『愚者の罠』
「げぽ……爆発オチなんてさいてー」
一応言ってみた。処刑台のある建物自体が木っ端微塵に吹き飛んだ有り様だった。確実に百体以上の火力だった。
「ああ、ゴメンゴメン。僕が風を送っちゃったから、思った以上に火力が上がっちゃったよ」
黒いローブに全身を包み、顔を白い仮面で隠した男。その両手の中指には、魔方陣が彫られた指輪がある。いつの間にここに。
「僕は君たちに危害を加えるつもりはない。カンパニーに寄生している身でね。『リブート』なんかに現体制をひっくり返されたら困るんだ」
男は、軽い声で両手を広げる。アルファベットシリーズ。鋼鉄の殺人兵器がゾン子をぐるりと取り囲んでいた。
「この子たちのおイタも、僕がこうして収めたさ」
タオル一枚を握り締めただけの猫耳幼女が、震えた瞳でこちらを見ていた。その額には、油性マジックで『反省中』と書かれている。
間接的に審判を撃破したのは、恐らくこの男だろう。直接は絶対に手を下せなかったから、ハンターであるゾン子を利用したのだ。利用された本人は、よく分かっていないようだが。
「僕はここのコロニーマスター、ソニーユ=ルイ。吸引力が変わらないたった一つの精霊で、安定した生活だけを望む者さ」
ゾン子は報酬を手渡しされ、小躍りだ。多分あんまり聞いていない。
「だからくれぐれも――腑抜けのフーダニット現体制を崩してくれるなよ?」
追加のお小遣いに、ゾン子は二つ返事に頷いた。
◆
5番コロニー。巨大商業施設跡地、玄武。
「レグパ、集合場所をこのコロニーに指定したのは偶然かい? 君ならば、これも運命の道だと言い張る気かな」
「………………………………………」
組体操のピラミッドのように積み上がるゾンビの上で、フェレイが仁王立ちしている。対するエシュは、骨を目深に被ったまま、壁に寄りかかって微動だにしない。
「僕は手を出さないでおいたけど、厄介な怪物に誰か噛みついているみたいだね。コロニーマスターの目を引き付けてくれるなら、このまま泳がそうか? それに、『リブート』の塔はあのままあの子達に任せちゃう? 正攻法で勝てる相手じゃないけど」
「…………ん。あの虹翼の天使であれば、撃破は可能だろう。高位の存在に至れば、言葉は不要の存在に昇華する」
フェレイは首を捻った。ぐらりとバランスを崩すピラミッドゾンビを、足で踏みつけて躾直す。姿勢が安定した。
「あれがウルクススフォルムの客人とやらなら、共闘は無理か。一応、隙を見て燃やせるぐらいの距離は保ちたいものだけどね」
「やめておけ。巻き込まれるぞ」
「む。そういえば、育てていた爆弾とやらはどうしたのさ」
「……奴等に解体された」
それ以降何も言わないエシュに、フェレイは追求を避けた。この兄貴分が感傷的になられたら、一番恐ろしいことはよく知っている。フェレイはここのゾンビを何体か屍兵化し、コロニー一帯に放つことで監視体制を築いている。ゾンビが溢れているこのコロニーは、屍神の潜伏先としては打ってつけだった。
とはいえ、彼らはこのままここに身を潜めているつもりはない。『リブート』の中でもとりわけ警戒していた対象、即ち『愚者』『星』『太陽』『塔』『審判』『女帝』の撃破を確認後、行動を起こすべく備えていた。
「――アイダが審判を撃破した。大したもんじゃないか。正直返り討ちに遇うんじゃないかと冷や冷やしたよ。これで、残るは塔を撃破するのみだね」
エシュは、相変わらず反応を返さない。やはり、なにかあったようで、彼の『なにかあった』には、正直触れたくない弟分でもある。
「女帝と審判は、君とアイダで撃破。もう二人追加出来たのは良い兆候だ。太陽はこちらで引っ掛けたオリジナルが倒したみたいだ。星と愚者は、黒騎士とやらが正面突破だって。みんなすごいね、ひゅーひゅー!」
情報源は、もちろん屍兵化した女帝のネットワークであった。やはりカンパニーの中枢に近かっただけあって、今回はその情報網におんぶに抱っこだった。『リブート』は、崇拝的な信仰という共通項に括られて、そこに裏切り者は生まれようもない。
即ち、世界。
『リブート』の最重要人物であり、神の如く崇拝されている唯一の存在。エシュとフェレイは、それを奪取するのが最終目的だった。特筆すべきは、その能力。
「……あとは、このまま塔が倒されれば準備は十分だ。案外速かったな」
「他のハンター、ほんと優秀なのが何人かいるね。『リブート』もほぼ全滅だ。むしろ、アイダの到着が間に合うのかな」
「そこはうまくやってくれるさ」
「……その根拠のない自信はどこから来るのか」
フェレイが指を鳴らすと、ピラミッドゾンビが形を崩す。そのまま雪崩れてリクライニングチェアの様に崩れ、フェレイがその上にふんぞり返る。
「ま、どのみち待つよ。お歴々のご活躍に、こうご期待ってね」
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