Re:エピローグ

 全身の肉を貪られながら、ゾン子はぼんやりと考えていることがあった。


(なんで、カンパニーなんかに関わっちまったんだろうなあ…………?)


 後悔とも違う、むしろ諦念。達観したかのような精神で、ゾン子は自らの破滅を見下ろしていた。

 運命神レグパに、軍神オグン。その二柱が一心不乱に屍を貪る様子は、どこか愛嬌すら感じられた。必死な姿に、可愛らしさと愛おしさすら感じた。

 不思議な感覚だ。

 これが萌えというやつだろうか。

 屍神の中でも屈指の実力を有する二人に、ゾン子は為すすべもなくやられてしまった。そもそも戦う気力すら起きなかった。『プレイメーカー』の敗者は、その肉体を愚者に、道化ユージョー=メニーマネーに乗っ取られてしまう。愛するものを失い、最早戦う理由すらなくしてしまった。

 これではもう、『王』に申し訳が立たない。屍神は、大人しく破滅するべきだ。

 だから、このまま解体される。


「鼻毛ボンバー」


 ゾン子の鼻から鋭い鼻毛が伸び、レグパとオグンをやっつけた。

 大逆転勝利だ。


「やったぜ」







 窓の外から、どこかのサイトのフリー素材のような草原が見えた。そよ風が白いカーテンを揺らす。景色に似合わないちゃぶ台を囲み、男と女は向き合っていた。


「ここは…………?」

「あ、おっ疲れさーん! 全部終わったとかで、楽屋オチ……とかいうらしいぜ?」

「へー、そんなギャグみたいな展開実際にあるんだな」


 しみじみと呟くユージョーに、ゾン子はけらけら笑った。


「そうそう、ここからカンパニーのアレやコレをつぶさに語っていっちゃうわけよ」

「いいからもうその身体明け渡せよ」

「やん! がっつく男子は嫌われちゃうぞ?」

「うぜぇー……」


 妙に可愛らしくデフォルメされた二人が数パターンだけの動きでやり取りしている。ちゃちなミニアニメのような茶番。


「そうそう。僕ちんカンパニーの野郎共にモテモテのアイドル状態だったんだっけ?」

「一部のニッチな変態ども限定のな。ちなみに多数派は、膵臓の偏り方に萌える『君のすい臓を食べたい派』だった。俺調べ」

「え、なにそれ」

「次点、『大腸を切り開いて包まれたいロールローラー派』。人気ってのもクリーチャーとかそういう方面だからな? 化け物オケラと同系統だからな?」

「…………もうやめて聞きたくない」

「ちなみにお前の写真集、大体レントゲン映像や解体された臓器の前衛オブジェとかだし。袋綴じは心電図ジグゾーパズルで、ウケが良すぎて限定版なのに増刷されたんだぞ」

「なにそれやっぱカンパニーこわいわ」


 世の中、色々な変態がいる。奥深いのだ。考える人のようなポーズで、ゾン子は顔を真っ青に染めた。左右に身体を回しながら。ユージョーは下卑た顔のままで左右に揺れるモーション。


「外部世界のプレイヤーってのは、結構人気があるんだよ。裏で莫大な金が動いていたりする」


 どこかのコロニーでは、変態御用達の人形が高値で取引されている。美女美少女揃いのプレイヤーは、そうした需要も高いらしい。また、彼らを登場人物とした薄い漫画本が、ここ最近カンパニーに広まりつつあった。何故か、男同士の濃密な絡みが主流派らしい。情緒深い芸術品として、主にお姉さま方に大人気だとか。


「…………それはちょっと気になる」

「……お前は自分の境遇をもっと気にしろ。まあ俺としては、スタンダードに女の子にエロいことする本が今後のトレンドになると踏んでいるけどね」

「というか、詳しすぎだろ」

「変態ウォッチングは、俺の趣味であり生き甲斐だ」

「お前も十分変態だよ…………」


 外野から謎の笑い声が起きた。ゾン子が今までカンパニー関係で出会ってきたNPCたちがこちらを見ていた。どんな友情出演だ。


「まあまあとにかく! プレイヤーはこんなゲーム世界のモブたちから見れば、まさに花形なんだよ。俺はそっちに返り咲きたいわけ」


 ユージョーが指を弾くと、オーディエンスがドロドロに溶けていった。窓の外の景色が灰色に曇る。


「だから、俺はお前らの肉体を頂く。ブラックカードで増殖した俺が、次々とプレイヤーに闇のゲームを仕掛けているはずだ。どれだけ勝ち残れるか分からないけど、でも開くとするよ」


 デフォルメされたまま、ユージョーは器用に凄んでみせた。彼の背後で『ドドドドドドド』と野太いフォントが踊っている。


「取り敢えず、屍神は頂いた。お前ら、向こうの世界じゃやられ役なんだっけ?」

「ちげーよ! 勝手に負けたことにすんな!」

「はあ……どうせなら主人公が良かったな。モテそうだし」


 露骨に残念そうな仕草が、デフォルメ化で余計に強調される。ゾン子の額に赤い怒りマークが浮かび、抗議に手足がプンスカ動いた。その身体が、糸が切れたかのように倒れる。


「でも、お前らはお前らで楽しそうだ。じゃ、そろそろ降参サレンダーしろよ」


 倒れたゾン子の左手首に、カードの山が置かれている。その上に手を置けば、それが降参の合図だ。ゾン子の右手がふらふらと動く。頭の中が靄がかったように微睡んでいく。ゆらり、ゆらり。


「俺、の…………ターン――は」

『諦めないで! もう一人の僕!!』


 そこに、銀髪ポニーテールの少女の幻影が現れる。


「AIBO――――!!」

「は…………?」


 呆けるユージョーを余所に、謎のBGMとともにデフォルメ空間が砕け散った。物理的におかしいファンキーヘアのゾン子が、やたらシルバーを巻いて仁王立ちしている。


「待たせたな、虫野郎」

「うひょ? いや、ちょっと待てなんで尽く頭の悪いギャグが挟まる、ん……だ?」


 気付く。


(そんな奴、身内にいたぞ――――!!)

「俺のターン、ドロー!! 手札より速攻魔法発動!!」

「違う。ゲーム変わってる! バーサーカーなソウルを見せても何も起きないから!? エネミーなコントローラーも無意味だから!! おいそこの神竜、デッキのカード入れ換えてんじゃねえよ!! バレバレなんだよイカサマ下手くそか!! おぉい審判さん!! いるわけねえだろふざけんな!!」


 熱いノリ突っ込みに、場が温まる。そう、決闘デュエルはまだ終わっていない。この何もかもが幻影で、全てが寒いギャグでうやむやにされていく。


「絆の勝利だ!!!!」

「見果てぬ先まで続く、私達の闘いのロード! !!!」

「お前ら、『!』の数でこのまま誤魔化し通す気か――!!!!!!????」







 百メートル四方の立方体。真っ白なペイントに染められた分厚い鋼鉄。『プレイヤーズアンノウン』で、ゾン子とユージョーが突っ伏していた。二人の手には、それぞれカードが一枚ずつ。どちらの召喚形態も『スキル』だった。それらが、塵となって消えていく。


「……正直、今度こそ決まったと思ったけどな」


 道化、ユージョー=メニーマネー。彼が発動したカードは、『千変万化の貴婦人シエラザード』。相手を幻影世界に堕とす能力。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887036693/episodes/1177354054887159027


「……あの状態からカードを発動させるなんて、反則じゃね?」


 一方、ゾン子が発動させたカードは『女教皇レバーニ=ミソ』。全てをギャグ時空に引きずり込む能力。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889304787/episodes/1177354054889330310


「『スキル』のコストは、シチュエーションだ。それを満たせば、念じるだけで発動できる。ちなみに、俺のコストは『互いに突っ伏している状況』だ」

「あー……あたしんは、『最終話っぽいタイトルだけど実はもう少しだけ続くんじゃ』だって。タイトルってなに?」


 妙な間。

 二人とも、気にしないことにした。カードが発動したのならば、そのコストは満たされたことに間違いはない。ゾン子は辺りを見回すが、アルゴルのカードはどこにもなかった。シエラザードの幻覚のどこかで失われたか。

 つまり、互いに残るカードは一枚ずつ。


「俺のターン」「私のターン」


 同時にカードを掲げた。

 もう、『リブート』がどうとか関係ない話になっていた。これから対峙するのは、道化であるユージョー=メニーマネーそのもの。遊びの神に祝福された男に、カードで挑まなければならない。


「これが俺の切り札だ!」


 そして、最後のカードが捲られた。

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