたゾン子は不幸にも即死せず、数分間絶叫と共に悶え苦しみながらゆっくりと息絶えていった。


「ああ! 僕はまたやってしまった!」


 そして、不死身の死体が再起する。何度やっても似たような結果になるだろう。モナリザは花瓶に拳銃を投げつけ、深く深呼吸をして心を落ち着かせる。モニターをちらりと盗み見ると、援軍は無事に到着したみたいだ。どうやら、辛うじて持ちこたえられる目も出てきた。


「なー、あーらーいーさーん! ちょっと道を知りたいんだけど、その自慢の鼻でなんとかならない?」


 相変わらず、獣人をなんだと思っているのか。と、ここで余計な男が口を開く。


「ゾン子さん! ごめんなさい、ちょっと間違えたみたいで……本当はこっちです」


 ゾン子もいい加減やべー奴だと気付いたのか、咄嗟に距離を取ろうとする。が、その腕はがっちりと掴まれて、逆にバランスを崩して転けた。何がどうなってか、そのまま二人は上方向に落ちていく。


「…………………………。よし、神竜が合流した! ヴェリテもこれでなんとか――――」


 拘らない方がいいこともある。

 気にしない方がいいこともある。

 カンパニーにいて長い彼女は、とてもとてもよくご存じだった。







「ここです!」

「やめて! さわらないで! 近付かないで!」


 何故かパンツ一丁で手足をいつものワンピースでぐるぐるに縛られたゾン子が、珍しく泣き言を喚く。連れてこられた(飛んできた?)のは、大きな屋敷だった。よく見ると、確かに『デ=ト=ライジング(玄武)』と書かれている。


「ここ、なんか隠れ家として使われてるって有名ですよ」

「おお、隠れ家として有名なのか! じゃあ、ここが集合場所の可能性もあるなー」


 なんと隠れ家として大変有名らしいこの屋敷。ゾン子は思わず感嘆する。ようやく服を着ると、転んで下からパンツを見上げるちょいの助を思いっきり踏みつける。


「あ、やべ! ついうっかり!」

「はは、うっかりは誰にでもありますよ!」

「うふふ、そうだな!」

「「あはははっははははははっはははっはは!!!!」」

 

/|玄 武

|/ __

ヽ| l l│<ハァイ!

 ┷┷┷


「「――――――――――――――――――ッ!!?」」







「おっちょこって、屋敷が喋ったかと思いました……」

「いやいやいやいやさすがにないって! 家が喋るはずがないから! な!」


 動転して屋敷に飛び込んだ二人の背後で、扉が固く閉じる。恐る恐るゾン子が扉に手をかける。案の定、びくともしない。嫌な予感に、冷や汗がだらだら。


「ああ、また爆発オチかな……?」


 もはや、悟りの境地である。遠い目で屋敷を見回すゾン子は、奥に進むちょいの助にぎょっとする。こいつを行かしたらどんな災難が降りかかるのか想像出来ない。


「なんだこりゃ」


 少し進んで、ゾン子が首を捻った。通路が、四方八方鏡張りだった。上も下もという徹底ぶりだ。


「うわぁ……! ゾン子さんすごいですよ、ゾン子さん!!」

「おい、パンツ覗いてんじゃねえよ」


 鏡写しに展開されたワンピースの中身を指差して笑うちょいの助。いらっとしたゾン子は、取り敢えずぶん殴ろうと一歩。

 カチ、と。なにかを踏んだ。


(――――落ち着け。足を上げるうんじゃない。落ち着け。私の心はあの澄み渡る青空のように穏やかだ。よし、足を上げなければ大丈夫。落ち着いて、対処しよう。大丈夫、まだあわあわわわあわてる時間じゃないさ。そうだ、素数を数えよう。1、2、3、4、5、6――――……)

「あ、こんなところにボタンがたくさん。ボチボチボチボチポチっとな!」

「ばっきゃやろおおおお――――……………………あ」


 ギロチンずどーん。

 ボーガンばばーん。

 落とし穴すとーん。

 タライがかーん。

 そして、後ろから轟音とともに迫る大岩を見て、二人は全力疾走のスタートを切った。

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