vsユージョー=メニーマネー
産まれてくるべきではなかった。
ユージョー=メニーマネーはそう称されていた。ある実験の生き残りであり、彼は正真正銘の怪物となった。あの惨劇を生き抜いて、その身も心も変容してしまった。そこにどんな経緯があったのか、その記録は抹消されている。しかし、彼は道化としてカンパニーで存在感を示してきた。
『リブート』の一員であり、外部連絡役。カンパニーとスポンサーの間を何度も回り、その度に疼くものがあった。ここはゲームの世界でしかなく、その全てが陳腐に写る。そんな無感動な日々に差し込む光は、この世界に気紛れにやってくる『プレイヤー』であった。
彼らは、それぞれ自分の世界で、自分の人生を生きているという。
人生は劇的で、どんな物語にもドラマが満ちている。
果たして、それはどんな感覚なのだろうか。憧れのような、好奇心のような、そんなムズ痒さ。そして、それを手に入れたときの高揚感を想像する。世界を手中に落として、『リブート』を刷新して、『プレイヤー』へと這い上がる。
そうして積み上げた全てが、今天井に届いたのだ。あとは扉を阻む『プレイヤー』を蹴落とすだけ。たったそれだけで、ドラマに満ちた光の世界に顔を出せる。
友情と、たくさんのお金。それが彼の名前だった。
◆
「俺の勝ちだ」
完全なる勝利宣言。こんな一方的なデュエルは面白くない。だから、このカードは使わずに済ませたかった。
召喚形態『ボット』、日向日和(決戦礼装)。
支払うコストは『今後一切カードを召喚できない』。
正真正銘、無敵のカードだ。最後に使えばデメリットはゼロであり、最初に使ったとしてもたった一枚で相手を全滅させられる。あとは、圧倒的な退魔の力で屍神を滅すれば終わりだ。
「…………………………………………」
ゾン子は、ぽかんと口を開けてその姿を見ていた。
同じカードだろうと、どの時間軸から召喚されるかによってその強さは微妙に異なる。今回の召喚は、ただでさえ最強の『プレイヤー』の、完全武装モードである。相性最悪の以前に、そもそもの実力が乖離し過ぎている。
エリステアの時もそうだったが、あまりにも凄すぎると、ゾン子は危機感が麻痺してしまうようだった。今も間抜け面で「やべーの出てきた」と呟くだけだ。
「というか、いっせーので召喚する流れだったろ。なんでお前だけカード持ったままなんだよ」
「……いやーなんというかさー、ちょっと現実感湧かなくて」
「今さらどの口で」
ゾン子は頭をがしがし掻きながら、物珍しそうに退魔師眺める。主に胸部をじっと見つめて、自分のそれと見比べて難しい顔をし始めた。相変わらず、余計なところでヘイトを稼ぐ。
「で、どうすんの? その日和さんは、あたしを殺すの? それとも召喚主に牙を剥いてアンタを殺しちゃう?」
「んなわけないだろ。お前を殺す。その一択だ」
ゾン子が馬鹿にしたかのような表情を浮かべた。素直にムカつく。
「もういい。お前、消えろよ」
「いんやいんや――――まさか最後の最後にここまで作戦通りなんて」
時間が止まった。ただの比喩表現だ。それだけ虚を突かれた言動だった。時間稼ぎなんて無駄だが、稼ぐだけの希望はあるらしい。ユージョーは日向日和に攻撃命令を下す。
「召喚――――」
一撃で魂をごっそり持っていき、それを何度か繰り返せばそれで終わり。
「――恋人ミラーミラー。召喚形態とコストは対象と同じになる。『ボット』で……うお!? このコストずる過ぎだろ! ま、俺もこれでノーコストのようなものか」
【https://kakuyomu.jp/works/1177354054889304787/episodes/1177354054889330495】
「――――――――――――あ」
そんな。
そんなことがあるだろうか。
よりにもよって、切り捨てたはずの『リブート』にここまで足を引っ張られるなんて。赤い鏡が瞬殺で割られる。しかし、パーフェクトコピーは残ったまま。これではカードは破壊された判定にならないらしい。恐らく、ゾン子は知っていてこのカードを使った。そして、この局面も思い描いた通りなのだろう。
「このカード、効果はな――「知ってるよ。身内だよ。対象が二択の選択をしたとき、もう片方の選択をした際の完全複製が生み出される」
ゾン子は、なんと言っていたか。ユージョーが召喚した日向日和は、ゾン子を殺すかユージョーを殺すかの二択をさせられた。パーフェクトコピーは、その名の通り容姿・性格・魂・戦力に至る全てが同じ。
たった一つの相違点は、どの選択をしたかだけだ。つまり、この状況は。最強の日向日和と最強の日向日和のデュエットというだけではない。
「お前を殺す日向日和と、俺を殺す日向日和。その戦いってことか……?」
「ピンポーン! あっしも複雑すぎてよく分かんなかったんだけどね――直接戦っていたから、ちゃんと理解できたよ。お前は絶対にとんでもないカードを準備してくるって分かってたからな。こういうの、メタを張るっていうんだっけ?」
どんな強力なカードでも、五分五分の勝負に持ち込めるジョーカーカード。創造神エリステアの時は、コストが噛み合わなかった。屍神レグパの時は、既にアルゴルという対策があった。だから、ここで満を持して切ったのだ。
そして、ユージョーは気付いた。
ゾン子が選んだファイブカード。それは今まで彼女が戦ったり、面識があったりとする相手だった。よくよく考えなくとも、長いフレーバーテキストを理解できる頭脳を彼女は持ち合わせていないことは明白である。だから、彼女は経験則でカードを選んだ。これまでのカンパニーとの関わり。彼女の歩んできた道のりが、この活路を切り開いていた。
「……だが、パーフェクトコピーとオリジナルが戦ったところで、勝率は五分五分だ。結局、そんなものだよ。お前ごときが俺に及ぶはずがない。俺はもっと分の悪い賭けに勝ち続けてきた」
ゾン子が勝つか。ユージョーが勝つか。最後のカードは完全に五分五分だ。しかし、それでもユージョーには確信が、ある種の信念があった。
「思えば! より大きなものを賭けてきた時、俺は常に幸運に愛されてきた! 今回だって同じだ! それ以上だ!! 俺はこの魂と!! 信念と!! 自分の存在を賭けている!! だから、フィフティーの賭けを仕掛けられたところで!! お前の敗けは覆らねえんだよおおおお――――!!!!」
日向日和と日向日和がぶつかり合う。世界が軋む音が聞こえた。決着の前にこの世界が崩壊するのではないか、と余計な心配をしてしまう。激突の余波だけで、二人とも消し飛んでしまいそうな勢いだった。
「フィフティーの賭けって、なんのことだ?」
ともすれば聞き逃してしまうような、そんな声が耳に入る。冷えきった声が底恐ろしい。ゾン子が、真顔でこちらを見詰めていた。そして、その足が動く。ステップから、疾走へ。どんどんその距離を詰めていく。
「おい、まさか――――」
「私とお前の戦いだろ。賭けもなにもあるか」
辿り着く間合いは、近接戦闘の領域。ゾン子が拳を放つ。
「舞台は整った。最終決戦だ、ユージョー=メニーマネー!!」
◆
最強と最強が鎬を削る。
それに比べれば、ゾン子もユージョーも、モブどころかほとんど背景みたいなものだった。それでも、二人は拳を振り上げて取っ組み合う。互いの存在と魂を賭して。
「し――――ッ」
「クッソ! いつもとキャラ違えじゃねえか! カスがッ!!」
「お互い様だ」
毒づきながら、ユージョーは確実に一撃一撃を捌いている。最大の武器であるタリスマンが封じられたとはいえ、その怪力は未だ脅威である。肉体が多少頑丈であるだけの彼は、まともに受ければ負傷は避けられない。
「道化――――!!」
表情が完全に死んでいるゾン子が、両手両足縦横無尽の徒手空拳を仕掛けてくる。正直、その動き自体は大したことはない。だが、一度でもミスれば戦況が傾き、くわえてゾン子は不死身である。
ここに来て、完全にユージョーの劣勢となった。しかも、一発逆転のカードはもう使えないのだ。
(クソッ、いらねえ幻覚を見せたか? こんなことならイケメンハーレムで快楽漬けにしとくべきだった!)
左腕のデッキホルダーに手を添える。いざという時のため、騙し絵みたいなギミックで魂のカードを潜ませていた。しかし、ダメだ。日向日和のコストは『今後一切カードを召喚できない』ことである。魂のデッキのカードも召喚出来ない。無敵に思われたカードに、思わず足を掬われた。
(俺じゃああのアバズレゾンビを殺しきれない! 俺の日向日和が勝利することが唯一の勝つ筋か…………逆に、向こうは日向日和の勝利に加え、直接俺を始末しても勝ちか。五分五分プラスアルファ……クソゲーじゃねえか!!)
ゾン子の突きを蹴り上げる。崩れた体勢のゾン子の腹部に膝を叩き込み、下がった顔を殴り飛ばす。追撃は無駄なので行わない。距離を取り、とにかく時間を稼ぐ。
ゾン子は獣のように飛び掛かった。後退するユージョーはかわせない。蹴りで迎撃するが、今度は怪力で弾かれ、胸ぐらを掴んでぶん投げられる。自分が来た方向に投げ飛ばす、見事な一本背負いだった。
「ぶへ――ッ!」
顔から墜落して変な声が出た。そのまま絞め殺されなかったのは幸いだったが、顔面から全身へと、痛みがじんじん走る。数秒怯み、しまったと愕然とする。しかし、ゾン子は今度は突っ込んでこなかった。不敵な笑みを浮かべて立ち尽くす。視線は上に。それを目で追って、最悪の状況に気付いてしまった。
「おい嘘だろ――――日向日和ぃ!!?」
お互いの立ち位置が入れ替わった。二人は、戦闘の余波で宙に浮かんでいた日向日和の真下にいた。しかし、それはお互いの日向日和だった。自分を殺す日向日和の下にいる。
ゾン子は両手を広げて、必殺を甘んじて受けた。ユージョーも一撃で粉砕される未来が見えた。しかし、これもフェアではない。不死身の死体、その特性が遺憾無く発揮される。
「クッソオオオオオオオ――――――!!!!」
道化の断末魔を最後に、音が蒸発した。全力の一撃を投下した日向日和は、流石に息切れしたのか、動きを止めていた。
同時に、標的の死亡確認を待ったというのもあったが。
◆
「あ…………が………………ぁ?」
奇跡的に生存したユージョーは、すぐに激痛に身を捩った。しかし、その身体はまともに動かない。肉体としての機能がほぼ壊滅していた。その上、真顔の死体少女が馬乗りで動きを封じていた。せめてもの抵抗とワンピースの裾を捲ろうとするが、その手は軽く叩かれる。そして顔面を殴られた。
「まだ、動けるか」
ユージョーの日向日和を、ゾン子の日向日和が押さえ込む。防戦一方の時間稼ぎ。しかし、あとはもう少しの時間を稼ぐだけで終わる話だ。手足を完全にだらんと垂らし、彼は完全にのびていた。
「俺を、殺すのか…………?」
「ああ、殺す」
「そうやって、俺たちみたいなモブを簡単に蹴散らせて楽しいか?」
「なんの話だ」
ゾン子は、覗き込むように顔をユージョーに近付けた。目と鼻の先で、死相浮き出る女の顔がじっと見つめている。『プレイヤー』を乗っ取り、外の世界で本当の人生を満喫する。そんな野望も、露と消えていく。
屍神が、その目を真っ直ぐと見つめている。
歪んだ欲望が、それでもユージョー=メニーマネーを導いていた。歪みながらも、真っ直ぐで、純真な欲望。彼が宿す炎を、死に様しか示せない少女は、無表情でじぃと見つめる。
「お前、私と一緒に来い」
「は…………? お前か俺か、どちらかが死なないとダークゲームは終わらない。それに、
俺は仲良しこよしで済ますつもりはないぜ」
そして、目の前の屍もきっとそうだった。だから、ぽっかりと空いた
「我々屍神は、死者の魂を取り込んで一部にする」
聞いたことがある。カンパニーが過去に行った戦闘実験で、ソレは起きたのだ。
ゾン子は、大口を開けてユージョーの首筋に噛みついた。抵抗する力は既になく、拒否権などあるはずもない。生きたまま肉を貪られながら、ユージョーは無機質な天井を見上げていた。
「死体の中で共に生きよう――――一緒に逝くぞ」
魂を補食され、その命が尽きる。
二人の日向日和が空気に溶けて消えていく。忍ばせていた魂のデッキが散らばり、風化していく。薄れる視界が不思議と続いた。女は一心不乱に死体を貪っている。やがて、『プレイヤーズアンノウン』が崩壊していく。
つまりは、これが決着だった。
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