『リブート』――――愚者(後)

 屍神レグパ。運命の交叉路に立つ男。

 その男の恐ろしさは、ゾン子はよく理解していた。真正の戦士であり、獰猛な獣。不死身の屍神でありながら、その身を戦うために鍛え上げた男。タリスマンが使えないことぐらい、この男にかかればハンデでもなんでもないだろう。それは、ゾン子が一番よく知っている。漠然としたどこかの神よりも、ずっとずっと恐ろしい。そう思う。

 きっと、


「いいね。なんだこの身体! 動く、速い、強い、正解が次々頭に浮かんでくる!!」


 楽しそうな愚者が、兄貴分の顔で、半身たる半月刀シャムニールを握る。進撃する屍神を、三人のコンビネーションでようやく食い止める。いや、違う。三人がかりで押さえ込めている。傷を重ね、ダメージを負わせ、その肉体を串刺しにする。

 だが、それではダメなのだ。ゾン子はよく知っている。


「無駄だ無駄だ無駄だあ――!!!!」


 復活と同時、胡狼人の肉体が引き裂かれた。包囲網を突破される。ゾン子が容赦なく八つ裂きにされ、金糸雀が悲鳴を上げながら引き裂かれた。血染めの愚者は高らかに笑う。背後からの大斬撃が半月刀に弾かれた。理性が飛ぶほど昂り、だからこそ、その戦略眼は冴え渡る。

 当たり前のように復活したゾン子が組み敷かれる。。『フォーム』のコストは召喚時に既に払われているという特質があるが、『ボット』のコストは常に行動制限として付きまとってくる。『フォーム』で召喚した能力は、その力の源を砕かない限り止められない。


「はっ、不死身の『フォーム』が無敵っていう正答に辿り着けたのは中々立派だよ!」

「オイッ!?」


 ティアナの呼び掛けに返事はない。無理だ。不可能だ。そんな想いが動きを鈍らせる。エリステアのような大逆転劇を防ぐために、愚者は『フォーム』という召喚形態を選んだ。戦略勝ちだ。


「ぉ――おお?」


 愚者は、いつのまにか転がっていた。ゾン子が立ち上がり、カウントがリセットされる。屍神レグパに立ち塞がる男、いや熊猫か。その武は愚者と拮抗する。


――――時間稼ぎにしかならんぞ


 一言、そう残して熊猫は飛んだ。瞬歩。ゾン子に覆い被さる大男を突き飛ばし、戦士と獣がぶつかり合う。


「…………おい、オケっちゃん。なんか手はないか?」

「ムリ……オニイチャンニハ、カテナイ」

「お兄ちゃん呼ぶなや」


 ゾン子は、残る三枚のカードを確認する。


「なあ、どれだけ強くてとんでもなくても……無敵なんていなかった」

「ヤツハ、フジミダ」

「屍神は不死身だが、無敵じゃない」


 熊猫が押され始める。スタミナという絶対的な壁がある以上、どうしても最後はこうなってしまう。不死身の死体は、体力もほぼ無尽蔵。その上、エリステアとの連戦である。本当に、ただの時間稼ぎにしかなっていない。


「シシン、イクラジカンカセイデモ……カテナイ」

「あたしは、アンタに負けたぞ」


 真っ直ぐにゾン子が言った。その肉体が変質する。異世界元社長のカードがゆっくりと崩れていった。ゾン子が、自らカードを捨てたのだ。


「ナニヲ――――」

「動きにくいからな」


 熊猫が、ゆっくりと倒れた。ゾン子がくるりと踊る。実験動物の死体が、ゆらりゆらりと蠢く。


「それ、どうやってやるの?」

「企業秘密」


 踊るゾン子に死体が集う。愚者はレグパの肉体で死体を次々と粉砕し始めた。原型を留めなければ、屍兵として使役出来ない。そして、ゾン子の死の呪いは同じ屍神には通用しない。

 悪あがきだ、と。愚者はそう思っていただろう。

 しかし、ゾン子はここまでずっとずっと悪あがきしかしてこなかった。悪あがきのような戦いで、騙し騙しここまで進んできた。しかし、ここは、ここだけは違う。ゾン子は、ぽんとティアナの背中を押した。


「往くぞ――――

「…………ウン。イコウ」


 そこには、確信があった。

 ゾン子とティアナは同時に地を蹴った。突進のような勢いで愚者に迫る。振り下ろした半月刀がゾン子を粉砕する。復活するまでの間にその肉体を押さえ込む。しかし、ティアナの手鉈がそれを阻んだ。彼女も彼女で隙がない。そして、一度直接戦っているティアナはその強化骨格が有効であることを理解している。


「っはあ!!」


 ねとつく血液が蠢く。が、それだけだった。やはり精霊がいなければ、水があっても操れない。愚者の追撃が復活仕掛けのゾン子を砕いた。背後に回ったティアナが手鉈でその首を狙う。


「おっと、危ない。そう言えば、不死身の屍神を、肉体の制御権を奪うという方法で攻略したんだっけ」


 そう。

 異世界螻蛄、ティアナ=O=カンパニーであれば。

 今はそれがたった一つの細い糸だろう。活動限界は十分。たったそれだけでこの屈強な男の肉体を奪うしかない。ゾン子の時とは訳が違う。相手は正真正銘、本物の戦士。その隙を渡してくれることなど、万に一つもないい。


(ソノ、マンニヒトツを、ヒクシカナイ――――――!!)


 這うようにゾン子が肉迫する。手足の長い愚者の内側に潜り込む。ティアナの手鉈。ゾン子の打撃。即席コンビネーションが屍神レグパに向かう。


「軽い、軽い軽い軽い!!」


 だが、強靭な肉体を得た愚者は、全く揺るがなかった。半月刀で手鉈を弾く片手間でゾン子を圧倒する。防戦一方だが、このまま受け続ければ勝利は必定。


「けど――ショータイムは必要はさあ!!」


 竜巻のような回転斬り。足を止められたゾン子が細切れにされる。身動きを封じられたら終わりだ。風圧を切り裂き、ティアナが前に駆ける。


「だーかーらー、それじゃあ芸がないっての!!」


 しかし、愚者は真っ直ぐこちらに突っ込んできた。ティアナの視界で、ゾン子が復活する。死体少女が手を伸ばすが、間に合わない。


(チョクセツ、シマツヲ――――!?)


 重すぎる掌底が腹部に叩き付けられる。向かう力と、立ち向かう力。二重の前進が組み合わさり、仙術の知識がその効力を爆発的に引き上げる。

 即ち、鎧通し。

 外骨格を抜いた力の衝撃が伝播する。深海に叩き落とされたように、倦怠感がその身を包んだ。膝が落ちる。手をつく。上体がかしずく。それでも、眼光だけは、上に。


「ダイ、ザン、ゲキ――――……」


 最期の一撃が愚者の首を飛ばした。螻蛄の肉体がボロボロと崩れていく。コストを狙ったクリティカルではなく、直接撃破された。せめて一矢報えたことに、口元を弛ませる。


「――――――よくやった」


 その身体を、ゾン子が助け起こした。


「ムダ。シシン、フジミ」

「無駄じゃねえ。一つ減らせただろ」


 ゾン子が、ティアナの頭に手を置いた。その表情はいつものようにふざけたにやけ顔ではなく、はっきりと未来を見据えている。


「屍神は完全な不死身じゃねえし、無敵でもない。カンパニーで、あたしが思い知ったことだ」


 額と額をぶつける。虫人の眼に映る、その表情は。


「レグ兄には、それがあった。奴にはそれがない」

「ナニ、ヲ」

「だから、。お姉ちゃんに任せとけ」


 完全に崩れたカードが消失する。ゾン子が振り向く先、完全状態の屍神レグパの姿があった。


「CM、終わった?」

「技術も、知識も、経験も、能力も……確かにレグ兄だよ。それでも、お前は信念に欠けている」

「死ね」


 ゾン子が八つ裂きに。血みどろの抵抗は、圧倒的な暴力にねじ伏せられた。何度復活しても、結果は覆らない。ゾン子の攻撃も入ってはいるが、どれも決定打にはならない。


「確かに、屍神は無敵じゃない。魂のストックが潰えれば、死体は動きを止める。だから、なんだい?」

「……てめえ、螻蛄ちゃんの攻撃から生き残るのに、なんで諦めた?」

「別に、一つ減らされたからといって。まあ、使い切ったらまた別のカードを使えばいいしね」


 ゾン子は、ついに突っ伏した。このまま魂のストックを減らしきれば愚者の勝利。どうしようもない消化試合には辟易するが、それで悲願は果たされる。無感動に拳を振り下ろそうとして。


「そういう足元は、掬われる。これもカンパニーで思い知らされたことだぜ」


 拳が、動かない。それどころか、両手で半月刀を握りしめる。その切っ先は、愚者に向いていた。


「あ、れ…………?」

「不死身におんぶに抱っこ、じゃ戦士は名乗れない。不死身は戦士として最強の属性だか、それは活かしてこその話……だってよ」


 レグパの半身たる半月刀が、誇りを失った主に牙を剥いた。その刃が心臓を穿つ。当たり前のように復活するが、刃は微動だにしない。永遠にその心臓を貫き続ける。

 ゾン子は、突っ伏したまま言った。


「召還形態、『ボット』」


 コストは、


「俺様は、ゼルダ・アルゴルの特殊能力を発動したぜ」


 倒れたままのゾン子が、にやりと笑った。強靭な戦士の肉体は、その全身がミミズに浸食されていた。屍神を堕とす支配力が、身動きの一切を封じていた。


「そんな、ラッキーパンチが……」

「悪い――――」


 これまで、成り行きとなし崩しで戦ってきたゾン子。知恵も戦略も考える頭脳はなく、そんな彼女が初めて何かの対策を用意した。


「この状況は、狙い通りだ」


 不死身を堕とす策。アレは、戦士たるレグパだからこそ打破出来たのだ。屍神にとって、アルゴル種はまさに天敵だった。ゾン子はよくよく思い知っている。

 そして、その実力を認めていた。


「く――――カードを召、還………………………………あれ?」

「無駄だ。そのまま死ね」


 。頼れる螻蛄の言った通りだった。カードが残っていても、プレイヤーのライフが尽きればそれまでなのだ。このままライフを削り尽くす。アルゴルの支配力が愚者を喰らい尽くす。『ボット』ではなく、『フォーム』で召還してしまったからこその結果。


「おい――――おい……マジかよ」

「ゲームセットだイケメン君。僕に戦略負けしたことに誇りを持て」


 いくら復活しても瞬殺される。このカードが破壊されれば、自分は一発で死ぬのだ。愚者が焦りを見せた。しかし、問答無用のゲームセットには抗えず、その身を地に伏せる。刃は、決して抜けない。


「おい、嘘だろ……止めろよ!! お前みたいな脳足りんに勝てなくて、他の誰に勝てるんだよ!!?」

「誰にも勝てねーよ、ばあか!!」


 喚き散らす愚者が、やがて静かになる。副業傭兵エシュのカードが砕け散る。しかし、アルゴルの支配力は健在だ。

 つまり、そういうことだった。







 1番コロニー。

 転送装置の前に立つ兄貴分と弟分。ゾン子は、戦いが終わったのだと感じた。胸の内が不思議と温かい。自分の中で、一つの決着がついた気がした。


「悪い悪い、ちょおっとぼおっとしてた」


 含みを持たせてゾン子が笑う。この知られざる最終決戦は、何故か二人にも話す気になれなかった。これから、故郷の世界に帰るのだ。そして、屍神の本分に臨むのだ。


「おいおい、どうした? なんか言えよ。これから帰るんだろ?」


 エシュが、右手を出した。フェレイが、左手を出した。どちらの手にも同じものが握られていた。

 それは、真っ黒なカード。

 ゾン子が愚者に誘われたのと同じものだった。


「おい……レグパ? おい、オグン!? おい、一体どうなってんだッ!?」


 屍神レグパは。

 屍神オグンは。

 揃ってにんまりと嗤った。


「「レディース&ジェントルメン!」」


 その口元に、道化じみた笑みを浮かべながら。

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